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第38話

 魔物もあらかた狩終えたようだ。

 ダンジョンの中に救う魔物のほとんどは足元の血の海に沈んだのだろうか? いいやそれはないな。

 私は剣を鞘に納め、ナイフにこびり付いた血を外套で縫いぐいとりながらジーナとリオンのそばにいる男に話しかけた。


「あなた方がグルエル殿の息子夫婦ですか?」

「え、ええ。あなたは?」


 男の方、旦那が私の顔を見上げて不安げに聞いてきた。何がそんな顔をさせるのか、そうか。


「ウィル。少し向こうに行ってろ」

『はぁ!? なんで私があっち行かなきゃダメなのよ! 私だって仲間でしょう!』


 とは言うが、ここにお前が居ると旦那の負が安心できないのだから仕方ないだろう。

 だがこれを直接口に出すと後が怖いので、私はなんとか察して貰えるように表情でウィルに訴えかけた。「頼む」と。


『むう。仕方ないわね。だったら見張ってるから用が済んだら呼びなさいよね。いい? すぐだからね!』


 ふんっ。と奥の通路へふわふわと移動したウィル。

 あとで何かしらの埋め合わせをしてやらんとな。


「すみません。お身体はどうです? 胸の苦しみ、目眩などがあった筈ですが……」

「あ、ああ。そう言えば無くなったような……」


 良かった。さっきまで【グラスプハート】を使用していたから、その余波で後遺症が残ってたらと思って不安だったんだが。問題ないようだ。


「それは何よりです。私はアイザック。あなたの父グルエル殿の依頼により馳せ参じました。探索者です」

「探索者……資格のない冒険者崩れか」


 ピクリと旦那の目が動いた。

 資格無くダンジョンに潜る存在は探索者として呼称される。

 今の旦那の反応からも帝国ではあまり好意的な印象はないだろう。

 まあ冒険者自体を認めていない上に探索者自体、死体漁りやダンジョン内での人心販売等犯罪に手を染めた輩が多い印象があるからな。


「僕は帝国軍第498部隊所属ジョルジュ・タンホイザー。階級は少尉です」


 ジョルジュは敬礼で私に答えた。よく見ると顔つきがグルエルと似た部分があるな。目と鼻の形だろうか。ふふ。親子だな。


「すみませんがあなたはニュートリウム連隊の関係者だったりするのでしょうか?」

「ニュートリウス連隊?」


 向こうは知っていたようで私は惚けてみせる。

 ニュートリウス連隊……彼女達はもう死んだ。

 もうこの世には存在しない。

 それに連隊の話は無意味で苦しく苦い物だ。思い出すだけ仕事に差し支える。


「知らない……ですか?」

「ええ。存じません。それより早くここを出ましょう。奥様は?」

「ええ。リオン……くん? ですか。彼が処置してくれたようで今はぐっすりです」


 地面に横たわる女性は確かめる。ジョルジュとは違い、体は5体満足な様子。装甲に少し凹みが見られるな。


「リオン。彼女の容体は?」

「あいあい! 奥さんは外傷がほとんどで、1番ひどいのが肋の骨折だよ。あとは頭を強く打ったみたいだから脳にダメージもあるかも……」

「となるとゆっくり運ぶ必要があるか」


 怪我人1人と意識不明が1人。この異常ダンジョンを戻るのはかなり骨が折れるだろう。まあ死んでないのだ。記憶消失の心配は考えなくて良い。


「帰りは時間をかけて帰ろう。リオン、ジーナ2人を支えなさい。私が先頭を歩く」


 頷く2人。今回は心強い事この上ないな。

 ジーナは奥方の方をおんぶで担いでもらう。ジョルジュの方は申し訳ないが徒歩だ。それは本人も承知していたようで、何も伝えずとも立って頷いてくれた。


「ウィル! こっちは終わったぞ」


 声を掛けたがウィルの様子がおかしい。ダンジョンの奥、私たちがやって来た通路を訝しげに眺めている。


「ウィル?」

『不味いわよ? こっちからの移動は無理そう』

「なんだって?」


 私は急いでウィルの元へ向かい、通路の奥を見通す。

 薄暗くよくは見えないが、地面を踏み鳴らす音が聞こえてくる、それも大群だ。

 小さな足音の中に少しの地響き。体躯は中から大の個体もいるな。これまで戦ってきたゴブリンともオークとも違う個体のようだ。


「こいつをウィル。お前はなんだと思う?」

『専門家じゃないんだから分かんないわよ。ただここまでの巨体だと私のデバフでも止まりはしないでしょうね。天竜ほどの全力を出せればあるいは……だけど』


 それは無理な話だ。あの時は周りにいたジーナとリオンは少し離れていたから精神的にダメージはなかった。

 だが今は距離が近い上に怪我人が2人もいる。ウィルの本気の重圧に耐え切れる保証がない。


「アイザックさん……。どうかしましたか?」


 ジョルジュがやって来て声を掛けてきた。

 私はどうやら不安げな顔を表に出しすぎたようだ。

 奥にいるジーナもリオンもどこか不安げな顔を浮かべている。


「敵が迫って来てるんですよね?」

「ええ。それもかなりの個体。パーティー戦術を取られれば苦戦を強いられる事でしょうな」


 だとしても心配無用。そう言おうとしたが、ジョルジュが言葉で遮った。


「私を殺してください」

「なんだって!?」


 その目は真っ直ぐで澱みない。頭を打って錯乱しているようでも、ウィルの重圧にやられておかしくなった訳でもなさそうだ。


「私を殺して死体にすれば持ち運びが簡単です。そうでしょ? 私はご覧の通り体がズタズタだ。これじゃ皆さんの足手纏いになるのは目に見えてます」

「だから殺して死体の一部を持ち帰れと? あんたは馬鹿か!?」

「何を躊躇っているんです。その方がこれから遭遇する敵とも戦闘がやりやすいでしょう!?」

「だからと言って命を粗末にして良い理由にはならないだろ! ふざけるなッ!」


 私の叫びにリオンもジーナもビクリと跳ねた。

 私達は命を救いに来たんだ。それを殺せだと? この男も蘇生魔法があるからと命を軽く扱うというのか。

 やはり気に食わない。この世界の常識を。私は絶対に認めない。

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