第四話 匂いと追跡者
紅陽を発ったレンは、オルフェンを経由して王都へと向かう。
目的は錬金術に必要な器具の調達――ただそれだけのはずだった。
だがその旅路の先で、もう一つの物語が動き始める。
“匂い”を辿る者。
そして、知らぬ間に追われる者。
紅陽を出てから数日。
レンは予定通りオルフェンを経由し、王都へと到着していた。
石造りの巨大な城壁。人の往来、商人の呼び声、整備された道。紅陽とは比べものにならない規模と活気が、王都にはあった。
「……相変わらず人が多いな」
軽く周囲を見回しながら、レンは門をくぐる。
今回の目的は明確だ。
錬金術用の器具の調達。
そして、比較用のハイポーションの購入。
余計な寄り道をする理由はない。
「まずは道具屋だな」
記憶を頼りに、レンは以前立ち寄ったことのある通りへと向かった。
しばらく歩くと、目的の店が見えてくる。
外観は地味だが、扱っている品は確かだ。錬金術に必要な器具も一通り揃っている。
扉を開けると、鈴の音が鳴った。
「いらっしゃい」
店の奥から、無精ひげの店主が顔を出す。
レンは懐から紙を取り出し、カウンターに広げた。
「これをお願い。あと、ハイポーションも一つ」
「……ふむ」
店主は紙に目を通し、鼻を鳴らす。
「錬金道具一式か。揃えてやるよ」
「頼む」
しばらくして、必要な器具が一つずつ揃えられていく。
フラスコ、蒸留器、細かな管、調合用の器具。紅陽には存在しない、専門的な道具ばかりだ。
「ほらよ。それとハイポーション」
小瓶が一つ、カウンターに置かれる。
淡く濁った液体が、わずかに光を反射している。
「毎度あり」
レンは代金を支払い、荷をまとめる。
「助かった」
短く礼を言って、店を後にした。
目的は達成した。
あとは紅陽へ戻るだけだ。
そのまま通りを抜け、門へと向かう。
その時だった。
すれ違う人の中に、ひときわ目を引く存在がいた。
猫耳の獣人の女。
その動きは軽やかで、無駄がない。人混みの中を、まるで流れるように進んでいく。
レンは特に気に留めることなく、そのまま歩き続けた。
――だが。
「……あれ?」
女は足を止めた。
ゆっくりと振り返る。
すでにレンは人混みの中を抜け、遠ざかりつつある。
「今の匂い……」
小さく呟く。
その目が、わずかに揺れた。
「あの人の匂いだ……」
確信に近い感覚だった。
だが、違和感もある。
「……なんで、あの男から?」
狐の匂い。
忘れるはずのない匂い。
ずっと探し続けていた――
それが、今、別の男からした。
女の表情が変わる。
迷いはなかった。
再び歩き出す。
今度は、人混みを縫うように、先ほどの男――レンの進んだ方向へ。
門の前。
レンは門番と軽くやり取りをしていた。
「出るのか?」
「ああ。用は済んだ」
「気をつけろよ」
短いやり取り。
その間に、女は距離を詰める。
自然な動きで、人の流れに紛れながら近づく。
そして――
「……やっぱり」
視線が、レンの衣服に止まる。
ほんのわずか。
気づく者はほとんどいないだろう。
だが、彼女には分かる。
服の端に付着した、一本の毛。
狐の毛。
「間違いない……」
確信に変わる。
「あの人のことを知ってる」
呼吸がわずかに速くなる。
「やっと……」
長い時間だった。
探し続けて、手がかりすら掴めなかった。
それが今、目の前にある。
「やっと手がかりを掴んだ」
感情を押し殺す。
ここで動くのは違う。
確実に、追う。
見失わないように。
慎重に。
レンが門を抜ける。
その背中を、女は少し距離を置いて追い始めた。
足音は消し、気配を殺す。
それは訓練された者の動きだった。
獲物を追う者のそれ。
だがその目には、殺意ではなく――
執着と、わずかな焦りが宿っていた。
知らぬ間に始まる追跡。
追われていることに、まだ気づかぬまま。
レンは紅陽への帰路につく。
そしてその背後には、静かに迫る影があった。
第四話を読んでいただきありがとうございます。
今回は、レンの王都での買い出しと、猫耳の獣人――“追跡者”の登場でした。
ここから物語は一気に緊張感を帯びていきます。
匂いを辿る者と、知らずに進む者。
この二人の動きが、次回から交差し始めます。
次話では、レン側の“違和感”が描かれていきます。
ぜひ続きもお楽しみください。




