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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
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まおうのおうこく2

 ぴんと張り詰めた空気。寒気すらするような静寂に包まれた深い森の奥。

 互いが互いを見張るように、誰一人微動だにしない。

 おそらく誰もがその時を待つように、戦いの始まるタイミングを逃すまいとそれぞれの標的から一瞬たりとも目を逸らさず武器を構えて身構えていた。

 もちろんお漏らし魔法少女も、金色髪の騎士装の少女でさえまだ足元が覚束ないのか樹にもたれるように片膝をつきながら、長い杖を体の前に構えている。

 ・・・そう言えば、二人とも魔術師だったのか。バランスの悪いパーティーだな。

 そしてただ一人の例外、身なりのいい中年オヤジだけが樹の後ろに隠れて、情けなく身をすぼめていた。


「ああ、ちょっといいかな」


 このまま戦闘になってしまってはまずい――ゲルニカは慌てて挙手した。

 その動作にほぼ全員が勘違いし、身をビクリと震わせる。


「ああ、いや。

 一先ずこちらに攻撃の意図は無いんだ。

 その・・・なんというか、この辺りの事情に疎くてね。

 揉め事の経緯を教えては貰えないだろうか?」


 ほんの一瞬、気まずい沈黙が訪れる。


「ヘッ!? 魔族が人間の争いの原因なんか聞いて、どうしようってんだァ、えぇ!?」


 一番最初に反応したのは、身を低く構えた斥候っぽい男――武器はだらりと下げた両手に片刃の短刀を2本。蛇のようなギロリとした眼が印象的だった。


「ガノッザ殿・・・」


 ゲルニカは助けを求めるような気持ちでガノッザを見た。


「・・・いや、スマン。呆気にとられていてな。

 おい、ザイード」


 そう言って、蛇目の男を手で制する。


「信用できねェな、そうやって油断させるのがソイツの手かもしれねェ」


 失礼な。


「必要ない。眼を瞑っていても皆殺しにできる」

「なッ!? んだと!?」


 軽い気持ちで言い返したら、蛇目の男が真っ赤になって殺気立った。すごい勢いでゲルニカを睨みつけている。・・・なんかこいつヤバイ。助けてガノッザさん。


「すまない! まってくれ!

 おい! いい加減にしろ!! ザイード!!」


 すかさず慌てたように、割って入ってくれた。

 一先ず冷静な話合いができそうだ。


 話をまとめるとこうだ――30年前、8都市の通商連合からなる連合国家ゾロアに対し、東の大国アルカンドラ帝国が戦線布告。ゾロア連合最大の通商都市ミリテスに進軍した。

 長引くかに思われた戦争だったが、突如発生した帝国内のクーデーターによりたった7日間で終戦。皇帝の暗殺と新皇帝の擁立という皇帝交代劇をもって戦争は幕を閉じることとなる。そしてたった7日間で陥落した通商都市ミリテスだけはアルカンドラの属領として今も帝国に支配されている。

 それから20年、無理な徴税も占領軍による横暴もなく新皇帝は無難な治世を行ったと言える――治世は良好だった。

 しかし戦争による傷も癒え民衆とのわだかまりもようやく解消され、これからという時に変化が起こった。

 10年前、アルカンドラ帝国の北方で他国との防衛戦争が突如勃発した。その戦争で功を上げた貴族に、ミリテス領が払い下げられたのだ――ここから歯車が狂いだす。

 功を上げた貴族というのがバルバス・ラ・ベルゼア卿。目の前にいる身なりの良い中年オヤジ、現ベルゼア卿の父君であった。

 そのころからミリテス領内での、ベルゼア卿のご子息――つまり目の前の中年オヤジの横暴が目立つようになり、4年前、前ベルゼア卿が病死し息子である中年オヤジが家督を継いだことにより、事態は悪化。

 税制や法律が改悪され民衆に不満が溜まると、あれよあれよという間に内紛に発展。

 鎮圧に3万の軍勢を率いて現れた現ベルゼア卿だったが、5000に満たないミリテス解放軍に近代戦史稀にみる歴史的敗走を喫し、軍は散り散りになり現在に至る・・・と。


 悪者おまえじゃんよ・・・。

 ゲルニカは呪わしい気持ちで、ベルゼア卿を一瞥した。

 

 悪い予感が的中してしまった・・・。

 いや、こういう時ってフツー、一番最初に出会うのは、野盗に襲われてるお姫様の馬車とか、オークに捕まった女騎士とか、ドラゴンに負けそうな王国騎士団とか、そういうのじゃないの!?なんでよりにもよって敗走中の悪徳貴族とか・・・。

 という心の中の動揺を一切悟らせさないように、ゲルニカはセンター試験の勉強以来まともに稼働したことのなかった頭をフル回転させる。


「な、なぁ・・・

 ここは、私に免じで双方引いてくれないか」

「なんだと?」


 ガノッザが信じられないものをみるような目でゲルニカを見た。

 食いついてくれた!

