第25話
我ら天竜は法国にある山の頂上に生息する竜種の頂上種。同族との数多の戦いの末勝ち残った一握りの竜が進化した存在だ。
我の体は一都市ほどの大きさになり、滅多に地上に降り立つことはなく命ある限りのほとんどを空の上で過ごす。
かつて天竜が地上に降り立ったとき、そこにあった街は我の纏う瘴気に疫病が流行し、巨体をもって人類の街を踏み荒らしてやった。
あの時は愉快だったと記憶している。
そんな我は今、仲間を引き連れ空からグライカンを目指していた。
目指す理由は契約だ。今日の昼に法国霊峰のドライゼルに足を踏み入れた強き冒険者。
仲間を殺し尽くした奴に興味が湧いた我は久方ぶりに地上に降り立ち矛を交えた。
奴は強かった。不思議な大剣を使い、その剛腕から繰り出される大地を砕く斬撃は我の身を脅かす程だった。
そんな奴に我はなぜ我らを襲うか問うた。
すると奴は言った。『お前を殺すのが任務』だと。胸が高鳴った。
これまで我に挑むものは存在しなかった。それが何百年の時を超えてようやく現れたのだ。
楽しかった。奴の肉を裂き、この身が傷つく闘争が。
だから我は奴と契約を交わした。
お前が勝てば我はお前の配下になろう。その代わり我が勝ったら、お前達人間の巣を襲う……と。
奴は勝利する算段があったのだろう、即答し頷いてみせた。
その後に放たれた一撃は目を見張るものだったが、まあ我の本気の一撃の前には鼻息も同然だったな。
最後に見せた奴の顔。あれは本当に最高だった。
勝利を確信していたのに届かなかった時の絶望に歪んだ顔。砕けた自尊心。身を裂かれ我に食い千切られていく瞬間の絶叫。どれも甘美なものだった。
結果我は勝利し、故に人の巣を襲うと決めた。
またあの嘆きを聞きたいものだ。絶望の表情が見たい……。人間よ文句はあるまい。お前達から勝負を挑んだのだ。
蹂躙だ。殴殺だ。これより我は貴様達を食い散らかす。
グライカンの街が見えてきた。
あの冒険者の男の住んでいた街だ。どうやら人間の軍が陣を張っているようだ。
だがおかしい。我を睨んでいた軍の連中が……なぜか我から逃げるように街の端へと移動し始めている。
恐れか? 我の姿を見て敵わないと見て逃げ出したのか? 良い良い……。それもまた余興というもの。
せいぜい我から生き延びろ。
その時、グライカンの街から少し西に離れた場所が光ったのが目に入った。
なんだ? あの光は……。
そこには小さいが男が1人、それと子供に女が立っていた。光を見るにどうやらあれが我と戦いを所望しているようだ。
「いいだろう人間! 今そこに行くから待っていろ!」
急降下したその時だった。
我の心臓が握り潰されそうな激痛が襲ったのだ。
なんだ……。なんだこれは。
激痛だけじゃない。寒い。我が……凍えている?
あり得ない。我は天竜だ。数多くの耐性をこの身に宿している。
物理に魔術、疫病など効かないはず! それがなぜ……。しかも急に!?
「グルル……」
「なに!?」
振り返ると我の仲間である竜達が一斉に地上へ落下していくではないか。まさか死んだのか!? 何故突然!?
「ぐっ!! うぅ……」
さっきより強く胸が痛む。
く、苦しい。お前か? お前が何かをしているのか?
地上に立つ男。光を放つお前が何かをしているのか?
そう思わずにはいられない。奴を見てからこの痛みが走ったからな。
魔術か。いや魔術だそうに違いない。
天竜の完全耐性を掻い潜る人間の新たな魔術だろう。
小癪な。あの冒険者のように武を持って戦え。魔術などというつまらん小細工はやめろ!
「グオオオオオオオオッーー!!!」
殺す。貴様は闘争を汚した。あの冒険者にも劣る矮小な雑魚が。我がひと齧りで終わらせてやる!
***
「ご、ご主人? あの天竜なにか妙に怒っていやしないか?」
グライカン西の平原で大空からまっすぐこっちに向かってくる天竜を見たジーナ。彼女の顔がすごく引き攣りながらそう言った。
「まあ怒るだろうな。なにせ今放った魔法は【挑発魔術】だからな」
「【挑発魔術】!? また使い所に困る魔法を……」
何を言う……。この魔術は便利なんだぞ?
