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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
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まおうのおうこく3

 あれから、ガノッザ達はベルゼア卿の頸を回収し、魔法使いの男の子の小さな亡骸を大切そうに抱きかかえ、帰っていった――ゲルニカは、ただそれを見ていた。


 彼らの顔が忘れられない――憎悪と、悲しみと、悔恨と、唇を噛みしめるその表情を。

 何を間違ったのだろうか、どうすればよかったのだろうか。


 だけどそれ以上に、人を殺したという事実に対し、思った以上に心動かない自分自身の冷酷さに怖れを感じていた。ともすれば、次の瞬間にも誰かを殺せてしまえそうなのだ。いや、ゲルニカに憎しみと憎悪を向けた誰かが次の瞬間目の前に躍り出れば確実にそうしていただろう。

 あの瞬間、女戦士を殺さなかった理由はただ一つ――女だったからだ。たったそれだけのことで、自分は殺すことを躊躇った。それがなければ、あるいは相手が子供でなければ、きっと軽々と引き金を引けていた。それを自覚した時、ゲルニカは愕然としたのだ。


 ゲルニカはただ呆然と夕日を眺めていた。その場から一歩も動くことができなかった――いや、動く気にならなかったのだ。どれくらいそうしていただろう。


「あのー・・・」


 ゲルニカに声をかけたのは、先ほどのお漏らしエルフ耳の魔法少女だった。

 後ろで金色髪の騎士の少女が「おい、やめろ。声をかけるな」と、小声で彼女を止めている――ゲルニカに槍で突き掛かってきた先程とは違い、随分と落ち着いているようだ。

 

「君たちは・・・。

 ああ・・・」


 ゲルニカはそこでようやく思い出した。彼女たちの主人を自分が殺した、ということを。


「すまなかったな」

「え・・・?」

「君たちの主人を殺した」

「ああ・・・」


 それは、まるで今思い出したかのような反応だった。


「いえ、いいんです。それに主人ではありませんので」


 エルフ耳の少女は、曖昧に笑ってそう答える。その言葉に騎士の少女が激昂した。


「な!? 良いわけないだろ! エルシィ」


 どうやら彼女と意見は違うようだ。


「主人ではない?」

「ええ。

 私も彼女も今回の戦争に参加した帝国騎士であって、ベルゼア卿の臣下ではないんです。

 それに命を助けて頂きました。

 それで・・・お礼を、と思って」

「いい加減にしろエルシィ! 相手はデーモンだぞ! しかも此奴(こいつ)はベルゼア卿を――」

「アリアナは少し黙っていて」

「な、私は――」

「黙って」

 

 有無も言わせないその態度に、金色髪のアリアナと呼ばれた少女は口を閉じた――何も言わずゲルニカをじっと睨み付ける――強い敵対心を隠そうともしない。対してエルシィと呼ばれたエルフ耳の少女は随分と冷静なようだ。

 

「私はエルシィ。見ての通りの森エルフです。そしてこちらの愛想も色気も、おまけに胸もない哀れな騎士がアリアナ――哀れ故、無礼をお許しください」

「んな!?」

 

 アリアナは耳まで真っ赤にして口をぱくぱくさせた。

 確かにアリアナの容姿は、ちんちくりんだ――よく見ればほっそりとした腰つきに頼りない手足――あれだけの槍突きを見せた武人のものとは思えない。肌に浮き出ていた紋様も気になる――やはり身体強化系統の魔術か。

 それにしても賑やかな子達だ。この年代の女の子達は総じてこうなのだろう。

 グリモアのゲーム内でもそうだった。少しだけ懐かしい気持ちになる。


「気にしないでくれ。僕はゲルニカ。よろしく。」

「ええ。先ほど自己紹介頂きました。存じ上げております。」


 エルシィがクスリと、万人の心を溶かすような笑みで答えた。

 とんがり帽子のつばで隠れて見えなかったが、エルフというだけあってやはり美形だ――まるでつくりものの――人形のようだ。

 それに残念なアリアナと違ってたゆんたゆんしている。ぷるんぷるんともいう。

 と、イケナイイケナイ。


「・・・・・・なぁ君達。この辺りに・・・僕のようなデーモンが暮らせる街はあるのかな?」


 取りあえず、一番聞きたかったことを聞いてしまおう。

 さっきまで皆の反応から察するに〝デーモン〟という存在は、この世界では当然のごとく人には受け入れられ難い存在なのだろう。それに恐らく希にしか出会うことのないレアな存在でもあると見た。