 ゲルニカはここぞとばかりに畳みかける。


「いずれにせよ、このまま闘えば双方に犠牲が出る。それはどちらも望まないだろう、であれば――」


 しかし返ってきた答えは予想とは全く別のものだった。


「話にならないな」

「へ・・・?」

「俺達は皆、戦争に命を懸けている。

 ここでソイツを逃がす訳にはいかない」


 そう言って、樹の陰に隠れるベルゼア卿に顎をしゃくった。


「し、しかし・・・」

「魔族が何言ってやがんだ!!

 こっちはとっくに覚悟なんて出来てんだよ!!」


 声を荒げたのは、蛇の眼の男。


「今日の俺たちの犠牲が、明日のミリテスを創る。」


 まるでそれを肯定するかのように、ガノッザが応えた。他の仲間がぐっと噛みしめるように強い眼差しで決意を露にする――そんな精悍な顔つきを、ゲルニカは今まで見たことがなかった。


 なぜ、そんな甘い考えを抱いたのだろう。それでもと一縷の望みに懸けたのか、それとも冷静ではなかったのか。

 とにかく何か言わなければと〝ならばこの貴族の首だけでも〟と、口にしかけてゲルニカは息を飲んだ。

 なぜなら彼女達の目も又、彼らと同じ目をしていた。同じだけ悲壮な決意に満ち溢れ、末期の覚悟を決めていた。誰にも止められない、止まらない、そんな強烈な意思を孕んだ目だ。


――そんな・・・。


 そんなゲルニカの感情に気づきでもしたのか騎士の少女が、


「貴様が敵に回ると言うのなら、来るがいい。

 この身尽き果てても、使命を遂げてみせる」


静かに、だが朗々と謡うように嗤ってみせた。


「なぜ・・・」


 そんな言葉が口をついて出た。なぜそこまでしてと。


「なぜ、だと? 笑わせる

 私は誇りある帝国騎士だ。(けがれな)き忠誠を国に捧げた。」


「アリアナ、私も最期まで」


 魔法使いの少女が静かに後に続いた。

 拙い。拙い。このままでは本当に――


 突破口がまるで見えないまま、ゲルニカの頭のなかに不意にアラートが響く。

 これはスペルアラートという他者の魔術の呪文(スペル)起動を、魔術師同士が互いに感知できるアラートシステムで、即ち攻撃の前触れでもある。エルフ耳の魔法使いの少女、それからガノッザの後方に控える、年端もいかぬ魔術師の男の子と、白髪初老の魔術師の3人の呪文(スペル)が起動待機状態になっていることが確認できた。

 もういつ戦闘が始まってもおかしくなかった。

 このままでは、きっとゲルニカの望む結果にはならない――そのことだけは確かだった。


 グリモアのシステム内にはそもそも蘇生は存在しない。デスペナルティを負ったリスポーンが存在するだけだ。つまり自力で生き返るしかない。

 目の前で誰かが死んでしまえば、それはもう本当に取り返しがつかないのである。

 ゲルニカは決断を迫られていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 ・・・申し開きはあるのか、ベルゼア卿。」 


 喉の奥から、なんとか言葉を絞りだした――口の中はからからに乾いて、喉はひりついていた。

 残された選択肢はそう多くはなかった。


「へ・・・?」


 ベルゼア卿は、意表を突かれたように呆けた返事を返した。

 どこまでも場違いな、間の抜けた声が返ってくる――そのことに耐え難い苛立ちを覚えた。


 当然のことだが、ゲルニカ自身の中身は日本人だ。戦争も紛争も、ギャングやマフィアの抗争とも無縁な場所で育った。そんなごくごく一般的な日本人としての良識を持つゲルニカには、事ここに至ってベルゼア卿の味方をするという選択肢はほとんど無いに等しかった。

 だが、目の前の少女達を見捨てることもできない。こういうところが平和ボケと揶揄される所以なのだろうか。であれば取れる選択肢は本当に限られている。

 だから聞いておかねばならなかった。


「・・・あなたが正当であると、主張するに足りる言い分はあるのか、と聞いている」


 なぜだろうか、自分でも意外なほどに、冷静な口調だった。


「欲しいものをやろう!! なんでも!!

