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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
18/33

まおうのおうこく17

 次の日、東の空に太陽が昇り夜が明ける頃、目を覚ましたゲルニカはのそりのそりと重い身を引きずりながら瓦礫の中から這いだした。

 元々早起きであるゲルニカは、本来遅くとも6時には起床し2時間みっちりとジョギングをするようなタイプだ。


 朝霧が足許にうっすらと残る、あんな事があったばかりだというのに、まるで場違いのような静謐な朝の空気――周囲にはまだ村人の姿はない。というよりそもそも近くに人の気配が無いように思える。

 昨夜は何も考えず寝入ってしまったが、今ゲルニカのいる場所は村の中央、未だ血泥と死体が散乱した地獄絵図状態である。

 そんな場所で夜を明かす気狂い――基、勇気のある者はゲルニカ以外にはいないだろう。

 正直に言うと、ゲルニカ自身はこの死体と血泥の沼に嫌悪感どころか違和感ひとつ感じないのだが――冬の迫る時期で比較的気温が低かったこともあり、臭いもそこまできつくは無かったことが幸いしたのだろうか。以前は車に轢かれた猫の死骸にでさえ胸を痛めていたというのに。


 瓦礫と死体を踏み分け、足の向くまま歩いていくと、やがて昨日村人が集まった村の外れの小さな広場に辿り着いた。

 広場には誰もおらず、昨日焚いた篝火の跡が残るだけ。祭り日の次の朝のように夢から覚めたようだった。


 早起きしてしまったのはいいが実際手持ち無沙汰でやることが無く、ゲルニカはふと、本当にただなんとなく〝火でも起こしてみようかな〟と思い立った。

 

 悪魔(デーモン)の身体というものは、恐らく人の身体より暑さや寒さには強いのだろう。

 ゲルニカ自身、今はほとんど何も感じないが、吐く息の白さなどから外気の温度はそこそこ低いことが予想される。


 取りあえず杖の柄でゴリゴリと地面に小さな窪みを作り、見よう見まねで焚き火の準備はじめる。


 先に断っておくと、リアルではアウトドアのアの字すら経験したことがない。ゆる○ャンを見て〝ああキャンプいいなぁ〟と思ったクチである。全く持って不純な動機だ。


 先日初めての野宿の際に森で拾った枯れ枝を適当に円錐状に並べたら、ここからは力業だ。

魔術書(スクロール)作成用の白紙の巻物を千切って木の合間に差し込んでいく。更にこれでもかと調合アイテムである〝マグネシウムの粉末〟をばさばさと適当に振りかけて魔術でさっさと着火してしまう。


「のわ!?」


 瞬間、ジュワァっと独特の音を立てて発光し、目映い光が目の前を覆った。予想もしていなかったあまりの光量に思わず仰け反ってしまう――マグネシウムの量が多すぎたのか、慣れない事をするものではない。

 

「何をやっているんだ、お前は」


 と、そんな誰にも見られたくない間抜けな姿をばっちり見られてしまったようで、背中からかけられた声に振り向くと、そこには今までの鎧装束ではない、裾の短く際どい簡素な薄手のワンピースを身につけたアリアナが、同じく際どい格好をしたエルシィとミリスとルルの3人を連れて仁王立ちしていた。

 アリアナはゲルニカの視線に気付くと、顔面をはっと赤く染め、横に居たミリスの陰にさっと隠れてしまった。

 アリアナに盾にされてしまったミリスはと言えば、自分の格好を恥じいる様子もなく堂々と、何やら棒に吊した冗談のように巨大な魚を担いでいた――なんだろうか、釣果か何かなのだろうか。


 というか、ミリスの格好の方がアリアナよりよっぽど際どい。

 薄い乳白色の肌着には、体の美しく艶めかしい曲線(ライン)がぴったりと浮き出ており、腰のあたりまで入った深いスリットと、つんと突き出た豊満な胸の頂点などは、ただただ目を覆うばかりだ。

 何せスリットからは下着が見えてしまっており、ノースリーブの袖からは横乳がこぼれて覗いている。


 ・・・ミリスは青なのか・・・。

 ナイスラッキースケベ。

 ゲルニカ的には、きゅっと浮き出たお尻の形が、ポイント高めなのだが。


「ゲルニカさん、おはようございます」


 同じような装いで恥じらいがちに挨拶をしたのはエルシィ。裾を小さく押さえて頬を朱に染めている――女の子の恥じらいとしてはこれくらいがベストなのだろうか。

 とどうでもいい感想を心の中で漏らした。


 そして、一番後ろに隠れるようにこちらをちらちらと伺いつつも、決して視線を合わさないようにしているルル。


 よく見ると全員髪が濡れており、何だか体も水気を纏っているような気がする。


「風呂か・・・」

「ああ、水汲みがてら東の川でね」


 ミリスが腰に手を当て豊満な胸を張った。


「で、アリアナはなんで僕を睨んでいるんだ?」


 アリアナは、赤くなった頬で簡素なワンピースの裾をぎゅっと掴むようにしてこちらを睨みつけている。


「み、見るな! こっちを見るな、阿呆が! 目をつぶれ、えぐれろ!」


 うん?

