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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
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まおうのおうこく1

 ゲルニカが転移した先は――何のことはない、さっきまでと全く変わり映えのしない森の中だった。変わったと言えば周囲の地面が、転移魔法の影響でところどころ抉れていることくらいだ。


「っ! 一体なに!?」

「デ、デーモン・・・?」

「ひぃぃいいいいい!!」


 ほとんど悲鳴に近い間抜けな声が、視界の端から飛んできた。

そこには、とんがり帽子にミニスカート姿の、明らかに人のものではない長い()()()()の女の子――服装も見るからに現代のものではない。これで異世界はほぼ確定かもしれない。

 その女の子の尻に隠れるように、腰を抜かした様子の身なりの良い中年オヤジ――レベル的に見て恐らくコイツが護衛対象(おにもつ)だろう・・・お姫様じゃなかった。

 そして、そこから少し離れた、大きな樹の根本に横たえられた少女・・・瞬間――不覚にもその美しさに、ゲルニカは目を奪われた。


「・・・綺麗だ・・・」


 知らないうちに、口から言葉が零れ落ちた。

 黄昏色に傾いた日の光に照らされた、人の手も届かぬような深い深い森の奧。

 大樹の根本に横たえられた、金色髪の息を飲むような美しい天使がそこにいた。

 銀色のハーフプレートに身を包んだ小柄な体躯。戦乙女という言葉がこれほど似合う女性はいるのだろうか。

 つり目気味の、意志の強そうな大きな瞳。長く綺麗な睫毛に光るのは痛み故の涙か深手故の玉の汗か。傍らには小柄な体躯とは不釣り合いな、身の丈程もある長い杖。

 ・・・お父さんかお母さんの杖を持ってきちゃったのかな・・・――なんだか微笑ましい。


「・・・ぅ・・・く・・・」

 

 苦痛からか彼女の小さな口から呻くような吐息が漏れる。

 もともと純白だったであろう騎士装はどっぷりと血に濡れていた。

 初めてこんな量の本物の血を見たが、意外な程に心の中は冷静だった。

 ・・・それにしても意外に人の血液というものは、なんというか・・・臭う--独特の臭いだ。

 素人目でも分かる。この出血量では放っておいては本当に死んでしまう。


「まずいな・・・」


 詳しく容態を見るため、ゲルニカが彼女の許に歩み寄ろうとした瞬間。

 コツンと頭に何かが当たった・・・ような気がした。


「ん?」

「そんな・・・!」


 声のした方向に目を向けると、魔法使いの少女が絶望に顔を染め、杖を構えた格好のまま愕然と立ち尽くしていた。


「ああ。攻撃したのか」


 無理もない、こんな容姿だ。

 ゲルニカは自分を姿を思い出し反省した。

 最初に彼女たちに一言断っておく必要があった。


「ひっ!」

「エルシィ・・・ダメだ逃げろ」


 金色髪の女騎士が息も絶え絶えに魔法使いの少女に言った。

 というか魔法使いの少女が、もう見るからに可哀想なほど怯え切っている。

 恐らくさっきのは渾身の一撃だったのだろう。よく見れば彼女は肩で息をしている。それが簡単に防がれ、というか別に防いでもいないのだが、兎に角どうしていいのか分からない様子だ。

 あぁあぁ、足なんかガクガク震わせちゃって・・・・・・カワイ――


「あ・・・・・・」


 ・・・・・・・おしっこ漏らした。

 白い太ももの、ミニスカートの裾から伸びる黒いガーターを伝って、足下にちょろちょろと可愛らしい小さな水たまりをつくる。

 ・・・ど、ど、ど、どうしよう、いたたまれないこの空気。

 もともとコミュ力の高くないゲルニカには、おしっこ漏らした女の子にかけるべき気の利いた言葉(ただしイケメンに限る)なんて持ち合わせていない。


「な、なにをしておる!!ワシを守、い、いや逃げるぞ!!

 何を呆けておる、早く!」


 と突然、絶妙なタイミングで復活した中年オヤジが喚きだした。


――ナイッスーー!!オッサン、ナイスーーー!!!!


「・・・っ!!ま、待って下さい!アリアナが――」

「五月蠅い!デーモンがそこの女に気を取られている隙に――」

「そんな・・・」


 悲鳴のような魔法使いの少女の懇願が辺りに響き渡る。


「・・・あー、少しいいかな・・・」


 いい感じに話がややこしくなり、なんとなくうやむやになったところを見計らって、ゲルニカはすかさず口を挟んだ。


「しゃ、喋った!?」

「人語を解すのか!?」


 なんだ、この世界ではデーモンは人の言葉は理解しない存在なのかな。


「そこの娘は、放っておけばもうすぐ死ぬ

 でも、僕なら救うことが出来る」


 時間もない為、事実を端的に伝える。


「な・・・!?」

「っ!? いったいなにを!

 デーモンが何のつもり!?」


 魔法使いの女の子が怒りか恐怖か震える手で杖を握りしめながら言った。本当に勇気のある娘だ。

 女騎士の方は、もうそんな力もないのか、虚ろな瞳で視線だけこちらを睨みつけた。


「何のつもりも無いよ」

「そんな訳ないでしょう!!

