第20話
ご機嫌麗しゅう。この屋敷に来て早2ヶ月と月日が流れた。私、ジーナはご主人の屋敷のメイドとして毎朝掃除をしているのだが、これがなかなか様になってきたと自分でも驚いているこの頃だ。
箒で埃や塵を掃き取り、刷毛で高い場所の埃を落とす。うむ。元侯爵令嬢というのに中々に飲み込みが早いぞ。さすが私だな。
そしてこの屋敷で生活する上で最近困っている事があるのだが、ご主人から言い付けられているルールの一つにご主人の部屋には足を踏み入れるなというものがある。
奴隷は入れないのかと思っていたのだが、なんとあのリオンは堂々と入って行ってるのだ!
許せん! いかに先輩とはいえ私もこの屋敷の奴隷であり、屋敷の管理を任されている(掃除)メイドなのだ!
男性の部屋に入るのは少々忍びないが、部屋を清潔に保つにはどうしても入る必要がある。うむ。これは仕方のない事なのだ。
そんな自分への言い訳をしつつ、私は2階にあるご主人の部屋の扉に手を掛けようと手を伸ばしたその時。
『あら〜? 新人の子? にしてもとうとうあいつったら女を招き込んだのね……』
どこからともなく女の声が響いてきたぞ!? 今すぐそこから聞こえた気がしたが、どこを見てもそんな人は居ない。……部屋の中か?
『ふ〜んあなたこの部屋に入ろうって? ダーリンとの愛の部屋に足を踏み入れようなんざ良い度胸してるじゃない。いっぺん……いいや70ぺんぐらい死んどく?』
ドアノブに手をかけた途端、背筋が凍る気配が私を襲った。なんだ!? これ以上進めば死にそうな感覚は。心臓を鷲掴みにされているような……。くるしい……。
突然の胸の痛みに耐えきれず立っていられず、床にへたり込んでしまう。
「あ! ジーナさ〜ん! なにしてるの〜」
リオン!? ダメだ……こっちに来るんじゃない。
「ジーナさ〜ん」
無垢な笑顔で手を振りながらこっちに掛けてくるリオン。愛らしいが……ここにくればお前も……。だめだ。
「来るな……リオン……」
「なんて〜?」
くっ。どうしてこの子はこんなにもお馬鹿なのだ! 私のこの苦しみを察してくれ!
そんな願いも虚しくリオンが私の背中を摩ってくれる。
「苦しいの? ぽんぽんペインなの?」
「腹が痛かったとして何故背中を摩る……摩るなら腹だろう……」
「それもそっか〜。あはは〜」
『あらリオンじゃない。おはよ〜』
この謎の声がリオンに!? まずいこのままじゃリオンが!!
「あっ。ウィルヘルミナさんおはよ〜。今日も元気〜?」
『もっちろ〜ん元気元気〜』
「へっ?」
なんだ。なんなのだ? この2人は知り合いなのか? 何故こんなにもフレンドリーなのだ?
「リ、リオン? この声の主は一体……」
「あー。そっかそっかジーナさんはウィルヘルミナさんとは会った事がなかったんだね〜。ちょうど良い機会だし顔合わせしようよ〜。ウィルヘルミナさんも良いでしょ〜?」
『ぐっ……。リオンがそういうのなら仕方ないわね……。良いわ。部屋に入ることを許してあげる』
へ……さっきまでの高圧的な声音はどこへ……。
リオン……お前は一体何者なのだ?
「だってさ! ジーナさん挨拶しに行こ〜?」
「あ、ああ」
急な展開に戸惑いつつも気付けば、さっきまでの心臓を鷲掴みにされた感覚がなくなっている。
なんだったんだ。というかこの部屋の中に女性が居たのか? ご主人の部屋の事をダーリンとの愛の巣と呼んでいたし……もしかしてご主人は既婚者だったのか!?
