第28話
天竜の素材を街とギルドに譲ってから1週間後、グライカンの街で突然祭りが開催された。
この街に伝統行事など無かったはずだが、至るところにデカデカと【天竜祭】と横断幕が張られていた。
「先生先生! 次はあそこの竜焼きってやつ食べてみたい!」
「おい大丈夫か? そんなに一気に食べでもしたら腹を壊すぞ?」
街のドンチャン騒ぎに私達も参加するように街を散策する。見慣れた道には竜のバルーンが建物に張りつけられるように浮かんでいるわ、出店は多く立ち並んでいるわでとんでもない賑わいだ。
それに見た事もない料理まで見える。竜焼き? たこ焼きの間違いじゃないのか?
「坊ちゃんまいど! 熱々だから気をつけるんだぞ」
「ありがと。おじちゃん!」
リオンが竜焼きを屋台の親父から受け取っていた。船のような形をしたパックにたこ焼き状の丸い焼き物が6つ並んでいる。いや……これはアマツのたこ焼きではないか?
「先生もジーナさんも食べる?」
「じゃあ貰おうかな」
「私も頂こう」
爪楊枝で1つずつ突き刺して各々口へ運ぶ。熱い! 生地がトロトロで中がとんでもない熱さだ!
これにはジーナも冷静さを保っていられなくなったようで出店で買った水を飲んで熱を中和している。
だが美味い。たこ焼きとそう変わらないが、中の弾力がある物……これは肉か。
生地の甘みに負けないほどの脂の旨味がジュワッと波のように押し寄せてくる。それを包み込むように濃い味のソースが追いかけてきて非常に美味だった。
「なるほど。中に竜の肉が入っていたのか」
「うむ。東洋のたこ焼きの模倣かと思ったが、これはこれでなかなか美味いな」
長年の貴族生活で舌の肥えたジーナも絶賛だった。たまにはB級グルメも悪くない。私たちは竜焼きを摘みつつ祭りを見て回る。
まさかあの天竜も自分が殺された後にこんな盛大な祭りが開かれるとは思いもしなかったろうな。
歩き続けると街の中央広場に出た。
ここは大きな噴水がランドマークの静かなスポットだったはずだが、今では竜の装飾だらけで、澄んだ水も今日は真っ赤な水で満たされていた。
「これって血?」
噴水の中の赤い水を覗くリオン。
「いいや。血液特有の鉄臭さがない。おそらく魔法で色を変えただけの水を天竜の血に見せかけているんだろう。にしても随分と凝ってるじゃないか。この規模だと毎年恒例の行事になるんじゃないか?」
毎年天竜が街に襲撃を仕掛けてくるのは困るが、祭りであれば歓迎だ。リオンも喜ぶからな。
ひとまずこの噴水で休憩する事にして噴水に腰掛ける。
周りには私たちと同じように休憩しようと噴水に腰をかけたり、地べたにレジャーシートを敷いて談笑しながら休む家族連れが何組か見えた。
そんな光景を微笑ましく眺めていると、周りの群衆がざわつき始めた。
「おやおや。あなたはアイザック殿ではありませんか」
かなり年老いた老人の声が私の名を呼んだ。
振り向くと、ギルド職員数人の前に2人の老人が並んでいる。
その2人は誰でも知ってる有名人で、1人はグライカン市長のマックガード氏、その横の人はグライカン支部ギルド長のハイネケン氏だ。
「これはこれはマックガード市長、ギルド長ハイネケンさん。おはようございます」
私が挨拶をするとリオンとジーナも遅れてお辞儀をしてくれた。2人はかなり上機嫌らしく、笑いながら「そう畏まらなくても」と言ってくれた。
この人数とこの組み合わせからして――
「今日は視察と言ったところですか」
「おお。そうなのだよアイザック殿。君の活躍と天竜を融通してくれたおかげで、グライカンの市場価値が上がってな? 市庁での会議なんかより、いっそパーっと見て回ろうと思ってな? 良い具合に賑わってるだろう?」
「そうですな。ここ最近は暗いニュースばかりでしたから。世界中からここにやって来た人たちも羽を伸ばせている事でしょう」
ジーナには耳のお痛い話かもしれないが、グラリューゼ元侯爵が企てた王国と帝国の戦争勃発の不安。
それに1週間前の天竜の襲撃と悪いニュースが重なって起きたんだ。
市長の言うとおりこれぐらい派手に盛り上げた方がストレスの発散にもなるだろうし、何より経済効果も狙える。
2人の様子からして結果は上場らしいからな。
「ギルドからも感謝するよアイザック殿」
「そんな。あなたが私に頭を下げる必要はないでしょう。私は無資格であなた方が嫌う存在なんですよ?」
「だが、アイザック殿は街を救ってくれた。それにサリネルからも話は聞いている。新米の指導に、ギルドでも困難な任務を代わりに受け持ってくれたみたいじゃないか」
「まあ、そうですが……」
体裁はあるだろう。それも後ろにいるギルド職員の前だ。ギルド長のあなたは厳格であるべきのはず。
こうも直接感謝されるという事は、祭りの活気に当てられてテンションがおかしな方向へいっているのかもしれんな。
だが私の気まずそうな顔を見てようやく察してくれたのかハイネケンさんが私に顔を近づけてきた。
「グライカン支部は君に対しての制裁は与えないつもりだが他国ではそうはいかん。王国ではこの前の貴族騒動で君に懸賞金が掛かっているらしいぞ?」
「まあそうでしょうな」
王国のトップ貴族を破産させたのだ。それくらいの措置は取ってくるだろう。
「まあこの街は中立を掲げとる。奴らもこの街に住む君には迂闊に手を出せないはず。だが気をつけるんだぞ?」
「承知してますよ」
「分かっておれば良いのだ」
捕まったとしてもその対策は数多く練ってある。
まあそんなヘマをすることはないとは思うがね。
「お楽しみのところ邪魔したのう。では私達はこれで」
「はい。しつれいします」
大物2人が私たちの前から通り過ぎていく。後ろの職員が明らか私に敵意剥き出しの眼差しを向けてくるのは、多分ギルド長から話が行き渡っていないからだと考えよう。
「あの2人が一緒に視察とは、珍しいな」
「ジーナもそう思うか」
「ああ。特にグライカン市長の方はこれまで表舞台になかなか姿を表さなかった御仁ではないか」
この街の市長は中立都市という立場にあるからこそ危険な役職だ。
他国の犯罪者――例えば私などを受け入れては、奴隷に市民権を与えている。
そんな懐の深さが、いずれ自国に侵略戦争を仕掛けるのではないかと他国から危惧されているという話も聞く。
だからか、市長の命を狙った暗殺の書状も多く届いているらしい。
「あの人もかなりのストレスを抱え込んでいたんだろう。これを機にいい気分転換になればいいんだけどな」
「そうだな……」
「ねーねー。まだ休憩するの? 早くあっち行こうよ〜」
ここに1人ストレスを抱え始めた子供が膨れっ面で私たちの顔を見上げていた。
「すまないなリオン。ご主人そろそろ休憩も終えて次の場所を見に行かないか?」
「そうだな。じゃないとリオンのご機嫌が急降下まっしぐらだ」
よっと。
立ち上がる私の手をリオンが繋いできた。反対側の手にはジーナの手が繋がれている。
「それじゃあしゅっぱーつ」
リオンのご機嫌な掛け声と共に私達は残りの祭りを堪能する事になった。
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