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第23話

 奴は特に何かをする訳じゃないがその姿を見るだけで、視界がぼやけ、耳がキンと鳴り響き、胸の痛みと共に呼吸が苦しくなってきた……。

 病気か? 寿命か? そう思わされるほどの苦しさに膝をついていると、この場に居合わせた魔物達は私にジリジリと迫ってきていた。


『さあ死が直ぐそこまでやって来たわよ? もっと命を楽しみなさい』

「この状況をどう楽しめっていうんだ……」


 剣を振るいなんとか魔物を蹴散らす事はできる。

 ここが中級以上のダンジョンであれば、私はものの数秒で死んでいたかもしれない。

 それにこの苦しさだ。

 魔法なんて唱える余裕なんてないうえ、投げナイフもボウガンも上手く命中させることは出来ないだろう。

 だから私はこの安物の一振りの剣を振るい続け、前に足を運んだ。

 だが、外套に近づく度に苦しさは強くなっていく。


『へぇ……。お前……中々いいわね。これは初めて私に適合できる逸材かもしれないわよ?』

「適合したとしてもあんたはあの城の中に叩き返すがね」

『はぁ!? あの城にぃ!? それだけはごめん被るわね。あそこが嫌だから私は外から人間を呼び出して逃げたってのに』


 どういうことだ? 外から人間を呼び寄せた……。盗まれた訳じゃなくこいつ自身が人を操って逃げたっていうのか!?


「馬鹿な! お前はただの外套に憑依するアンデットだろ。現実の人間を操るなんて真似ができるはずがない!」

『それが出来るのよ。そうしないと死ぬ……。そう思い込ませたら人間なんてものは素直に従ってくれるのよ』


 死を錯覚させる何かを持つのか……。くそ。これではとても3億で収まる依頼ではないぞ。帰ったらあの婆さんにもう3億プラスで払って貰わにゃ割にあわん。


 岩陰から新たな魔物が現れた。数が多すぎる……。

 とてもじゃないがこのままでは耐えきれないだろうな。

 であれば一気に前に進んであの外套を掴むしかない。

 だがあれに近づく度に強くなるこの感覚が死だと言うのなら、掴んだ瞬間私はどうなるのだろうか。

 本当に死ぬのか?


『さあどうする? 私の体はもう直ぐ目の前よ? このまま諦めて逃げるか。死ぬかどちらかよ』


 死か……。何を今更私は生きたがっているのだ。これまで多くの人間や魔物の命を奪っておいて。まだ人間らしくあろうと努めているのか?


「ははは」

『なにがおかしいの? とうとう気でも狂ったのかしら?』

「そうだな。気が狂った。いや正気であろうとしてたのが元に戻ったのかもしれないな」

『なに?』


 私はこの苦しみに抗うことをやめることにした。

 死が私を呼ぶのなら素直に従おう。私という、どうしようもない人間はいつ死んでもおかしくないのだから。

 それが今日になっただけのこと。


『う、嘘……。どんな死にたがりでもこの苦しみを受ければ生にしがみ付くってのに……。お前、頭どうなってんのよ? 本当に死ぬかもしれないのよ?』


 一歩二歩。

 私は歩みを速めた。外套に近づくにつれアンデットの顔が引き攣って見えた。

 

「かも……だろ? なら本当に死ぬ可能性はないってことだな。それを聞いてますます安心したよ」


 胸が更にギュウウッと締め付けられる。

 これ以上進むと心臓が握り潰されそうな程の痛みだ。

 だがきっとこれはそう錯覚させる何かだ。

 凄いな……。この世にはこんなイかれた装備があったのか。


『……!? はぁ……』


 アンデットは諦めたように私から顔を逸らしたと同時――私の伸ばした手が外套を掴んだ。

 すると不思議なことにさっきまで私を蝕んでいた苦痛全てが何も無かったかのように消え去っていた。

 夢でも見ていたんじゃないかと思わせる程にだ。

 だが、目の前に浮かぶアンデットの姿から、これは現実だったと思わされる。


『おめでとう。お前はこの試練を乗り越えた。初めてよ。私の死を受け入れたのは』

「はは。そうかい。あんた程の美人に認められてそれなりに光栄だよ」


 ふうっと息を吐いて座り込んだ。

 ダンジョンの風が一層強く吹き荒ぶ。疲れからか非常に冷え込み、身震いしてしまう。

 そんな私を見兼ねたのかアンデットが言った。


『寒いでしょ? 私を使って』

「断る。お前さんの持ち主はあの城の婆さんだ。勝手に使うのは契約に反する」

『契約も何もこのままじゃ持ち帰る前にお前が死んじゃうわよ』

「はは。さっきまで死が死が〜って言ってたやつが今更何を心配してるんだ」

『〜〜ッ!!』


 怒ったような拗ねたようなアンデットが頬を膨らませて腕をジタバタとさせていた。


「そう言えばお前さん。名前は?」

『名前? そう言えば私ってなんて名前なんだろ?』

「おいおい。こんなに強い霊魂なんだ。名前の一つぐらいあるだろ? 昔に呼ばれてた何かがあるはずだ」


 霊はむ〜と考え思い出そうとして、パッと花が咲いたような顔を浮かべた。


『そうだわ。何百年か前に不死の女王とかなんとかって呼ばれてたはず』

「不死だって? そりゃお前は不死だろうな。なんせ既に死んで肉体すらないんだから」

『な、なによ〜!! 悪かったわね実態がなくて。ふん!』


 こうして話してみると中々人間臭いやつだな。

 それに長く生きていたとしても見た目と同じ少女らしい感情を持ってる。

 そんなこいつが名前の一つもないのはなんだか頂けないな。


「どれせっかく仲良くなったよしみだ。私が気の利いた名前の一つでも考えてやろうか?」

『ほんと!? 可愛いのにしなさいよ? あっ。美しくもあるやつね!』

「はいはい。注文の多い女王様だ」


 女王だからこそか? まあどうでもいい。そうだな……どんな名前がいいか。

 その時頭にパッと浮かんだ文字があった。

 それ以外にも幾つか女性らしい名前が思い浮かんだが、最初に浮かんだこれが1番しっくりくるような気がした。

 インスピレーションと言うやつだな。これにしよう。


「決まったぞ。お前の名前はウィルヘルミナだ」

『ウィル……ヘルミナ……』

「なんだ? いやか?」

 

 あまり浮かない顔をしていたが……ぶんぶんと手と顔を振って否定してきた。


『いいやそんなことないわ。でもなんでこの名前にしようって思ったのかしら? 由来とかあるの?』

「ない」

『え〜……』


 あからさまに嫌そうな顔をされた。まあ由来はないと言われたら誰でもそうなるか。


「ただこの名前がピンと来たんだ。それはお前さんを見た瞬間に感じた雰囲気か、なにかで思い浮かんだんだな。運命の文字だ。それじゃダメか?」

『運命……いいえ。良いわね。気に入ったわ。私の名前はウィルヘルミナよ!』

「気に入ってくれたようで良かったよ。さて帰るとするか」


 これ以上ここにいたら凍えて本当に死んでしまう。

 帰りは魔物の数も少なくなって楽なものだった。

 さっきまであんなに襲って来たと言うのにどういうことだろうか……。まあ楽に越したことはないんだけどな。

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