 兎にも角にも、元の世界に戻る方法を探すにせよ、この姿のままでは戻れないし、何より先ずは衣食住を確保しなくてはならない――まぁ、手持ちのアイテムと魔術だけで生きていけないことも無いのだが、ゲルニカは正直、リスクを背負って元の世界に戻るよりは、今の世界で楽しく生きられるのならば、それはそれで良いのではないか、と考える程には楽天的だった。

 また、石にかじりついてまで手放したくない上等な人生を歩んできた訳でもない――もちろん両親も兄弟も健在だし、未練がないわけではないのだが。


「はっ、バカが。ある訳ないだろう。」 

「え・・・と、ゲルニカ様はそもそもどこからいらっしゃったのですか・・・?」

「・・・・えーと、いや。

 ・・・・・・なんというか記憶喪失でね。

 ここが何処なのかも、自分がどこで暮らしていたのかも覚えていないんだ。」


 絞り出したのは、異世界転移テンプレの誰も信じる筈のないバカみたいな言い訳だった。

 

「・・・む。デーモンが記憶喪失・・・。そんなことがあるのか。」


 アリアナは難しい顔で眉間に皺を寄せた。


「まぁまぁ、いいじゃないですか。」


 思わせぶりな貼り付けたような笑顔で、可愛く目の前で手を叩くジェスチャーをしたエルシィ――ちょろかったアリアナに対し、エルシィは簡単には騙されてくれないらしい。


「魔族の方々の国はあちらに見えるエルキア山脈を越えた先、〝魔族領〟と呼ばれる場所にいくつか存在します。」


 そう言って北の方角を指さした。はるか遠方にうっすらと険しい山々が見える。

 遠目に見る限りでは山頂辺りには雪が積もっていそうだ。

 いずれにせよ、遙か遠い道のりだ。


「そうか・・・。遠いな・・・。」

「ええ。あの・・・吸血種(ヴァンピール)水咬族(オケアノス)など、勿論人族の国で暮らしている魔族の方々もおられますが・・・その・・・。」

 

 エルシィが困り顔で口ごもった。何か言いにくいことなのだろうか。

 ゲルニカは「気にしないから」と先を促した。


「・・・いえ、さすがに悪魔(デーモン)ともなると、その・・・大きな騒ぎになるかと・・・。」

「・・・ふむ、そんなにか。」

「ええ、恐らく。暮らす・・・どころではないでしょう。」

「阿呆か貴様。デーモンと言えば邪悪と残虐の象徴。魔族の中でも最も危険な存在と相場が決まっているではないか」

「え、そうなの?」

「・・・ええ、まぁ、概ねそのようなイメージかと・・・。」


 となると、本格的に魔族領を目指さなくてはならないようだ。話をもとに判断すると、恐らくこの辺りに居ては余計なトラブルを生みかねない。最悪賞金首とか討伐隊とか組まれたりしそう。


「もしかしたら・・・廃棄村なら、受け入れて貰えるかもしれませんが・・・。

 あまりお勧めはしません。暮らしもよくありませんし・・・。」

「ふむ。その廃棄村・・・というのは?」

「・・・・・・この森を抜けた先にもありますが、国や村を追われた人間や、迫害されたハーフ、あとは人の街では被差別種である犬耳族(ウルカン)猫目族(ケイティ)などの魔族が暮らす村です。

 元々森に近く危険な上にモンスターに作物を荒らされると廃棄された村に彼らが住み着いたんですが・・・。」

「・・・・・・ふむ、なぜ犬耳族(ウルカン)猫目族(ケイティ)達は、魔族領へ逃げないんだ?」

「いえ、いくら魔族といえど、エルキア山脈を越えられるような強者はある程度限られます。」


 エルキア山脈にはドラゴンでもいるのか。とにかく相当な難所であることは間違いなさそうだ。


「・・・決まりだな。

 ありがとう。色々話が聞けて助かったよ。」

 