 よく見るとアリアナの裾だけ他よりも妙に短く、おまけになんというかぴちぴち感が凄い。

 見れば見る程いかがわしい、なんというロリコンホイホイか。


「ぶっはははは、ゲルニカのダンナ、あんたそれをツッコむのは酷ってもんさ」


 何故かミリスが大爆笑した。


「ば、ミリス! おい貴様、黙れ、黙れよ。貴様、分かっているだろうな!」

「アリアナはちんちくりん過ぎて、大人用のじゃ裾が地面にべったり付いちまうんだよな?」

「・・・ああ、そうか。だから仕方なくルルと同じ子供用のを着ているんだな」


 ゲルニカがぽんと手を打ち頷いたところで、ミリスは堪えきれずといった様子で大笑いしだした。


 なるほど、だから裾も短くてサイズもぴちぴちなのか・・・これはエロいというよりイヤラシイな、なんか・・・。


「ぐぬ・・・きっさま・・・!」


 ゲルニカは今にも噛みつきそうなアリアナを見て〝仕方ない〟とため息をつく。


「これでも使ってくれ」


 アイテム欄から適当にマントをつまみ出しミリス達に手渡した。


「ふ、ふん、気が利くではないか。始めからそうしておれば良かったのだ」


 無茶を言うでない、と心の中でつっこみつつため息をついた。


「で、ダンナはなにをしてるんだい?」

「ああ、火を起こしてたんだけど・・・」


 そう言って振り返ると、薪には上手く火が点いてくれていたようで、ゆらゆらと炎がゆらめいていた。


「ミリスはどうしたんだ? 水を汲みに行ったのか、水を浴びにいったのか、それとも魚を捕りにいったのか、一体どれだ?」

「そのどれもさ! ほら!」


 そう言って両手幅程もある大きな魚を、見てくれと言わんばかりに自慢げに見せつける。


「こんな大物滅多にお目にかかれないよ! 凄いだろう?」


 確かに、日本で暮らしていた頃こんなサイズの魚にはお目にかかったことはない。

 そんなの梅○辰夫か松方○樹くらいではないだろうか。


「丁度いいや。火貸してくれよ?」


 言いながら棒に吊った魚をそのまま火にかけようとする。


「ちょ、ちょっと待て」

「あん? なんだい、ケチくさいこと言うなよ?」

「そうじゃない、君はバカなのか。

 そんな大きな魚、そのままこんな小さな火にかけてどうするつもりだ・・・」

「え・・・」

「この中で料理ができる者はいるのか?」


 素朴な疑問だったので、ゲルニカはぐるりと4人の顔を見渡した。

 アリアナは言わずもがなバツが悪そうに目を反らし、ミリスは「できないね」とその胸を張った。エルシィは「できますが・・・お魚はちょっと・・・」と何とも可愛らしく〝本当はお料理出来るんですからね〟アピールをした。

 ルルはミリスのお尻に隠れて黙ったままだ――嫌われてしまったな、とふと苦笑が漏れる。


「貸してくれ。

 アリアナとエルシィは手頃な石を集めてかまどを作ってくれないか」


 そう言ってミリスから魚を受け取り、広場にうち捨てられている倒木の丸太の上に魚を転がす。

 エルシィは「分かりました」と幼稚園の保母さんよろしくルルの手を引いて行った。

 