 何を企んでいるのか――」

「い、いや、そういうわけでは・・・」


 まずい。

 仲間が深手を負い、恐らくは長くは持たない。その上、偉そうな中年オヤジはあの調子だし、追手も迫っている。

 疑心暗鬼になって冷静な判断が下せなくなっているのか――見る者すべてに牙を剥く、実家の犬が初めて子供を産んだ時になんだか似ている気がする。

 犬って子供を産んだ直後の母犬ってもの凄く凶暴になるんだよなぁ・・・。

 そんなことより、これでは彼女の治療が始められない。


「ま、待ってくれ、デーモンよ!

 ワシを助けてくれ!逃げ延びたあかつきには――」

「そんな、待って!待ってくださ――」


 そこに中年オヤジが追いすがり、会話に収集がつかなくなる。


――「少し黙ってくれないか」


 ゲルニカ自身、自分でも思った以上に低く威圧的な声が出た。

 二人の喚き声がピタリと止む。

 でもこれでいい。多少手荒でも二人には一度静かに――冷静になって貰った方がいい。

 気は乗らなかったが、ゲルニカは、ここは中二病全開のキャラで、意を決してもう一度口を開いた。


「本来、人の生き死に大して興味はない。

 僕が彼女を直すとしたらそれはただの気まぐれだよ」


 そう言って、筋張った指で横たわる女騎士を指さす。


「キミたちだって一時の無聊を慰める為に羽虫を飼ったりするだろう。

 道端で拾った、弱り切った羽虫を篭に入れ、野菜くずを与えて看病し、野に放つことくらいするだろう――それと同じだ」


 言い終わってゲルニカは激しく後悔した。呪わしい気持ちで心の中で地団駄を踏む。

 リアルで誰かに聞かれでもした日には社会生活が終了のお知らせだ。きっと夜中にふと思い出して、布団にくるまったまま恥ずかしさの余り絶叫すること受け合いだ。


「はぁ・・・。もうめんどくさいから、おまえら、次に3文字以上の言葉を喋ったら殺す。そこから一歩でも動いたら殺す。とにかく僕がムカついたら殺す」


 八つ当たりだった。


「そ、そんな!!ま、待ってくれ話を――」


 すぐさま偉そうな中年オヤジが声を上げるが、デーモンアバターの赤暗い奈落のように虚ろな瞳で見つめられ、すぐさま黙った。

 魔法使いの少女も、都合が良いことに怯えて竦みあがっている――あたりは静寂に包まれた。


「・・・・・・。そこの女の子の治療が終わるまで、じっとしているように」


 ゲルニカは、一歩も動けないお漏らし魔法少女エルフの横をすり抜け、樹の根本に横たわる戦乙女に歩み寄った。


「失礼するよ」


 金色髪の彼女の許に跪く。

 呼吸に合わせて苦しげに上下する薄い胸。近づいて初めて気付いたが、大きな瞳は宝石のように透き通った翡翠色。どこを取っても完璧な造形で――例えるなら大作ゲームのサービス開始直後に湧く、プロこだわりの美少女アバターといった感じだった。


「・・・ころせ・・・。穢らわしい魔族の施しなど受けない」

「〝くっころ〟ですね。ええ、わかります」


 ゲルニカは深く、それはもう深く頷いた。


「・・・な・・・に?」

「いえ、なんでもありません。こっちの話です

 えっと、とりあえずコレ、飲んでください」


 アイテム欄からここは無難にエリクシルを選んで取り出す――見てくれは、なんの飾り気もない小瓶に入ったなんてことはない赤い半透明の液体だが、欠損を除いた外傷を治癒する最高位の回復アイテムだ。

 一先ずこれで体の損傷だけは回復できる筈。

 飲みやすいよう彼女の口元に差し出す。


「・・・っ、ふざけるな・・・!」

「あ」

 

 瞬間、ぺちんと片手で払われてしまった。赤い粘性の液体があたりに飛び散り、小瓶が地面にころころと転がった。

 あーあ、もったいない。


「魔族の情けに縋って生き長らえるくらいなら、騎士の誇りにかけて――」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんかコイツめんどくさいな。

 ムカついたので、彼女のすっと通った綺麗な鼻筋を乱暴に摘まんだ。


「フガッ!!」

「どうだ息ができまい。だが口を開けたが最後、コレを喉の奥に流し込んでやろう

 フハハハハ」


 ゲルニカは、まだいくらでもストックのあるエリクシルの小瓶を取り出し、目の前で彼女によく見えるようにぷらぷらさせて見せつける。


「っ、なんという悪魔の所業!!」


 瞬間口を開けた。

――こいつバカだ。


「隙あり」

 

