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第48話

 剣聖グラハイム。

 今回も私の邪魔をすることは分かり切っていたのだが。こちらも仕事なんでね。

 私は目の前で伸び切ったグラハイムを一瞥する。


 こいつは人類の中でも最強と呼ぶに相応しい実力者ではあるが、ウィルの【死の刻印】を受けてしまったが最後……動きが鈍り、輝かしい功績を収めた剣聖技も子供の振るう木刀術と大差ないレベルまで弱まってしまった。

 そうなればそこらに生息する魔物の方がまだ脅威と言える。

 近衛師団の連中も同様だ。

 私の姿を見た瞬間、泡を吹いて気を失う始末。

 中には意気のいい輩も居たが、【小爆発】と奪い取ったマスケット銃で無力化できる程度だ。


 そんな剣聖と近衛師団を倒して壁をぶち壊してみれば、ようやく辿り着いたじゃないか。

 目的のカーマイン王子の部屋に……。

 お誂え向きにバルトルトも居るじゃないか。

 なんだ? 2人して密会の途中だったか?


「こんばんわ。王子、それとバルトルト。夜分遅くに申し訳ない」


 部屋に入ると、私を見た2人が胸を抑え始めた。

 【死の刻印】による激痛に苦しんでいるようだ。

 

「ぐっ。なんだこの胸の痛みは……く、来るな!」


 そんなカーマインが石ころを投げつけてくるが……私はひょいと躱して部屋の中へ入り込み、腰に付けたポーチからナイフを1本取り出した。


「な、何をする! 私は……王位継承第一位のカーマインだぞ!」

「はいはい」


 【死の刻印】を受けてなお、自分を誇示するだけの余裕はあるのか。大した精神力だ。

 私はそんなカーマイン王子の手を斬り裂こうとナイフをふるったが―――咄嗟に顔を覆われたせいで、傷が思ったより深くなったじゃないか。


「ぎゃああ!! 痛い。痛いよ! 死ぬ、死ぬう!!」


 カーマインはのたうち回るが、この程度で人間は死ぬ事はないと私は理解し尽くしている為、情けなく泣き喚くカーマインを鼻で笑いながら滴り落ちたこいつの血を回収した。

 これでよし。次は……。


「ひ、ひっ!」


 バルトルトの血だ。

 こいつは多少痛みに耐えるだけの胆力は持ち合わせているらしいが……。

 カーマイン王子と同様に斬り付けられると悟ったようで腰を抜かしてくれたお陰で血を回収しやすい。


「な、何をするつもりだ貴様……、殺す気か?」


 私が近づくにつれてバルトルトの顔が苦悶に歪んでいく。そうだろう……苦しいだろう? だが弱めてやる義理はない。


「殺しはしませんよ。ただ確認したいことがありましてね」

「ぐあっ!?」


 バルトルトの手首を斬り、溢れた血を私の人差し指で拭い取った。

 これで2人分の血が採れた。

 心の中で念じる。【契約魔術】の詠唱を。

 すると両手が光り、契約が……成った。


「では、これより2人に聞き取りを行う。正直に話せ。嘘を言ってみろ……。その瞬間お前さん方の頭が吹っ飛ぶぞ」

「だ、誰が貴様の――」

「王子いけません! これは契約魔術……奴の言葉に逆らえば命がありません! ここは素直に従いましょう……」


 吠えるカーマインをバルトルトが諌めた。

 察しが良くて助かるよ。


「ではまず王子。あんたからだ。帝国領内にあったダンジョンに王国製ゴーレムがあった。お前はその存在を知っていたか?」

「し、知らない……。そんなものあったことも知らない!」


 だろうな。お前さんはまだ子供だ。

 あんな手の込んだ嫌がらせが出来るほどオツムは優秀じゃないだろう。


「ならバルトルト。お前は知っていたか?」

「し、知らな――」


 瞬間バルトルトの顔が空気を注入されたかのように腫れ上がり、赤く発光し始めた。


「ぐっがっが……」

 

 痛いだろう? 頭の内側が膨張するその感覚は。


「嘘はいけませんぜ? 言ったはずだ。嘘をつけばどうなるか。正直に話せ。知っていたかどうかだ!」

「し、知ってた! 知っていたし起動もさせた! この私がぁ!」

「続けて問う。その理由は何の為だ?」

「貴様の戦力を図るため! その餌として使った!」

「なら次。グライカンの孤児院……シエスタを焼いた指示を出したのはどっちだ?」

「私だぁ!!」


 答えは出た。

 今回の件は予想通りこいつら2人、いやバルトルトが表で引き起こしたこと。

 つまり……私はこいつを野放しにした事でフィーネを失ったという事か。


 行き場のない怒りが胸の中をざわつかせる。

 私は近くの瓦礫を踏み砕くことで誤魔化そうとしたが――晴れるわけがなかった。

 こんな事してもフィーネが帰って来るわけじゃないしな……。


「これで済んだろ? 呪いを今すぐ解けぇ!」


 目から血を流し始めたバルトルトが叫んだ。

 私は指を鳴らして答える。

 