敵を一身に引き受ける事ができる魔術だ。
今の時代パーティー戦術が当たり前になってからは戦士が一撃与えて敵視を集めるのが基本だから廃れた魔術の一つだがな。ソロの私は何かとこの魔法を重宝している。
ダンジョンでリオンやジーナが狙われた時に役立つからな。
「おかげで奴は私を見てしまったな」
「せんせ〜い! 警備隊の人達撤退完了したって〜」
離れた場所からリオンが大声でそう叫んできた。
馬鹿げてると彼らは言った。なにせ天竜と戦うのは自分1人でいいと言ったからな。
警備隊連中は命を賭してこの街を守ると息巻いていたが――。まあ被害が大きすぎる。だから下がらせた。
「ど、どどどどうするのだご主人!」
「落ち着けジーナ。ほらウィル。新しい同居人の前だ。挨拶ぐらいしろ」
ボワンと現れたのはウィルヘルミナ。彼女はプーっとほっぺを膨らませてすごく嫌そうな顔をして言った。
『なんで私が女に愛想振り撒かなきゃいけないのよ〜』
「ででで出たああああああーー!!!」
ジーナがウィルの姿を見るなり悲鳴を上げた。夜だしな。ウィルの姿がよく映える時間だ。これで彼女は今日トイレに1人ではいけないだろう。
そんな叫ぶジーナにウィルはジト目で見つめる。
『なによこいつ。前会った時もそうだったけどあまりにも失礼すぎやしないかしら』
「お化けが苦手なんだとさ」
『わ、私はお化けなんかじゃないわよ! 神よ 女神! 不・死・の! 女・神!』
やたら強調するように言ったな。
「まあいい。お前がただのお化けじゃないってことを今ここで証明すればいいだけだろ?」
『確かに……そうね。で? 今回の目的はあのまっすぐ飛んでくるトカゲ達だけ?』
今も尚迫る天竜。ここからおよそ30キロ辺りだろう。奴の飛行速度はかなり高い。ここに到達するまで30秒もないだろう。まあここに到達できればの話だが。
「そうだ。早速やってくれ……。もう夜も遅い。明日に響く」
『はいは〜い。そこに立ってなさい。すぐに終わらせるから』
ウィルが手を伸ばした。その手から黒い手が天竜に伸びていく。畝り歪み真っ直ぐに。
これが見えるのはウィル本人と契約者の私だけだ。
これは彼女曰く【深淵の手】。こちらを捉えた者へと返すアプローチ。
言うだろう? 『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗くのだ』とね。
その手が天竜の胸に入り込んだ。そして――
『はいお終い』
天竜がそのまま真っ直ぐ地上に墜落し引き摺りながら私の前へとやって来た。
「死んだのか?」
『いいえ。まだ生きてるわ。お前も知ってるでしょ? 私の死の刻印は本当の死を与えないって』
その通りだ。死の感覚を生きながらに与える耐性無視の複数デバフ効果が彼女の言う死の刻印だ。
デバフの効果は虚弱、脱力、吐き気に頭痛、胸痛に腹痛とまるで死に向かう病気にかかった感覚に陥る。
そこから派生するように不安感や恐れ、焦燥感が募っていく。まさに負の連鎖だ。これを受けた生物は目の前の天竜のようになるわけだ。
「毎度ながらとんでもないな」
『凄いでしょ。惚れちゃった?』
「馬鹿言うな。お前さんほどの美人は私よりも良い男を捕まえるべきだ」
『つれな〜い』
ジーナがガタガタ震えている。ただでさえウィルの姿に恐怖しているというのに、今の一幕でさらに恐怖を煽ったらしい。可哀想に。今夜はリオンと寝ることを後で薦めておこう。
私は天竜の前に立ち剣を引き抜いた。
「お、お前は……」
「驚いた。まさか言葉を話せるとは……」
天竜は知能が高いと聞いてはいたが共通言語まで覚えているとは。これはなかなかに厄介だな。
「我は、負けたのか?」
「負けたも何も勝負にすらならなかったがな」
「そうか……。見事だ魔術師よ。そんなお前には褒美をやらねばな」
「必要ない。報酬ならお前を殺せば貰える」
剣を突き刺そうとしたその時、天竜の姿がこの辺りを包み込む霧へと化した。
咳き込み天竜から目を離さずにいると――
「ほら! どうだ人間はこのような姿が好みなのだろう?」
そう言って現れたのは高身長の赤い髪をした女性だった。しかも裸体だ。所々鱗が残っていて恥部を隠しており、魅惑的だと言える。
わざとか、天竜は私を誘惑するかのように前屈みになって胸をチラつかせた。
「これなら文句はあるまい。我をお前の元に迎えてはくれぬか? 人間」
生き延びるための知恵だろう。魅惑の体で人間を魅了し、より強い個体とまぐわい子を成す。なるほど竜種らしい浅はかな考えだ。だが――
「ラインを超えたな」
「へっ……」
私の後ろに浮かぶウィルが髪を揺らし、怒りを露わにしていた。やってしまったな天竜よ。私の相棒は女性には厳しいんだ。
『この雌豚がッ! 私の目の前でアイザックを手籠にしようとは笑止千万』
「な、なんなのだ!? 貴様は!!?」
天竜が恐怖し腰を抜かした。と同時に胸を抑え始めた。その目で見てしまったな。ウィルを。
「ジーナ、リオン。帰るぞ。仕事は終いだ」
「あいあい!」
リオンがハツラツとした声で返事をし私の側に駆け寄る。だがジーナは。
「おい。まだ奴は生きて――」
「いいやもう死ぬさ。なんせ向けられてしまったんだ。不死の女王の怒りを」
「それはどう言う――」
「ぐっ……グガガっ」
振り返ると、そこには首を抑えながら悶える天竜の姿があった。人間の姿をしている分リアリティが増していて悍ましい。それを目の前にウィルが高らかに笑いながら手でギュッと拳を握りしめている。
『雌豚は死ね。生きたまま死ね。一度で死なせないわ。私の男に手を出した事を後悔しなさい』
「が、はっ」
天竜は動かなくなった。確認せずとも分かる。ショック死だ。長く発作を与え続ける連続デバフ地獄。
直接殺すことは出来ないが弱った体でウィルのデバフを受け続ければそうなる。
「ひっひぃぃ」
「そう怯えるなジーナ。確かにウィルは女性に厳しいが。身内には優しいんだぞ? なあ?」
『ええそうよ。まあお前も、こいつに手を出しさえしなければ生かしておいてあげる』
「出さん出さん! 決して出さん!!」
追いついたウィルにジーナが必死に答えていた。
なんとも恐ろしい相棒だよ。何が不死の女王だ。
お前さんは嫉妬の女王に名前を変えたほうがいいと私は思うよ。
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