第18話
「ここが……奴らの集落か……」
「ふむ。逃げることに必死で痕跡を消す暇がなかったんだろうな。足跡がしっかりと枝に残っていた助かったよ」
ダークエルフの集落は私が考えていたよりもずっと大規模な程だった。
開けた土地、蠢く木々。
あれはトレントだな。トレントに実った木の実をダークエルフのメスが回収してバスケットに詰め込んでいく様子は人間となんら変わらない。
だが奴らは魔物だ。私達人間を食糧としか見えていない分かり合えない存在だ。
その証拠にトレントの背後には養分とされたのだろう萎んだ人間の体に根を突き刺し血を吸い尽くしている。
「うっ。酷いな……」
「あれはトレントの養殖か? 養分にここに入り込んだ冒険者を使っているのだろうが、あの数……。相当前からこの集落を築き上げていたようだ」
太ったエルフを探そうにも、いかんせん数が多すぎる。オスはまだわかりやすいが、問題はメスだ。太っているのか妊婦なのか判別が難しい。
「どうするのだ?」
「予定通り腹を掻っ捌く。ここにいるエルフ全部のな」
「おい! それはメスの妊婦も含めてか!?」
「そうだ」
「そんな……」
「人間と似た見た目、そしてメス故に嫌悪感があるのは分かる。だが奴らは魔物だ。人間を食べ物にするような存在だ。見た目が似ていたとしてもそこを履き違えてはいけない。別に保護動物ってわけでもないんだからな。それより今私たちが考えることは1秒でも早く目的を回収して帰ることだ」
「そう、だが……」
渋々頷くジーナ。彼女には相当苦痛を敷いている自覚はある。だがこればかりは仕事なのだ。金を払って貰っている以上は成果を出さなければならない。
「さてやるか」
「どうするのだ?」
「まあ見てるんだ」
私は小さく呪文を唱えた。残り魔力を全て使い切る事になるが、この規模だ仕方ない。
「【ヤー・シュペンムル】」
「その詠唱……ご主人まさかっ!?」
ジーナは気付いたようだ。今唱えている魔術は人類史上最も残虐と言わしめた禁忌として歴史に刻まれている。
それは人類に対して使用する事を禁止された大陸史上初の【禁忌魔術】だ。
「【ペストリーネ・ハオ】」
その風に見舞われたが最後。皮膚は焼け落ち、眼球は溶けて、髪は霧散し呼吸するたびに激痛が体の内側を走る。
「【アシッドミスト】」
そんな死の風を私は放った。
***
私たちは今日も穏やかに過ごしていた。
オスが人間を仕留めてはトレントの養分にして、必要のない個体は焼いて分け合い食べ尽くした。
幸せだった。それに美味であった。
オスも子供も皆がその肉を喰らった瞬間は恍惚な表情を浮かべて明日も食べれるか思いを馳せていた。
腹の子も日に日に大きくなっていき産まれる日が待ち遠しい。私は腹を撫で、この子に与える名を考えていた。
その時だ。突如集落に風が吹いた。
おかしい……。この辺りは木やトレントで風を阻んでいてこの様に風が吹き抜けることはないはずだ。
皆も不思議がっていた瞬間だった。
風を真っ先に浴びたオスの体がドロリと溶けて、目玉が飛び出した。
歯は抜け落ち、美麗だった顔立ちが瞬く間にゾンビのように朽ちていき痛いのか尋常じゃない絶叫が私達に危機を知らせてきた。
これは攻撃だ!? そう考え私と仲間達は逃げ出した。集落の奥へ奥へと。
だが風は私達の逃げ足よりも速く吹き抜けて行く。
風が少し後ろを走っていた仲間を飲み込んだ。
瞬間。皆の体が液状化し泥の様な塊に落ちていく。
「いやだ! なんだ!? なんなんだよぉ!?」
隣に走るオスが嘆いていた。私は全力で抜き去ろうとするこのオスに腹が立った。
「お前はオスの癖に何をしている!? 私達メスを守らないか! お腹に子供がいるんだぞ!」
だが、そのオスは風に飲み込まれ途端に、体が溶けていく。
「痛い! いたい、いたい! いたいよぉ!?」
倒れたオスが私の足を掴みやがった!?