 生贄でも、金でも、領地でも!! 助けてくれた暁には――」


 それで十分だった。それだけで判断するに事足りた。

 それは正しさの為ではなく、ゲルニカ自身の心の平穏のため。ただただ手前勝手な理由だった。

 選べる正義などなかった。


 言い終わる前に右手を払い、ベルゼア卿の首を刎ねた――それがくるくるとおもちゃの様に宙を舞う。少し離れた場所に間抜けに立ち尽くす、ベルゼア卿の体がふらふら揺れて、どちゃりと音を立てて転がった。


「「な・・・!?」」


 誰もが動けずにいた。誰もが言葉を失った。ただ一人を除いては。


「貴様ーー!!」


 驚くべきことに、刃を突き出したのは、ゲルニカの一番近くにいた金色髪の少女だった。

 凄まじい勢いの見事な踏み込み、見事な打突。真っすぐ突き出された杖の先端には、金色の輝く刃が出現していた。首もとや太股――露出した肌には、トライバル柄の血管のような、魔術の紋様が鈍く光って浮き出ていた。

 甲高い摩擦音を上げながら、刃がウルテマデーモンロードの躯の表皮に火花を散らす――首元を狙った賞賛に値する素晴らしい一撃だった。


「そうか・・・君は、魔術師じゃなくて槍使いだったのか・・・」


 槍と体がまるで一体となったかの様な、しなやかで流れるような動きは、正しく武人のそれだった。


「やめろ。無駄だ」


 ゲルニカは空虚な気持ちで呻くように言った。


「ゆ・・るさん・・・!!」


 力を込めながら彼女が唸るように答える――あらん限りの力で刃を押し込む。白い肌に浮かんだ赤い紋様が更に強く光を放つ。


「君の守るべき主人は死んだ。」

「そういう問題ではない・・・!! 騎士の忠義とはそういうものだ!!」


 しかし、それも長くは続かない。

 ふらりと力が抜けたように、地べたに倒れ込んだ。


「アリアナ!!」


 魔法使いの少女が慌てて駆け寄る――しかし次の瞬間、横から飛び出した何かが激突し、それを咄嗟に杖で防いだ彼女が、もの凄い早さで弾き飛ばされた。さっきの蛇の眼の男が、彼女に横撃を加えたのだ。

 地面に強く打ち付けられた彼女に、蛇の目の男が更に追い打ちを仕掛ける。


「やめろ!」


 ゲルニカは咄嗟に叫んだが止まる気配は無い。

 ガノッザも制止しようとするが到底間に合うものではなかった。

 魔法使いの少女は未だ地面に伏したまま、体勢を立て直せずにいる。無防備な今、追撃を受ければ致命傷は必至だった。短刀の直刃がギラリと不気味に光り、鋭い刃が彼女に迫る。時間がスローモーションのように引き伸ばされ、その一瞬が永遠にも感じられた。


 それは本当に咄嗟に、グリモアをプレイしていた時のように、流れるような自然な動作で――


人喰い鼠(グーラ)


気付いた時には呪文(スペル)を起動していた。

 人喰い鼠(グーラ)は|直径4m程度の球体範囲をごっそりと、穴あきチーズみたいに(はつ)る、第10階梯のこれでも屍霊術ネクロマンシーの一つだ。

 バツンッと大きな音がして、蛇の眼の男が、左腕と体の3分の1を残して消え失せた。バシャリと辺りにおびただしい量の血液が飛び散る。

 彼女が無事であることを確認し、一先ず安堵した、その次の瞬間――


「・・・ぇ・・・」


 ゲルニカは、自分の見たものを、一瞬正しく理解できなかった。

 信じがたい光景に目を疑い、そして、どうしようもなく言葉を失った。

 魔法使いの少女を巻き込まないように気遣うあまり、他のものが全く目に入っていなかった。

 人喰い鼠(グーラ)の効果範囲の端。小さな小さな、魔法使いの男の子だったもの(・・・・・)がぽとりと小さな音をたてて地面に横たわった。首から上が綺麗にごっそりと無くなっていた。


「イオォォォーーーー!!」


 ガノッザの絶叫が黄昏の森に木霊する。

 弾かれたように飛び出したのは、褐色肌に蛮族鎧を纏った女戦士だった。

 一瞬でゲルニカに肉薄し、両手で持った大斧を力一杯打ちつける――斧の硬質な感触がゲルニカのローブ越しに押し付けられる。


「っ・・・!!