 ゲルニカは素直に頭を下げた。それにエルシィもアリアナも面食らっている。


「え・・・?ぁ、いえ。その、どういたしまして。

 というか・・・まさか廃棄村に向かわれるのですか?」

「ああ。」

「あの・・・あそこは、なんというか・・・色々とお勧めできない、と言いますか・・・。」

「構わない。ひとまず行ってみるさ。」


 そこに至ってはた(・・)と気付く。


「ところで君らは、これからどうするんだ?」


 それはゲルニカにとって素朴な疑問だったのだが、エルシィとアリアナははっ(・・)としたかと思うと、急に暗い面持ちになった。


「・・・このまま森をまっすぐ東に抜け、街道沿いに南下して帝都にもどろうかと・・・」

「何か問題が?」

「いえ・・・、その・・・。」


 エルシィはおずおずとゲルニカにひしゃげた杖を取り出した。

 先程攻撃を受けた時に壊れてしまったのか、先端の宝石にもひびが入り、その光は失われている。


「触媒がダメになってしまいまして・・・」

「おい、エルシィ!余計なことを言うな」


 触媒――この杖の事なのだろう。

 この世界では魔法使いは杖がないと魔法を発動できないのか。


「私は、魔法が使えなくなってしまえば、ただの足手まといです。

 その上、アリアナはまだ万全ではなくて・・・」


 万全ではない・・・?


 確かに何らかの状態異常が身体に残っている可能性はあるが・・・ダメージ自体は先程のアイテムで完全に回復させた筈だ。

 だがアリアナのことを注意深く観察すると、確かに不自然な深い呼吸を繰り返しているし、瞳をのぞき込むと意識に揺らぎが見える。

 現実に即して考えると、さっきまで瀕死の重症を追っていたのだ。傷は塞がり流れ出た血も補充したが、体力が戻りきっていないと、そんなところだろうか。

 何から何までグリモアと同じ、という訳にはいかないようだ。


「森を抜けるのは難しいか・・・。」

「はい、お恥ずかしながら。魔物の餌にでもなるのが関の山でしょう。」

 

 するとエルシィは、意を決したように跪いて胸の前で手を組み、深く深く腰を折った。


「エルシィ殿、一体なんの・・・」 

「ゲルニカ様、恥を忍んでお願い致します。」


 ゲルニカは知らなかったが、それはエルフ族に伝わる最高位の礼の形だった――本来、自ら優等種を自称するエルフ族においては、他種族に対して、ましてや魔族に対してなど、決してするものではない。

 今までのどこかふんわり(・・・・)とした彼女の雰囲気はいつの間にか消え去り、丁寧な態度でゲルニカに向き直っていた。


「な!?エルシィ、お前、何のつもりだ!!

 こんな魔族なんかに!!」


 一方、狼狽えたのはアリアナだ。ゲルニカに――魔族に対し仲間が跪くことが我慢ならないのだろう。必死にエルシィの肩を抱き起こそうとしている。

 しかし、それでもエルシィは止まらない。


「どうか、私たちを貴方様が森を抜けるまでの道中、同道させてください。

 僭越ながら、お見受けしたところゲルニカ様は、人の世にあっても類い希な高い倫理観と大器をお持ちのご様子。

 非力で矮小な私達は、あなた様のお慈悲に縋るしかございません。」

「いいかげんにしろ!!お前に誇りはないのかエルシィ!!」


 アリアナの怒声が響く。

 一方ゲルニカは、素直に関心していた。

 ゲルニカの〝デーモン〟という容姿は、この世界において間違っても善良なものとは言いがたい――禍々しいものなのだろう。そしてエルシィ達と出会ってから、まだ一刻と経っていないのだ。それなのに目の前のエルフの少女は、これまでのゲルニカの言動や所作から〝日本人〟という、ゲルニカの本質を正しく見抜き、現状取れる最善の手を打った――感嘆すべき洞察力だ。


「私に払えるものであれば、なんでも差し上げます。ですから、私とアリアナをどうかお助けください。

 お、お望みなら・・・希少な森エルフのわた、わたくしを・・・お召しに・・・」


 と長耳を真っ赤にさせながら急に小声になった。

 今まで、冷静で大人びた印象だったエルシィが、年相応に狼狽えているところが微笑ましかった。


「いや、別にいらないよ。僕、こども(・・・)には興味ないからね。」


 外見で判断するに――エルシィは発育がいいので騙されてはいけない――年の頃で言えば15~16歳くらいと見た。エルフは恐らく人間とは比べものにならない位長寿な筈だから、実年齢はよく分からないが。とにかくゲルニカは、ロリータもタッチも全てNOなのだ。


