第21話
「昨日は酷い目にあった……」
翌朝私はいつも通り屋敷の清掃に励んでいる所だ。
掃き掃除に、モップ掛けと完璧ではないだろうか!
1階は済んだし……残るは2階のみ……。
ごくりと息を呑む。
2階にはご主人の部屋がある。もしまたあの霊が出てきたら……。
うぅ……。思い出されるあの姿が頭から離れない。
今朝早く入った急な依頼でご主人とリオンはここには居ない。
つまり今あの霊と遭遇でもしたら私は――死ぬ!?
「うぅっ。実体がないものは斬れないから嫌なのだ……」
ご主人からは部屋の掃除はしなくていいと言われている……が! 私はこの屋敷のメイド。メイドとしてやるべき事は完璧にこなすべきだろう!
まだ不慣れな所もあるが、せめて掃除ぐらいは完璧に仕上げてみせたい。みせたいのだが……怖いものは、怖い。
そんな私の頭にご主人の「掃除しなくていい」と言った甘い誘惑が何度もよぎり――
「……よ、よ〜し。今日の掃除はここまでにしよう! そうだそうするしかないのだ。夕食の支度もある事だしな!」
そうだ。料理もメイドとして務めなければいけない職務の一つ。
あー忙しい忙しい。あー。残念だなー。
ご主人の部屋を掃除したかったのに残念でならない。
「はっはっは! はーはっはっはっは! はぁ……何をやってるんだ私は……」
こんな貧弱な私を許してくれ……。やはり無理なのは無理なのだ……。
そんな私は何度も心の中で言い訳をしながら今日の夕食の買い出しへ街の市場へと向かうことにした。
***
「おー! 先生とこの新しいメイドさんじゃねぇか! どうだい今日はいい魚が入ってるよ!」
「ジーナちゃん! この服どうだい? 新作だよ。ちょっとばかし見にきておくれよ!」
「ははは。すまないな。今日の夕食は肉と決めてあるんだ。それとご婦人、試着はまたの機会に」
グライカン中央地区にある市場はいつもながら活気に溢れていた。ここには大陸中から集まった食品や交易品が集う。大陸の流行の最先端はグライカンから始まると言う有名な言葉があるほどだ。
私がご主人の奴隷になって2ヶ月。
市場ではそれなりに顔を知って貰えるようになった。主にご主人の活躍にぶら下がる形で広まってくれたのだが。
これが存外心地いい。
王国では私の事を侯爵令嬢だとか、ジークリンデ様〜とか。敬いながらの挨拶はあったのだが……ここまで親しい感じではなかったし。
奴隷に落ちてからは親しかった友人たちからも石を投げつけられたり、殴られたりと家畜同然の扱いだった。
父も同じく奴隷に落ちたが、それまで夫婦仲が良かった母は別の貴族の側室へと入ってしまった……。
母には家族に対する真の愛など最初からなかったということだろう。
一緒に奴隷に落ちることもなく、あっさり私たちを切り捨てたのだから。
そこからは屈辱的な日々だった。
平民からも笑いものにされ、髪を引っ張られ、痛めつけられ見せ物にされ、その時私はこれが本当の怒りと苦しみだと思い知った。
耐え切れなかった私は父を置いて王国を飛び出しグライカンまでやって来たが……結果はこの通りだ。
まあそのおかげで今はそれなりに幸せだ。
働けば報酬を得ることができるし、グライカンには奴隷にも市民権が与えられて差別なく接してくれる。
この街に住む王国の人間からの扱いは冷たいものなんだが……。
少なくともこの市場にいる間はそんなこと気にしなくても良いのだ。
という訳で、辿り着いた肉屋で、1番ランクの高い肉と挽肉を購入する。
ご主人と私の分のステーキ。あとはリオンの好物であるハンバーグの分だ。
贅沢だと思うかもしれないが、ご主人からは自分の金で買うのだから好きなものを買っていいとのことだ。
私には以前の救出依頼で得た報酬がある。
働かなくても2ヶ月は贅沢に暮らせるほどの額だ。これぐらいの肉の出費なら大して痛くないのだ。
あとはバランスよく野菜に飲み物だな。
ご主人は酒を飲まない。いわく飲めない訳ではないが飲むつもりはないとのことだ。
だから私は果実水を幾つか見繕うのだが、この内のほとんどはリオンに消費されるのだろうな。
っと……あっという間に楽しい買い物も終わってしまった……。これでは帰って掃除をしなければならないではないか……。
脳裏にご主人の『私の部屋の掃除はしなくていいからな』と甘い言葉がまたまた反芻される。
甘えるか? 甘えてしまいたいな……。
だが今まで私に叩きつけられた貴族としての矜持がその責任から逃げることを許してくれない!
ああああ!! どうしたらいいのだあああ!!
「おいおいあれってAランク冒険者のグラスゴーじゃねぇか?」
ん? 声に振り向くと、傷まみれではあるが質の良い鎧を外套で覆い、背には巨大な鉄塊――大剣か?
そんな大物を背負った男の姿が見えた。
そんな男を遠巻きに眺めつつ、住民の話に聞き耳を立てる。
「すげぇ。あの背中の武器って噂のサーペントザッパーじゃねぇか?」
「おお。あれが噂の。高ランク冒険者は自分だけの武具を一つは持っているって聞いたが、あれがそうなのか……」
「いや〜実に神々しいな。拝めばご利益がもらえそうだ」
とそんな馬鹿なことを言いながら住民の2人はグラスゴーと呼ばれた冒険者の後ろ姿に祈りを捧げている。
奴は神ではないというのに何をやっているのやら……。
「だが……武具か」
そう言えばご主人もかなり名のある御仁。
冒険者でなくともそれなりに良い武具を持っていそうなのだが、任務の時には決まって市販の武具だけを使っている。
こだわりなのか? それにしても業物を一つ持っていた方が良いと思うのだが――。
不意に部屋に掛けられていたあの外套が頭に浮かぶ。
ご主人の武具と言えばあれしかない。それにあの時感じた死の気配……絶対に普通の物ではない。だが――
「いやいや。あれはないだろ! あったとしてもあれは……そう! 呪いの武具だ! ……帰ったら聞いてみるか」
思い出したら寒気が……。
掃除は……また次回だな! なんせ今日は腕によりを掛けて料理をしなければならないからな! そう、これはやらないのではなく、今日残された時間で行うには中途半端に終わらせてしまうからだ。うむ! 仕方のないことなのだ!
そう思い私は屋敷へと戻るのだった。
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