 すかさず封を切った小瓶を彼女のノドちんこの奥にぐっと押し込む。


「んぐぇ、ごく、、ぅえ、げほっ、げほっ・・・げほ・・・

 キサマ、一体・・・何を飲ませた!?」

「アリアナ、大丈夫!?あなた一体――!」


 3文字以上喋ったら殺すって言ったのに・・・。やっぱ度胸あるな、この魔女っ子。


「傷薬だ。ひとまず体の傷は塞がった筈だ」


 ただこれで安心というわけにもいかない。

 グリモアの回復アイテムは簡単にダメージを全回させることができない仕様になっている。

 今使ったアイテムにしても、ただ傷を塞ぐだけの効果しかない。

 なので少なくとも今、彼女は失血のバッドステータス状態にある筈だ。行動も阻害されるし放っておいたらきっと普通に死んでしまう。加えて一応他の状態異常も確認しておかなければならない。

 無駄に細かくてとにかく面倒くさい、マニアしか喜ばない謎のマゾ仕様、それがグリモアクオリティなのだ。


「ほら、これも飲んで」


 続けて失血状態を回復する丸薬をぽいっと口に放り込む。


「・・・・・・・・・・・・・・・」

「なんだ、急に静かになったな」

「・・・・・・本当に傷が塞がっている・・・バカな・・・」

「・・・そんな・・・・・・!?」


 魔法使いの少女も驚愕に目を見開いてこちらを覗き込む。


「だから言っただろうに

 他の状態異常も調べておきたいから、魔法を使って調べたいんだが・・・

 じっとしていてくれるか?」


「・・・あ、ああ。わかった」


 戸惑いながらもしおらしく従う。なんだ、これが古典的ツンデレというやつか。急に3割増しで可愛くなったように見えた。

 ただ、どうやら別の意味で時間切れのようだ――追手の反応がこちらに接近しつつあった。

 続きは一先ず後だ。

 何も言わず、ゆっくりと立ち上がって振り返る――ゲルニカは彼女たちを背に庇うように歩み出た。

 彼女達も気づいたようで、何も言わずただ身構えた。

 青色のマーカーはこちらに接敵する一歩手前、すぐそばで停止し、動かなくなった。


「出てきたらどうなんだ?」


 鬱蒼と生い茂る森の一角に視線を向けながら声をかけた。

 ・・・・・・一度言ってみたかったんだよなぁ・・・。こういうセリフ。


「それともこのまま皆殺しにしてしまっていいのかな?」


 静まり返った森に片手を掲げて見せる。


「待て!まってくれ」


 一番手前の茂みをかき分けるように、男が両手を挙げて出てきた。

 この世界でもハンズアップは無抵抗の証なのか。

 金属と何か爬虫類の革を組み合わせた、こちらはこちらで立派な鎧を身にまとったイケオヤジだった。


「他は全員殺していいのか?」


 そう言いながらゲルニカが別方向に顎をしゃくると、イケオヤジはあきらめたように片手で背後の仲間に合図を出した。

 ガサガサ音を立て、おずおずと茂みの間や木の陰から仲間と思しき者たちが姿を見せる。

 怯えているのか、誰もが唾を飲むような緊張した面持ちで、ゲルニカをじっと凝視していた。

 

 驚いたな・・・。

 年端もいかない子供までいる。魔法使いや戦士、シーフ、職業はばらばらだが・・・。

 身なりからするに野党の類ではないだろう。というか悪者っぽい感じがしない。

 ある一つの予測に思い至り、ゲルニカの頭に嫌な予感が頭を過った。


「そんなに緊張しないでくれ。まずは自己紹介といこうか

 僕は・・・ゲルニカ。よろしく」


 少し迷ったがゲルニカは結局アバターの名前で自己紹介した。

 デーモンが丁寧に自己紹介をしたのがそんなに変だったのか、この場にいる全員が意外そうな顔をした。


「・・・驚いたな。デーモンってのはこんな礼儀正しいもんなのか・・・いや。

 こちらは、ミリテス自由解放軍、ガノッザだ」


 なんだろう・・・こっちの方が所謂(いわゆる)なんか〝いいもの〟っぽい


「ふ、ふははは

 キ、キサマらもここまでだ!運が無かったな。

 追いつめたつもりだろうが、まさかデーモンがいるとは思うまいて!!」


 そんな思考に追い打ちをかけるように、身なりの良い方の中年オヤジが急に饒舌に喋り始めた。

 勝ち誇ったようないやらしい笑みを浮かべて、見れば見るほど悪者面に見えてくる。

 それを見て何を判断したのか、小さな舌打ちを落としたガノッザの堀の深い顔が何か悲壮な覚悟に包まれた。

「みんなスマン、覚悟を決めてくれ

 ベルゼアの首だけは何としてでも取なきゃならん

 俺とバフマン、イオとザイードはデーモンの相手!

 少しでも長く生き延びて時間をかせげ!!

 他の三人はベルゼアの首を取れ!!後のことは考えるな!!」


 信じがたいことだが、それだけで全員の覚悟が決まったようだ。

 誰もが悲壮な顔で武器を握りしめている。よく訓練されていると言うべきだろうか。

 なんか、すごくややこしい話になった――ゲルニカは暗澹たる面持ちで天を仰いだ。

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