「契約は履行された。とっくにお前さん2人は解放されてるよ」


 ホッとした2人。

 そんな片方……バルトルトの胸ぐらを掴み上げナイフの鋒を向ける。


「だが許しはしない。お前はかけがえのない命を一つ奪ったからな」

「私が奪った? 何を馬鹿な。あの孤児院にいる子供は行き場のない存在ではないか! 既に生きていても意味がない奴らだ! 仮に死んだとて蘇生すればいいだけの事だろう?」


 もういい……。こいつを生かしておく必要はなさそうだ。バルトルトにナイフを突き刺そうとしたその時。

 

「ご主人ッ!」


 砕けた壁の向こう側にいたジーナの声に手を止めた。

 ここに入るなと言っておいたのに、無視して入ってくるなんて……。まったく自分勝手な奴隷だ。

 そんなジーナが私の前に立ち、怒りの形相をバルトルトに向けた。


「ご主人。父上は……バルトルトは私に任せてもらいたい」


 父上でなく、バルトルト呼びか……。

 

「ご主人が怒っているのも分かる! だがこれは私たち家族の問題でもある! 私の用が済んだらご主人の好きにしていい。だから!」


 私は息を一つ吐いて心を鎮まらせようと努める。

 だがこいつを見ているだけで今にも殺してしまいそうだった。

 だから私はバルトルトの体をジーナの目の前に投げ捨て背中を向けた。


「ご主人……」

「お前は自分で選んでここまで来た。その選択を奪う権利は私にはない。好きにしなさい」

「感謝する!」


 振り返るとジーナが頭を下げていた。

 バルトルトはジーナに任せて、私はもう1人。カーマインの方を片付けよう。


「ジ、ジークリンデ! 私だ! カーマインだ! 助けてくれ! お前の夫になる男だぞ! 助けてくれぇ」


 情けない男だ。

 こうしてみるとただのガキだな。

 そんなカーマインの胸ぐらを掴んでウィルに目を向け【死の刻印】を強めさせた。


「ぐ、ぐるじい……」

「苦しいか? 助かりたいか?」


 顔を激しく振って頷くカーマイン。

 だが【死の刻印】の余波が強すぎるあまり、泡を吹き始め……終いには嘔吐し始めた。

 おーおー。よくもまあこんなにも吐けるものだ。


「人が死んだってのに、こんなに飯が食えるのか……凄いなぁ」

「わ、私は……殺して、ないぃ」

「いいや殺したさ。ワガママが通らなかった腹いせに私に復讐を企て、バルトルトに任せたんだろう? 実行はしてなくとも裏で糸は引いていたというわけだ。そうなるとバルトルトよりもお前さんの罪は重い」


 カーマインの胸に手を当ててやる。

 すると呼吸が浅くなり始めた。

 はっはっは……と懸命に酸素を取り入れようとしているが、吐き気も同時に込み上げさらに吐瀉物が口から溢れた。


「や、め、ろ……やめて……くれぇ」

「断る。これは確かに苦しいが決して死なない物だ。錯覚だよ。なら耐えれるはずだ。がんばれがんばれ」

「し、しんじゃうよぉ……。助けてくれぇ……」


 私の中で怒りが冷めたような気がした。

 こんなにも無力な男に何を怒ることがあるのだろうか……。そう考えてしまっていた。

 だが許す気が起きたわけじゃない……呆れ果てただけだ。

 

「助かりたいか?」

「助かりたい! だからぁ!」

「なら契約だ。誓え。2度と私に近づくな! 私に周りに関わるなと!」

「ち、誓う……誓うから……おゲェ……」


 吐きながらも誓いの言葉は得た。

 カーマインの指にナイフで小さく斬り付け血を拭い取り魔術を施した。

 これで用は済んだ。カーマインの体を瓦礫の山に放り投げた。


「こ、こんなことしてタダで――」


 助かった途端に……はぁ、うるさいな。

 私はナイフをカーマインのすぐ側に投擲し、瓦礫に突き刺すと、彼は気を失った。


「ウィル。私は王子とバルトルトを認める。刻印を解除してくれ」

『は〜い』


 姿は見えないが声だけが響いた。

 これでバルトルトも胸の苦しみから解き放たれただろう。

 さあ親子2人の決着だ。どうなるのやら。

 私はちょうど良い高さの瓦礫に腰を下ろしバルトルトとジーナに視線を移すのだった。

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