まおうのおうこく16
〝めこっ〟と音を立ててアリアナの杖の先端がゲルニカの眼窩にめり込んだ――水平でも垂直でもなく直線だった。
「あれ、アリアナ。あれ? 杖が目にめり込んでるよ。なぜかな、右目がよく見えないよ」
「当たり前だ、目に刺さっているのだからな。
それとこれは杖ではない〝魔導槍〟だ。
帝国でも数える程しか使い手のいない。銀騎士の称号を与えられた者の中でも選ばれた、私のようなエリートにしか持つことの許されない武器だ」
そう言って、何故か最後は〝ふんす〟と胸を張った。
あの後ゲルニカ達はどよめきの収まらない広場を後にし、村の丁度東側、無残にも瓦礫の山となったルルの家に足を運んでいた。
「それよりも、さっきのアレはなんだ?」
アリアナが詰め寄るように魔導槍をぐりぐりする。
特に痛くはないのだが、目の奥をぐりぐりされるというのは控えめに言っても気持ちいものではない。
「さ、さっきのって?」
「村人達に何故あんな言い方をした!」
「むぅ~」
よく見るとルルも可愛く頬をぷーっと膨らませた〝怒ってるんだからねー〟みたいなジェスチャーでゲルニカを見上げている。
「ルル。必要なものはさっさとまとめて、旅の準備をしなさい
僕は聞き分けの悪い子はキライなんだ」
ゲルニカは皆の表情を一瞥して何かを考えた後、ルルに対しこれまでとは打って変わって冷淡な口調でそう言った。
アリアナもエルシィもそれには驚いたようで、ゲルニカの顔をまじまじと見返した。唯一ミリスだけは怒るでも悲しむでもない冷静な表情でゲルニカを見つめていた。
ルルはしばらくぽかんとしていたが、ゲルニカの言葉を理解すると一転、信じられないように目を見開き目に一杯の涙を溜め、
「ぅぅ・・・わ、わたしだっておとうさんのことなんかキライだもん!」
そう言って、壊れた家から飛び出した。
アリアナやエルシィに言わせればきっと〝言い方というものがあるだろう〟といったところなのだろうが、ゲルニカにとってはこれも計画の一つ。それにもう時間も無い――暇さえあればゲルニカを探し出し、べったりとくっつくルルを、いつかの段階でゲルニカ自身から引き離さなければならなかった。
「ミリス、ルルを頼めるか?
いくら帝国兵がいなくなったといっても、何があるか分からない」
「あいよ」
ミリスは機嫌を悪くした風もなく、短く答えてゲルニカたちに背を向け後ろ手を振った。
「さて・・・」
ゲルニカは崩れた板の間に腰を下ろし「座らないか?」と残った二人に声をかけた。
「ご説明いただけるのですよね・・・?」
「ああ、君たちに頼みたいことがある」
エルシィがいつになく真面目な表情でゲルニカに念を押し、アリアナは何も言わず機嫌が悪そうに鼻を鳴らした。
実は本当に機嫌が悪かった理由の大半は、自分たちと違いどこか訳知り顔のミリスに腹を立てただけなのだが、勿論ゲルニカは知る由もない。
今、最もゲルニカが頭を悩ませていたのは端的に言えば〝パーティー構成〟である。
訳あってゲルニカは山越えには付いては行けない。なんとか自分を除いたメンバーだけでエルキア越えを成し遂げてもらわなければならない。
――やはり、二人に協力を求めるしかないか。
出来れば、彼女たち二人をもっと楽に送り出してやりたかったのだが、そんな余裕が今はないのだ。
「アリアナ、エルシィ。僕はエルキア越えには協力できない。
だから君たちに彼らの護衛を頼みたい」
「な・・・!?」
「・・・・・・」
アリアナは驚きに目を見開き、エルシィの瞳は射抜くように細められた。