「そんな・・・!?」


 エルシィが絶望的な表情で、殆ど悲鳴のような声をあげた。


「き、貴様エルシィを侮辱するのか!」


 そしてアリアナは、とにかく面倒くさい。


「いや、別に何も貰わなくても、森の外くらいまでなら連れて行ってあげるよ、って意味だよ。」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。あと〝様〟付けもいらない。ガラじゃないし。」

「は、はぁ・・・。」

「私は行かないからな!魔族の手を借りるくらいなら――」

「アリアナ!いい加減にして!

 ここは私に任せって言ったでしょう。これ以上話をややこしくしないで。」

「嫌だ!!なんで私がこんな魔族なんかに――」


 ついにエルシィがキれた。もう殆どただの口喧嘩だった。

 もう本当に面倒くさい。


「あー、アリアナ殿――」

「五月蠅い!この薄汚い魔族め!」

 

 結婚も子供もまだなのに、リビングで最も市民権の低い、父親のような惨めさだった。

――仕方ない。 


「エルシィ殿」

「は、はい!」

「君は、僕に一人で付いてくる気はあるのか?

 つまりアリアナ殿は放っておいて、という意味だ。」


 その質問は、辺りの温度を急激に下げたように思えた。

 さっと血の気が引いた時のように、寒くすら感じる。

 しかしエルシィは、絞り出すように震える声で確かに言ったのだ。


「・・・それは、できません。」と。


 それは即ち自らの死刑宣告にも近い――つまり、このままゲルニカに見捨てられることも覚悟している、という答えに他ならない。


「それでは、アリアナ殿。

 君のわがままの所為で、君の仲間は死ぬということだ。」

「な・・・」

「なぜなら彼女は君の道連れになると言っている――2人助かる為に、自分の身を差しだそうとした、その仲間がだ――いいのか、君はそれで。

 彼女の膝を見ろ。土で汚れた膝を。」

「・・・・・・」


 彼女が決断するまで、どれくらいの時間がかかっただろう。アリアナはしばらく俯いて、やがて垂れた前髪で見えない顔のまま、深く(こうべ)を垂れ、


「た、のむ・・・。

 どうか・・・・私達を、森の外まで護衛してくれ。

 私たちに最早闘う力はない。完全な足手まといだ。

 だが、それでも頼む・・・。」


 震える拳でそう言った。


「委細承知した。君たちは、この僕が無事に森の外まで送り届ける。

 ウルテマ・デーモン・ロードたる僕、ゲルニカが君たちの安全を保証するよ。」


 なんて、ちょっと格好をつけすぎだろうか――ゲルニカは、赤暗い奈落のような瞳で苦笑した。

 それで緊張の糸が切れたのか、冷静で大人びて見えても、本当は不安だったのだろう。エルシィの瞳から綺麗な滴が一つこぼれ落ちた。

 でもやはり、リアルでもコミュ力の高くないゲルニカには、泣いてしまった女の子に掛けるような気の利いた台詞などなくて、

 

「エルシィ殿、それと君は着替えた方がいい。そのままでは風邪をひく。」


 そう言いながらぐっしょりと濡れた、エルシィの下半身を指差した。

 エルシィは濡れた瞳のまま顔を真っ赤にして俯いた。


「これを替わりに使うといい。」


 そう言って羽織っていた大きなマントを手渡す。


「あ、ありがとうございます。」


 真っ赤な顔で、ひったくるようにマントを受け取ると、


「でも、変ですね――今日お会いしたばかりなのに、ゲルニカさんってなんだか〝おとうさん〟みたい」


 そう言って花が咲いた様に笑った。

 なんと出会ってからおよそ一刻足らずで〝おとうさん〟認定をされてしまった。


「oh...........」


 ゲルニカは手で顔を覆い、天を仰いだ。

 

「なぜだ・・・」


 ゲルニカの痛切な魂の吐露は、木々の隙間から吹き抜ける風に、むなしくかき消された。


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