第31話
「あの男はなんだ! 我が妻を返さないとは不敬じゃないか!」
王城にある豪華絢爛な自室に戻った僕は奴隷であるバルトルトに怒りをぶちまけた。
あの男――アイザックは金さえ払えばどんな仕事をすると聞いた。
だから愛するジークリンデを取り戻す為に父上に頼んで金を用意したと言うのに……。
「なぜ金に靡かない!」
「王子。奴は王国に恨みがあるのです。奴の名……ニュートリウスがその証拠でございます」
「ニュートリウスだと?」
「はい……その名を王子が存じ上げられないのも無理はないでしょう。なにせこの名は20年前の帝国との戦争で馳せた名なのですから」
「20年前だと……」
確か王国と帝国の第一次戦争だったか……。私はまだ生まれていないからな……。
「その戦争で我が王国を恐怖に陥れた1つの帝国部隊がありました……。名を第497連隊――私達は【ニュートリウス連隊】と呼んでおりました」
「ニュートリウス……奴の家名ではないか」
「そうですな。ですが帝国にはもうニュートリウスという名の家は存在しません。恐らく奴はその部隊の生き残り――その名を家名として背負っただけの男なのでしょう」
「ただの偶然ではないか? 20年前ならあの男もまだ幼いはず……」
歳は30中頃だと聞いた……。20年前に戦争に出ていたとなれば15、6の子供だぞ。
「ですが私の屋敷で見た奴の戦い方……。あれには心当たりがあります……。無駄を一切省いた殺しの技術。相手に考える余地すら与えない素早い攻撃――あれは話に聞いていた奴等の技術だと!」
「それが事実だとしてなぜ王国に恨みが?」
「ニュートリウス連隊はその力の高さから……まともに戦って勝てる相手ではございませんでした……。ですので王国軍はある魔術を放ったのです」
「ある魔術……」
「はい……禁忌魔法――【アシッドミスト】でございますよ」
「アシッドミスト……。なるほどそれなら確かに恨まれる理由は十分だな」
アシッドミストは王国が開発した殲滅魔術だ。
強酸をミスト状に散布し、見舞われた者の肌を溶かし、内臓を焼き、人の尊厳を奪う被人道的な魔術……多数で使用すれば瞬く間に生物は液状化するほどの威力を誇る。
だがそのあまりに人道に反する魔術故に大陸各国が禁忌として使用を禁じた。
使ったのは1度だけと聞く。
つまりこの魔法を使わなければならなかったほどの相手がバルトルトの話すニュートリウス連隊なのだろう。
「一つ聞きたい。ニュートリウス連隊とはどのような存在だったんだ?」
「確か奴等の噂は……音も無く近づき、気づけば隣に立っていた仲間の首が落ちていく……だの、仲間の体をまるで盾にするように扱い、母国に居るはずの家族や、恋人などを人質に取り味方の中から部隊を瓦解させる精神的攻撃……と聞きましたな。それ以外にもいくつか聞きましたが……」
「そんなにか!? バルトルト、お前はその噂を本気で信じているのか?」
「まさか! 信じてませんよ。まあ奴らの実力は周りが怯えていた事から確かなようですがね」
だが、かつての王国軍は全盛期であり、皆が達人レベルの力を擁していたと聞いた。
そんな彼らが恐れる存在……それがあのアイザックなのか。
「奴は仲間を王国に殺された恨みを未だ抱えているのでしょう。だから王子の妻になるはずだったジークリンデを奴隷に堕とし、我が家を破滅に追い込んだのではないでしょうか」
「なるほどな、話は分かった。奴が油断ならん奴ということもな」
だが、だとしても僕は奴の手からジークリンデを取り戻さなくてはならんのだ。
父もバルトルトを手中に収めたいと言っていた。
彼が貴族社会から消えてから残された貴族連中の無知さと言ったら目も当てられないほどだ。
バルトルトには今一度貴族をまとめ上げて欲しいと父は考えているのだろう。
そして私はジークリンデを取り戻したい。
利害の一致だ。だが……金でどうしようもないとなると。
「父上に相談するしかないか」
「王にですか!?」
「なんだ? だめか?」
「い、いえ……ですがまだ早いのではないかと。奴は確かに手強い……ですが王の手を煩わせる事はないかと」
「ではどうする! このままではジークリンデが――」
「ですので私に考えがございます。敵の力を測る為に丁度良いものが帝国にあるのですよ」
ニヤリと微笑むバルトルト。
何か考えがあるようだな。確かに父の手を借りず事を納めれば私の評価も上がる……ここは乗っておくか。
「分かった。ではお前に任せる事にする。もし金が必要なら気にするな好きなだけ使え」
「ははぁー! このバルトルト……必ずや我が娘ジークリンデをニュートリウスの亡霊から取り戻してみます!」
「うむ。頼むぞ」
席を立ち私は一度部屋を出る事にした。
アイザックがそこまでの存在であれば私も奴について知る必要があるからな。
それとバルトルトは必ず貴族に返り咲かしてみせる。
でなければ私はジークリンデと結婚が出来ないんだからな。あれは良い女だ。絶対誰にも渡すものか……。
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