「どういう意味だ? よもや途中で投げ出す気でもあるまい。
説明しろ」
「ゲルニカさんは、恐らく殿を買って出ようとされているのではないでしょうか」
エルシィがほぼ答えに近い回答を導き出した。
「少し違う。
アリアナ」
「なんだ?」
「君の目算で大体でいいんだけど、彼らがエルキアの山を越えるまで、帝国軍の追撃に追いつかれない可能性ってどれくらいだい?」
アリアナは押し黙ると
「それは、ほぼ0だ。有り得ない」と、首を振った。
「その可能性を考慮にいれているならば、端からその計画は瓦解している」
と鋭い視線でゲルニカを射抜いた。
「それは何故だい?」
「既に通信魔術で王城へは何らか報告がなされているだろう。
如何にミリテスが紛争中とは言え所詮は植民地、ここはより帝都に近く何より帝国にとって本領と言ってもいい。
それに加え運が悪いことに、ここはドノヴァン子爵の領地内だ。ドノヴァンは軍を取り仕切るガルダス将軍の甥で執政官フローディスの娘婿だ。婿に入った時領地を下賜された。いずれは執政官となる男の領地で、子爵自体は大きな武力を持ち合わせてはいない。
皆挙って、功を取りに来るぞ」
「僕が送ったメッセージは届いてるかな?」
それは呪いを授け帝都に送り返した兵士達のことであり、つまり脅しは効いているだろうか、という意味なのだがアリアナはまたも首を振る。
「いや、恐らくこの事態を正確に把握している者はいないだろう。
いいか、貴様に呪いを受けた兵士が帝都に着くのが早くて1ヶ月後。
帝都に向かったとして、最も近い街に着くまで10日はかかる。
どのような報告がなされているかは知らんが、恐らく誰一人まともに信じてはいない。
精々が敗残の帝国兵2000を打ち破る程の傭兵か魔族領からの流れ者がいる程度の認識しかあるまい」
「つまり早いもの勝ちで、近隣の諸侯達が討伐軍を差し向けてくると・・・」
「ああ、エルキア山脈に辿り着くには、子供や老人を連れたあの村人たちの足では1月はかかる。長くて10日、短くて、7日、8日で追いつかれる」
「一番近い街まで10日じゃないのか?」
「阿呆か。疲弊した敗残兵の足で10日だ。
〝皆挙って〟と言っただろう。恐らく軽騎兵を中心とした編成で、輜重隊は一部を切り離し先見隊と同行させる筈だ。ケーナ村に近づいたところでどこかに簡易拠点を設置し、馬を変えた後、更に部隊を切り離し索敵を行う――これは通常の騎馬の行軍速度などではなく、ひたすら兵と馬を使い潰すような、最早威力偵察とも呼べない旗取り競争になるだろう。とにかく一番乗りで接敵する為に死に物狂いで探しに来るぞ。
そうなれば見つかるまで3日とかかるまい」
「エルシィも同じ意見?」
澄ました顔のエルシィに水を向けると、意外にもエルシィは「分かりません」と答えた。
「アリアナが言うならそうなんだと思います。
あの・・・ゲルニカさん、言いにくいんですが、一応アリアナは軍学校を飛び級で主席で卒業するような秀才ですよ?」
「はァ!?」
ゲルニカは今日一番、素っ頓狂な大声を上げてアリアナを二度見した。
「あ? なんだおまえその反応は? 何か文句でもあるのか?
それにエルシィ〝言いにくいんですが〟って何が言いにくいことなんだ? 説明してみろ」
場が一気に不穏な空気になる。アリアナがアル中のオヤジみたいになってしまった。
・・・いや、想像もつかないだろう――絶対にバカだと思っていた
アレか・・・学校の勉強はできるけど基本はバカみたいな奴?