盛大に転んでしまったが、なんとか腹の子を守る事ができた。
ホッとしたのも束の間。
体にジュワッとした湿気を感じた。匂いは酸っぱく顔を背けてしまうレベルの強さだ。
そして、腕が、脚から煙が立ち昇って肉が焼けるように痛む!?
痛い痛い!?
視界がどろりとまるで描いた絵が雨によって洗い流されるように歪んでいく。
顔を触るとぼとりと肌と同じ色をした塊、そして髪が落ちた。
私はこれが仲間達と同じ運命を辿っているのをすぐに悟り腹の子を守るように抱え丸まった。
この子だけでも……守らなければ!!
だが、腕が溶け、中の骨が露出し崩れ落ちていくのが見えてしまう。視界もかなり悪くなり、かろうじてのレベルでしか前が見えない。
そんな私が最後に目にしたのら溶けていく腹の中。
「やめろ……やめてくれぇ……」
眠る我が子が眠ったままドロリと溶けて、朽ちていく様を見ながら絶望し死へと誘われていく。
これはまさかさっき食べた人間の復讐に来た奴の魔術か!?
にしてもこれが人間の所業だというのか!?
後悔と怨嗟の古代言語が集落に響いた。
やがて風が止んだ。辛うじて息のあるエルフはこの集落に踏み入った2人の人間の姿を見た。
その内の1人は白い髪に冷たい目を自分たちに向けてくる死神の様な存在に見えた。
その人間は隣を歩くメスの人間になにか告げていた。
「腹を掻っ捌け。中にあるもの全部掻き出せ。骨でも肉でもなんでも良い。この辺りにいた奴らから焼けた肉の香りがしたから、この辺りにあるはずだ」
掻っ捌け……。何かを探すためにそんな事をするのか人間は……。かろうじて生き残った仲間の腹が捌かれていく。
「にしてもご主人……これはやり過ぎではないか? 禁忌を犯してまでやる事ではないだろう……おぇ……」
「禁忌魔術は人間に使わなければ良いだけだ。それと早くしろ。私1人の魔力だからまだ形を保っていられてるが、内臓が完全に溶けてしまえば探すのが面倒になるぞ」
そんな2人はナイフで、オスもメスも子供も関係なく平等に腹を捌いていく。
人間は酷い生き物だ。許さない。絶対に許さない。
そう思った私の前にも死神がやってきた。
そいつはこちらに目を向けて古代言語でこう言った。
「魔物に憎しみの言葉は似合わない。これは生存競争だ。お前達が人間を食う様に私たちはお前たちを殺す。そこになんの感情もない。だから黙って死ね」
ナイフが視界に迫る。
それが私がこの世で見た最後の光景だった。
***
「残り時間は10分。これ以上は記憶が持たない。最後の一つが見つかったか?」
「まだだ!」
私とジーナは泥になった元エルフの亡骸から【森の息吹】の死体を探し続けていた。ジーナは吐きながら、泣きながらも私の命に従ってくれている。
こいつをウチで引き取る事になった時はこんなに献身的に働いてくれるとは思っていなかった。
現実を見れない哀れな娘だと思っていたが、思っていた以上に芯が強い娘なのかもしれない。
「骨……あった! あったぞ!!」
そんなジーナに幸運の女神が舞い降りたのか、彼女の掲げる手には骨が握られていた。
私はすぐに駆け寄り確認する。人間の物だ。焼けた肉が付着していることから食われてまだ時間はそう経っていないだろう。
「流石だ。目当ての死体だよくやった」
「ほ、本当か! 私は役に立てたのか!?」
「ああ。ご苦労様。さあ帰るとしようか」
ジーナはここにきて初めてかけられた感謝の言葉に涙を流し始めた。いやもしかすると侯爵家でもその様な言葉はかけられなかったのかもしれない。
辛い辛い仕事だったはずだ。そんな仕事の果てに私からかけられた『よくやった』が救いになったのかも知れないな。
「そ、そうだな! まだ任務は終わってないんだものな!」
回収した骨を大事にリュックに仕舞い、ダンジョンを駆け出した。あとは蘇生した時に記憶が残っている事を祈るだけだ。
私の戦闘でジーナが後を追いかけて走る。
ボートまで辿り着き後はグライカンの街までボートに揺られるだけだ。
振り返るとジーナはコテッと眠りに落ちていた。
疲れただろう。帰ったらそれ相応の報酬を払わないとな。
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