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第32話

 私の過去に明るいものなんて何一つなかった。

 生まれは帝国。子供の頃に両親は戦争で死んで、私は幼いながらに帝国軍の少年兵として徴兵された。

 兵士としての毎日は戦わなければ死ぬ、迷えば死ぬ、諦めたらもちろん死ぬ。そんなものだ。


 張り詰めた戦場が私の遊び場であり学舎でもあった。そんな私には家族にも等しい仲間達が居た。

 ニュートリウス連隊――帝国軍第497連隊の通称だ。

 隊長である女性軍人ギルベルタ・ニュートリウスの名を取って付けられた。

 連隊だというのに数は私を含めて6人しか居なかった。

 話によると私が入隊するよりも前は数百人居たらしいが、度重なる戦闘で数が減っていったようだ。

 6人しかいないというのに隊長は補充を認めなかった。


「散っていった仲間たちの魂と信念を引き連れ続ける限り我々は連隊だ」


 それが隊長の口癖だった。

 鬼のように厳しく、戦いの際は冷たい人だったと記憶している。

 そんな隊長は私のことを実の息子のように扱ってくれた。自分に子供がいれば私ぐらいだと、そう言っていた。

 残りの仲間たちも可愛がってくれた。何せ連隊の中で私が1番歳が若く子供だったから弟が増えた、そんな扱いだったのだろう。

 今思えば私の記憶にある明るいものといえばその頃の思い出ぐらいか。

 皆が戦闘技術を教えてくれて、身に付け、戦場で実践していく中、私は【死風】として他国に恐れられるようにまでなった。

 だが20年前――王国と帝国の第一次戦争。

 そこで奴らは私から家族をもう一度奪ったのだ。


 ***


 【アシッドミスト】


 敵味方の死体が数多く転がる荒地。

 王国の連中が強酸の霧を戦場に放つや、仲間達の体が次々に溶けていき、その叫びが耳に入ってきた。

 私も本来はそこで死ぬはずだった……なのに。


「貴様は生き続けろ!」


 仲間たちが死にゆく中で隊長が言った。


「何故です! 死ぬ時は私も一緒です。隊長、私も最後までお供します!」

「ならん! 貴様はまだ子供だ! 未来ある子供なのだ。こんな場所で、こんな最後を迎えて良いわけがない」

「ですが隊長!?」

「それに我々は死ぬのではない! ただ体を失うだけだ!」


 隊長が私の肩を強く掴み、まっすぐ見つめてくるあの赤い瞳は今でも脳裏に焼き付いて離れない。


「言っただろう。散っていった仲間たちの魂と信念を引き連れ続ける限り我々は連隊だと。それをお前が引き継げ」

「私が!?」

「そうだアイザック。貴様は強い。私たちの誰よりもな。だから生き延びて、その力を今度は世のために活かせ」


 死がそこまで迫ってきていた。

 敵も味方も殺す強酸の霧がすぐそこまで――

 それでも隊長は私に言った。


「だから生きろ! 生きてその命を大事に使え! 今日からお前がニュートリウスだ!」


 振り返るな! 走れ!

 そう背中を押され、私は走った。

 これが隊長の最後の命令だった。

 走り続ける私に死の風が私に届く事はなかった。

 きっと隊長が魔術で進行を遅らせているのだろう。

 しばらく走っていると隊長の絶叫が耳に入ってきた。

 聞いた瞬間胸が強く痛んだ。

 同時に私を生かすために必死に食い止めているのだと励まされもした。


 私は走った。ひたすらに走った! 足の裏の皮膚が剥がれようが、転んで膝を擦りむこうが、仲間たちの死体を踏もうが私はそれでも走り続けた。

 隊長の叫びも聞こえなくなった頃、私はアシッドミストの効果範囲外に出ていた。

 振り返れば全てが無に帰した虚無の大地が広がっている。

 私は全て失ったと気付いた瞬間、脳裏には仲間たちと過ごした暖かな日々が思い起こされた。


 いつも美味い料理を作ってくれた飯炊きのリッタ。

 私が悩んだ時に励ましてくれた兄貴分のクインテルタ。

 いつも私にちょっかいを出してくる悪戯好きのゴーシュ。

 そんなゴーシュを注意する姉のようなマリー。

 そしてギルベルタ隊長……。

 あそこにみんなの死体が転がっている。

 でもこんな誰の死体かわからない溶けあった状態では、彼らを見つけて持ち帰ったとしても蘇生はできない。


「うああああああああああ!!!!」


 私は叫んだ。声が掠れ、涙が枯れるまで。

 仲間の死が、こんなにも呆気ないものなのかと思うとやるせなかった。

 憎い……悔しい……みんなを奪った王国が、戦争がッ!


『今日からお前がニュートリウスだ』


 そうだ……私が生きてさえいれば皆は死んだ事にはならない。私が生き続ける限り、私が皆を背負う連隊なのだ。

 泣いてる暇などない……私は隊長に命じられたのだ。

 この命を皆の力になるために使えと、そう言われたのだから。


***


 陽光が眼に差し込んだ。

 あまりにも眩しくて少しずつ目を開く。

 どうやら眠っていたらしい。ベッドの上に体を起こし、大きなあくびを一つ漏らす。

 相当うなされていたのか、寝汗でびっしょりだ。

 ずいぶん懐かしい夢を見た気がする。

 息を一つ吐き、窓を開けて空気を入れ替えようとした時――


『今日はずいぶんと遅いお目覚めね』


 部屋の端に掛けていた外套からフワリとウィルが現れてクスクス笑ってきた。


「おはようウィル。今は何時だ?」

『なにがおはようよ。昼よ昼。13時を過ぎたあたりよ。まったくリオンもあの奴隷女もこの部屋の前で叫びあってたせいで、落ち着いてられないってのよ……』

「それは迷惑をかけたな」

『いいわよ。別に嫌じゃないし……。で? また例の夢でも見たの?』

「ああ」


 ウィルには私の過去について話してある。

 たまにこうして過去の夢を見てはうなされている事も。


『そう……。今は1人じゃないのにまだ見るのね。可哀想な人』

「そうだな。だがこの夢を見続ける限り皆を忘れずにいれる。有難いことでもあるよ」


 さて。と立ち上がり着替える。

 今日は特に予定はなかったはずだが、突然仕事が入るのが私の仕事だ。

 この世界は何せ命が軽いからな。

 馬鹿みたいに死地に行っては死んで後悔する馬鹿は数知れない。


「せんせー! せんせー!! せんせええええええ!!!」


 ドンドンドン! と扉を激しく叩かれる。

 それにこの喚き散らかすような声はリオンだ。この様子じゃ緊急事態だな。


「もう起きた。今すぐ支度するから下で待ってなさい」

「やっと起きたの先生? 急いでね。下でお客さんが待ってるんだから〜。ちょ〜怒ってるんだよ? もう1時間も待ってるから……」


 それは相当迷惑をかけたな。

 私は急いで身支度を済ませて待たせている客人の話を聞きに向かうのだった。

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