青筋を立てたアリアナが凶器の〝魔導槍〟をがっしりと両手で構えた。
「お、落ち着いてアリアナ? 言葉の綾よ」
「言葉の綾とは、元来誤解を解くための言葉だ。
エルシィ、おまえのそれは〝失言〟というんだ」
「落ち着いてくれアリアナ。
誰も君をバカだとは言っていない」
慌ててフォローしたつもりだったが、その失言にはエルシィも気付いたようで、不用意に勢いよく地雷原を踏み抜いたゲルニカを、何も言わず視線だけで非難した。
「・・・ああゲルニカ、確かに今お前が言うまではな?」
「あ」
血の気が引く思いがした。
散々目の奥をグリグリされて嫌味を聞かされ、社会人時代を思い出す程頭を下げた。
閑話休題
村人達の護衛の話である。
「結局、君たちは護衛を引き受けてはくれるのか?」
「・・・それは別にかまわんが・・・
普通にお前が護衛をした方が良いのではないか?」
「無理だよ」
「何故です? ゲルニカさんなら例え帝国兵1万を相手にしたとしても、遅れを取らないように思えますが・・・」
「誤解しないで欲しいんだけど・・・僕はそんなに万能じゃないんだ。
僕の魔術は、何かから誰かを守ったり、敵を纏めて倒すような広域殲滅みたいなものは、あんまり得意じゃないんだ。
例えば、ありったけの仲間を集めて帝国に戦争を挑んだとしよう、僕は死なないだろうし結果的には勝つだろう。でもその間に僕の守りたい人達は全員死ぬよ」
「あれはどうなのだ?
帝国兵を閉じ込めた、まるで魔王城の城壁のような趣味のわ・・・」
今、趣味の悪いって言いかけたな、このヤロウ。
「・・・・・・あれだってそんなに長い間召喚しておけるものじゃないし、何より連発できない」
今は誰にも知られていないだろうがリキャストタイムのこともある。
そもそもグリモアの魔術の殆どは対軍戦や広域防御を想定して作られてはいないし、広域殲滅魔術や対軍防御魔術など、そんな魔術はグリモアでは実際ただのロマン砲だった。
「事情はわかりました。私はお受けするわアリアナ」
「む、私も受けるぞ。
どのみち我らは反逆者で、しかもベルゼア卿の頸の責任まで取らされるらしいからな」
呵呵と笑う。
「・・・・そうなのか」
ゲルニカは何か沈んだように思案すると、
「償いになるかどうかは分からないが、君たちは必ず良い条件で他国で士官できるよう、僕が何とかする」
そう気負った様子で答えた。
「はぁ? 別に要らんぞ、そんなもの。
お前から償われる謂れもない。
大体私は帝国以外に士官する気などないしな」
「そうかしら? なんだか楽しそうじゃない。
まだ私、人間の国はアルカンドラしか行ったことがないから。東のハクアの小国とか、いっそゾロアに士官するっていうのはどう?」
乗り気ではないアリアナに対してエルシィは楽しげに語った。
そう言えばエルシィはエルフなので元々帝国の人間ではないのか。
「本当にすまない」
「・・・だから何故お前が謝るんだ?
お前の悪い癖はなんでもひょこひょこ頭を下げるところだ。
なんなんだ、お前の故郷では皆そうなのか?」
「いや、何故って・・・」
確かに日本人は頭を下げすぎるとか、不用意に謝るとかよく言われるけど・・・。
「――そもそも君達がそんな立場に置かれているのも、もとはと言えば僕があの貴族の頸を飛ばしたのが原因だろう?」
「・・・阿呆か。
そもそもお前に助けられていなければ私たちは死んでいた。
どう考えても死ぬより全然いいではないか」
アリアナが呆れ顔でそう結ぶと、エルシィが何故か可笑しそうにくすくす笑いだした。
「む。なんだ?」
「うんん、アリアナの口からそんな言葉が聞けるなんて・・・ぷふっ・・・。
ゲルニカさん、アリアナったら森では〝こんなおめおめと生き残って〟とか言ってたんですよ?」
「な!? エルシィ、おま、それは・・・!」
しかしそれをゲルニカは笑って受け入れることが出来ず、
「信じてくれ――例えここに戻ってくるにしても、君達の帝国への帰還は決して悪いものにはならない。
誓うよ、それだけのものを君たちに贈る、僕にはその用意がある」
静かな声でそう答えた。
エルシィはそんなゲルニカを心配そうに見つめていたが、ゲルニカがそれに気づくことは無かった。
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次回の更新は都合により3月14日(水)となります。




