第29話
天竜祭を満喫し終えた私達は屋敷へと帰ってきた。リオンは両手一杯に出店の屋台飯を抱え、頭には竜のお面を被っている。かなり楽しんだと言えるだろう。ここ最近リオンにも楽しめる休暇を与えていなかったからな。
いい気分転換にはなっただろ。もう少し私も休暇の取り方を考えるべきかもしれんな。
屋敷の門をくぐり、玄関へ向かうと――
ん? 誰だあの2人は……。
扉の前に壮年の小汚い服を着た男、そして後ろ姿だけで貴族と分かってしまう風貌の金髪男性が見える。
「父上!? カーマイン王子!?」
ジーナが声を上げると2人が振り返る。父上とジーナが呼んだ男の顔には覚えがある。ジーナ事、ジークリンデの父親、グラリューゼ侯爵だ。だが今は首につけている首輪が物語る通り借金奴隷だ。
その隣の人間は、これまた驚いた。
王国の王位継承権第一位に在らせられるカーマイン王太子じゃないか。
「ジークリンデ……ジークリンデかい!?」
カーマイン王子がジーナに向かって駆け寄る。私たちの姿なんか見えていないのか完全に無視して横切っていき、ジーナの小さな手を握っては涙を浮かべだした。
「ああ、ジークリンデ。ようやく見つけたよ。まさかこんな所にいようなんて」
「王子!? これは一体どう言う事ですか!? なぜこのような所に」
「なぜって? それは未来の妻を迎えにきたって事だよ」
ほほう。どうやら王子はジーナのことを本当の意味で愛していたらしい。ジーナの方は……。そんな感情はなさそうだがな、顔を見れば分かる。
「やめてください王子! 今の私は借金奴隷。あなたが気安く触れていい存在ではございません!」
手を振り解くジーナ。王子は振り解かれた事に少し寂しさを感じたのかなんとも言いづらい顔を浮かべている。
完全に私とリオンは置いてけぼりだ。リオンにはまだ屋台飯がある分暇を潰せるだろうが……。
「リオン。お前は庭の端に行ってなさい」
「なんで〜?」
「これは中々込み入った話になりそうだからだよ」
「長くなるかもって事だね。分かったよ先生。じゃあ窓から入ってお風呂沸かしておくね」
「窓から入るって……。いつそんな抜け道を……」
「ウィルヘルミナさんに教えてもらったんだ〜。2階の一室の窓が立てかけ悪いから入れるよ〜って」
あいつ。なんて事をリオンに教えてるんだ。呆れながらもウィルに心の中で悪態をついていると、私の前に元侯爵が立った。
「なにか?」
「貴様の顔、忘れたことはない! 貴様の所為でグラリューゼの名が地に堕ちたのだぞ! 何をそんな惚けた顔をしている! 恥を知れ恥を!」
隣で王子とジーナの春の香りを感じつつ、私は夢みがちの哀れな男から怒鳴られる事になろうとはな。
「恥も何も自業自得では? ご息女の救助をする代わりに私はあらかじめ報酬金を提示させて頂きました。結果それでも良いと引き受けたのはそちらのはず。仕事をさせておいて支払わずに済ませる方が恥では?」
「この……無資格が……!」
そうカッカしても事実なんだ。こいつは娘のジーナと違って全く成長する気配がないし、その兆しも見えない。
みっともないと思う。いい加減現実を見てほしいものだ。
「いつか貴様に天罰が下るぞ!」
「そうですね。私はひどく嫌われてますので良い死に方はしないでしょうな。はっはっは」
「こ、このおおおお!!!」
「待ちなさい。バルトルトお義父様」
お義父様……。まだジーナと結婚もしていないと言うのにこの王子は何を言ってるんだ?