扉を潜ると、声の主人らしき人間の姿はどこにもなかった。カーテンが閉じられた暗い部屋。
机と椅子。ベッドだけの質素な空間だが、たった一つ変わったところがあるとしたら部屋の隅にかけられている外套。
黒く内側の生地が赤いそれが私にはどうしてもただの外套には思えなかった。
理由は分からない。
だがあれはとてもこの世に存在していて良いものではないような気がする。
そんな外套にリオンが駆けて行きポンポンと叩きだした。
なんて恐れ知らずなんだ!! お馬鹿も極まると死の気配すら無い物のように扱えるというのか!
「ウィルヘルミナさ〜ん。おはよ〜」
その外套がさっきの女性だと!? なにを馬鹿な――
『何度も挨拶しなくて良いわよ〜リオン。私ボケるような歳してないから〜』
「で、ででで――」
外套からボワリと浮き出てきたのは黒のドレスに水色のウェーブがかった長い髪。目の下の酷いクマをした女性だった。
体が透けて見える。つ、つまりこの女性は――
「出たあああああああああ!!! お化けええええええ!!!」
『誰がお化けじゃあああああああああい!!』
そこで私の意識は途切れた。
侯爵令嬢として大抵のものに恐怖を抱かないように厳しい教育を受けてきた故、恐怖にはそれなりの耐性があると自負している。だがダメなのだ。唯一。お化けだけは。
ダメなのだあ〜〜!
***
ジーナの部屋のベッドの上で彼女は目を覚ました。リオンがジーナの顔を覗き込んでいる。そんなに見つめられては起きづらいだろうから私はリオンを抱えてジーナから離してやる。
むくりと起き上がりボヤける瞳を擦るジーナ。かなりぐっすり眠っていた様だ。
「おはようジーナ。朝からサボりとは中々だな」
「おはようご主人……って夜!?」
窓の外を見ると真っ暗。そう夜だ。
私が仕事から帰ってきてみると2階の廊下でひっくり返ったジーナの上で飛び跳ねるリオンを見た時は正直目を疑ったぞ。
リオンもリオンで気絶した人をトランポリンにしないよう強く言い聞かせたぐらいだ。
「す、すまないご主人! 今夕食の用意を――」
「必要ない。もう私が作ったから。ジーナも後で食べるように」
「す、すま――すみません」
かなりシュンとしていてなんだか心苦しい。別に怒ってはいないんだが。こうも素直に謝られるとこっちも反応に困るというもの。
「で? なんで気絶なんか……。何があった。怒らないから正直に言ってみなさい」
「あ、あの……それは〜」
なんとも歯切れが悪い。何かやましいことでも犯したか? そう睨んでいるとリオンが私の手を引っ張り言った。
「ジーナさんね〜? ウィルヘルミナさんと話をしてたんだ〜。ほら先生? ジーナさん、ウィルヘルミナさんと挨拶したことないでしょ? だからこの機会に顔合わせをしようと思ったんだけど――」
「まさか会ったのか!? ジーナ! あいつと!?」
「ひっひぃ!? 悪気はなかったのだ! 私はただご主人の部屋の掃除をしようとしただけで!」
「何もされてないか? どこか悪いところは?」
「へ……」
私はジーナの体を確認するが、特に異常はなさそうだ。
ジーナはキョトンとしていて、私に怒られると思っていたのだろう。
「無事なようだ……」
「あ、ああ。私はただお化けを見て気絶しただけだから……」
「お化け? ジーナお前はお化けの類が苦手なのか?」
「恥ずかしながら……うむ」
なんだ。そういうことか。あの幽霊に祟られたとばかり思っていたがそうじゃ無いのなら安心だ。
「まあちゃんと話してなかった私にも非があるからな。だが黙って部屋に入るのは感心しないな」
「すみません。今後は気をつける……」
「まあ悪気があったわけじゃないから許すとして……ジーナが見た幽霊だが……」
ブンブンと首を振って拒否してくるジーナ。
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない」
まるで壊れた玩具のようにそれしか言わなくなってしまった。重症だな……。
「話はまた明日にしよう。ジーナ今日はもう休め。また明日頼むな」
「あ、ああ……」
お化けが苦手なジーナか……。そうなるとあいつのことどうやって説明すれば良いことやら。
私は最後の同居人をいかにして怯えさせずジーナに伝えるか、夜通し考えることになった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
新ヒロイン(霊体)登場!
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