 お前っ! お前っ! よくもっ!!」


 目には一杯の涙を溜め、顔は今まで見たこともないような憎悪と絶望で醜悪に歪んでいた。

 生まれて初めて、こんなにも強い他人の殺意というものを向けられた。


「・・・す、すまない・・・」


 それ以外に言葉がなかった

 それ以上にどうすれば良いのか分からなかった。


「っ・・・!!

 っっざけるなァァァァァァ」

 

 女戦士は、絶叫と共に一心不乱に斧を振るった。――斧が何度も何度もゲルニカの体を乱れ打つ――それでもゲルニカは未だ男の子の亡骸から目を離せないでいた。

 やがて1人の女の子がふらふらと少年の亡骸に歩み寄り、恐る恐る亡骸を覗き込み、そして力なく泣き崩れた――女の子の悲痛な叫びが耳を刺す。


 なぜ・・・なぜ、こうなった・・・。


「エッタ! やめろ!!

 離れるんだ!」


 やがて平静を取り戻したガノッザが、ゲルニカに一心不乱に斧を振るう女戦士を止めに入った。


「やめろ!! 離ぜェェ!! ガノッザァァァーー!!

 なぜだ! なぜ!!」


 血を吐くような絶叫だった。


「やめろっ!! よく見ろ! 俺たちじゃ傷一つ付けられない!

 ・・・無意味だ・・・」


 ガノッザが悔しげに言った。

 確かにゲルニカの躯には傷どころか、ローブに汚れ一つ付いていない。

 女戦士は、言われてようやくそのことに気が付いたのか、目を驚愕に見開いて、涙をめい一杯溜めた悲痛な表情で力無く腕を下ろした。


 そして、何を思ったのか次の瞬間、ガノッザがゲルニカに向かって深く深く頭を下げた。


「っ・・・! すまない、ゲルニカ殿には・・・っ・・・感謝している・・・!」


 よく見れば全身は何かを必死に堪えるように打ち震え、握り締めた拳には血が滲んでいた。


「か、感謝・・・だと? 一体なにを・・・」


 掠れた声でゲルニカは聞き返した――喉がひりついて上手く言葉が出てこない。

 まるで訳が分からなかった。今この瞬間に、ガノッザがゲルニカに対し一体何を感謝するというのだろうか――悪い冗談にしか聞こえなかった。


 しかし、


「・・・・・・・・・コイツを、殺さないでいてくれた」


 押し黙ったガノッザが、絞り出すように言った言葉に、ゲルニカは全てを理解した。

 彼は守ろうとしていたのだ――今、事ここに至って、彼の率いるこの場に生き残った全ての部下たちを、生き残らせる為の努力をしていた――恐らくゲルニカの機嫌を損ねれば、その場で全員皆殺しになると、そう判断したのだろう。

 あの〝イオ〟と呼ばれていた男の子の死を、歯を食いしばって喉の奥に飲み込み、ただ一心に目の前の強大な敵に慈悲を乞おうとしていた。


 勿論、そんなことをされなくとも、ゲルニカ自信これ以上争うつもりはなかったのだが、今日出会ったばかりの敵同士、しかも目の前で仲間を何のためらいもなく惨殺した相手を、そんな風に理解しろというのは、到底無理な話だった。


「いや、いいんだ

 あの子も、殺すつもりではなかった。すまない。

 ・・・残念だ」


 一体それが何の慰めになるというのか。そんな言葉しか出てこなかった。

 ガノッザは身を震わせ怒りを堪えていた。


 だけど・・・。


 ああすれば、こうすればと、今になって思うことはいくらでもある。でも――それなのに、人を、何の罪もない小さな男の子を今殺したというのに、何故かゲルニカの心は驚くほど冷静で、凪いだ海のように静かだった。

 それが堪らなく恐ろしかった。

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