私はジーナに顔を向ける。
そこには顔をそれはそれは真っ赤に染めて恥ずかしそうにしている彼女の姿が。
貴族社会から抜け出して気付いたようだな。この大袈裟な振る舞いの恥ずかしさに。お前もこんな感じに派手に振る舞ってた時期があったんだろ? その顔を見れば大体わかるよ。
「この方を責めるのは筋違いでしょう。契約は確かになされていた。結果あなたは高額の借金を抱え破産し奴隷に落ちたのですよ」
「そ、そうですが、ですが……!」
そう睨まないでいただきたいですな。
「それに今回はそのような怒りをぶつけにきたわけではないでしょう」
「ほう。それではここに何の用で?」
聞くとカーマイン王子はニカっと笑って私に言ってのけた。
「ジークリンデの身柄を引き渡して頂こう!」
「なっ!?」
驚いたのはジーナだった。それもそうだろう。今更な話だ。どうせ助けるのであれば奴隷に堕とされたその時が1番ベストなタイミングだろう。
なのに半年経過した今か? 随分と調子のいい話ではないか。せっかくこの生活にも適応し始めて楽しみを見出し始めていたと言うのに。
「身柄を引き渡すと言ってもですな――」
「金か。アイザック殿は噂に違わぬ金好きだと聞く。だから用意はしてきた。ここに500億ある」
ドン! と地面に叩きつけられた鞄が開いた。
中には王国紙幣がギッチリと詰められているのを、見て目を細める。
「これが?」
「足りないか? ではもう500億! いや1兆払うぞ?」
王子だから金はあるだろうが、こんな事にそこまで出していいのか? もはや国家予算の範疇を超えてると思うが……。
これにはジーナも呆れたように王子の対応を眺めていた。貴族社会から離れ、奴隷に堕ちた今なら理解ができるのだろう。金で自らの進退が決められようとしていることに。
「すみませんが王子。いくら金を積まれても私は決めることができません。それに金なら私も腐るほど持っています」
「ではどうしろって言うんだ?」
「簡単な話ですよ。本人に直接聞くがよろしい」
「ジークリンデにだと?」
「ええ。私は確かに彼女の主人ですが、時がくれば解放しようと考えていました。ですのでそれが早まっただけの事」
「では!」
希望を持ったかのように目を輝かせた。だが――
「本人の選択に委ねます。彼女がここを去りたいと言うのであれば受け渡しましょう。ですが拒否すれば大人しく引き下がる事ですな」
「何を馬鹿な。そんなものこっちに来ると決まってるではないか」
元侯爵が鼻で笑いながら言った。私はその言葉を無視してジーナに振り返る。
「どうするかはお前が決めなさい」
「い、いいのか?」
「前にも言ったがお前はいつか奴隷から解放するつもりだった。それが今になるだけの事。だがここに残りたいのであればそれは私も尊重する。だからお前が決めなさい」
ジーナは私と王子達を交互に見渡す。悩むかと思われたがすぐに答えが出た。
ジーナは私の手を取ったのだ。
「私は帰りません」
「なぜだ!? なぜこちらに来てくれないジークリンデ!」
「私は奴隷に堕ちてここで働かされる中で知ったことがあります。それは貴族はあまりにも金で物事を解決してきたと言う点です。都合が悪ければ金で揉み消し、ほしいものがあれば金で手に入れる。地位も名誉も力でさえ」
ジーナは力強く語る。カーマイン王子はその言葉が耳に入っていないようでただ「帰りません」と言った言葉に衝撃を受けているようだ。
「それに今の一幕で完全に目が覚めました」
「覚めたって何にだい?」
「私はお金で買えるような人間じゃないッ!」
ジーナが怒りを露わにした。目の前で自分の価値を金で示されたのだ。これでは如何に愛がどうとか叫ぼうが響くはずがない。
王子は間違えたな。どうせ吐くなら「お前を倒してでも連れ帰る」そう言うべきだったのかも知れない。
「今ので、前にご主人が言っていた命について考えたことがあるのかと言う意味がわかった気がします。あなた方は私の命など金で買える程度のものとしか見ていない!」
「ち、違う。私はジークリンデ、君を愛して」
「例えそうでも響かないのです。今の貴方には言っても伝わらないでしょう。お引き取りを」
ジーナは玄関に向かって歩き出した。
カーマイン王子と元侯爵がジーナに「待て!」と叫んでいるが、一切振り返らずに屋敷の中へと入って行ってしまう。
彼女は選択したのだ。生きる場所を。命を全うする場所を。
「アイザック殿、これは国際問題ですよ。我愛しの妻を拉致しただけでなく奴隷に堕とし呪いか何かの類で拘束している。今の彼女の言葉で確信を得たぞッ!」
そう来るか。ならば私もジーナの選択に報いなければいけない。それがあの子の主人としての責任なのだから。
「国際問題ですか。ではどうします? 私をここから連れ出しますか? それとも軍を呼びますか? 不可侵協定を結んだ中立都市に」
どうせその小切手も現国王の許可なく持ち出したものに決まっている。でなければ即刻今のやり取りで国は崩壊する。これは王子独断の行動なのだ。
でなければ、一度婚約破棄という結果は起こらないはずだ。となれば婚約破棄の通達を出したのは国王という事になる。
「くっ。覚えていろ! 必ず貴様に鉄槌を下してやるからな!」
予想通り、王子はこの場では手を出してこなかった。いずれは何かしらの行動に打って出るだろうが、その時はその時だ。
「ではお引き取りを。そうです、今街では祭りが開かれているんですよ。お供いたしましょうか?」
「結構だッ! 帰りますよお義父様」
「は、はい!」
私を睨みながら歩き出すカーマイン王子と元侯爵。今日1日だけでこのように睨まれることが何回あっただろうか。
「随分と嫌われたものだ。所詮私は【屍食鬼】というわけか」
さて、屋敷に戻ったらジーナを励ましてやらんとな。今ので相当心がすり減っただろ。こういう時はリオンの無限の明るさが頼りになる。頼んだぞリオン。
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