「かまどの作り方、おねぇちゃんに教えて」

「う、うん、えっとねー」


 とパパと険悪だった小学生の女の子を手玉に取っている――流石だ。


 さてと、あちらがあちらで作業をしている間に、こちらはアリアナにナイフを借りて魚の解体ショーの始まりである。


 ふむ、外見は鮭や鱈に似ているような気がする。恐らくは白身の魚だろう。

 まだ息がある。弱々しく身体を跳ね上げぱくぱく動く口で息も絶え絶えに必死の抵抗を試みている。


「ミリス、いいか。次から魚を捕まえたら、魚の目の上のココ、刺したら丁度骨みたいなのが引っかかる部分があるから、ここを貫くんだ」


 そう言って魚の目の上、人間で言うこめかみの部分をナイフで突き刺す。途端、魚がぴくぴくと小さく痙攣し大人しくなった。

 その後、すとんとナイフで尻尾を落とす。


「こうして、血を抜くんだ。でないと魚がマズくなるからね。

 まぁ今日は、このまますぐに捌いてしまうから、本当は必要なかったんだけど・・・」

「あんた、魚が調理できるのかい?」

「ああ・・・まぁね」

「へー、物好きなデーモンもいるもんだねぇ」

「・・・、そ、そうでもないさ」


 ミリスも他の皆も感心しきりでゲルニカの手つきを見ているが、ゲルニカは料理人でも魚屋でもなんでもない。

 趣味に没頭するあまり、休日ふと思い立って魚一匹丸ごと買って調理してしまうようなただただ凝り性で面倒くさい男なのだ。


 鱗を剥ぎ、エラに刃を入れ頭を落とした後、残ったエラを取り除く。


「あっと・・・忘れていた。この魚、肝や腹に抱えた卵とかは食べたりするのか?」


 大事な事を聞くのを忘れていた。

 ゲルニカは腹を割く段になって思い出したかのようにミリスに聞いた。


「肝? いや、普通は捨てるもんだと思うんだけど・・・。

 卵は入ってれば食うんだけどね、きっとそいつ、オスだよ」

「そうか」


 手早く腸を取り出し、三枚におろすと塩と胡椒を振っておく。

 片身には串を打って焼き用にするとして・・・


「よっこらせ」


 おっさんくさいかけ声と共にアイテム欄から呼び出されたのは〝へこんだ鉄鍋〟――そう鍋である。

 錬金術のゴミ排出アイテムであり、売値1Gの何の役にも立たないアイテムがここで役に立つのである。

 一応穴が空いていないかだけ確認し、調合アイテムである〝妖精国の菜の花の絞り油〟〝にんにく〟を投入する。

 丁度かまどの用意も出来たようなので、そのまま火にかけてしまう。

 いい感じに香りが出たところで魚を投入。

 その横で湯を沸かし、少々乱暴だが直火で焼いた魚のアラと、調合材の〝サフラン〟を一気に投入し出汁を取ってしまう。

 


「おおおおお・・・」


 アリアナとミリスが美味しそうな臭いに鼻をすんすん鳴らしながら、期待の声を上げる。


 なんだろうか、こいつらは欠食児童か何かか。もしくは実家に居た犬を思い出す。

 〝白ワイン〟をだばだばと投入し蓋をし、良きところでサフランとガラの出し汁を投入。


「うーん・・・トマトとかタマネギとかあればいいんだが・・・」


 鍋に最も初歩的な解毒アイテムである〝酢漬けのケッパー〟と、バフアイテムである〝魔女のキノコ〟を投入しながらボソリと呟いた。

 すると視界の端でもじもじする人影が一つ――ルルである。

 昨日あんなことがあったままである――お互いに気まずい。だがこれでいい、なるべくならばこの小さな犬耳の女の子の中にある自分に対する情が消えてくれることを願った。


「どうした、ルル?」


 意を決してゲルニカが尋ねたが、しかしルルは何も言わない。

 やがてそんなルルを見かねたのか、エルシィが背中をそっと叩き「ほら」と声をかける。

 もう完全に父親参観日の日の幼稚園の保母さん状態である。


「・・・・・・とまと、あるよ

 干したとまと・・・」


 かたことの言葉のようにぎこちなく絞り出した。それが精一杯の言葉だったのだろう。


「・・・そうか。

 それは貴重なものなんじゃないのか?」


 この村の食料事情は一目見れば、誰だって理解できる。

 ルルはゲルニカの言葉に困ったようにきょろきょろした後、ミリスを見上げた。


「ああ・・・この村じゃ、まともな食事にありつける事自体、珍しいことだからね」


 ミリスがそう補完してくれた。


「でも食べてやんな。 今年の夏、あたしとルルとママさんとで作ったんだ。今食べてやんないと・・・」


 そう言葉を濁す――その言葉にルルが俯く。

 恐らくなのだが、ミリスはゲルニカが一人で何をしようとしているのか、朧気にだが理解しているような節がある。


「そうか・・・」


 ルルは俯いたまま、何も喋らなかったがきっと泣いているのではないか、と胸が痛んだ。

 それはそうだろう、いくら過酷な環境で生きてきた子供とは言え、昨日母親と別れたばかりなのだ。


 ミリスは無言で〝なんか言え〟と視線で圧力を送ってきた。 


「ルル。じゃあそのとまとを〝おとうさん〟に分けてくれるか?」


 もうこれで最後だとそう思い、痛む心を押し殺して、嘘をついた。

 本来ならこういう嘘はなるべくならつきたくないとそう思っていた。


 ゲルニカの個人的な考えだったが、年端もいかない子供の、しかも母親を失ったばかりの子供に、自分が父親だと嘘をつく――それは優しさなのか? ただ目の前の子供が泣くのを見るのが嫌だから、子供の甘い判断力にかこつけて騙しているだけじゃないのかと、そんな風に考えてしまう。


 だがそれも今日で最後だ。


 ルルが持ってきてくれた干したトマトをぽとぽと投入してぐつぐつ煮込む。

 そのぐつぐつ煮える鍋の中身をずっと眺めていた。


 朝日が完全に昇り、村全体が目を覚ます頃、料理が完成した。


「ふおぉぉぉおおお、なんだコレ。あんた料理超うまいんだね!」

「む、むむむ・・・・ぉぉぉぉぉぉ・・・・」


 謎の奇声を上げるミリスと、唸り声を上げるアリアナ。そして小さく誰の耳にも聞こえないくらいの声で「おいしい・・・おとうさん、料理うまい」と誰からも見えないように俯いて笑ったルル――デーモンの耳だけにはしっかりと届いていた。


「ゲルニカさん、料理本当にお上手なんですね・・・」


 なぜかエルシィだけがほんの少ししょんぼりしているように見えた。

 美味しい匂いに釣られて他の村人達がやってきて、ミリスが料理を配っていた。


 アリアナも、エルシィもミリスも、ルル以外の誰もがこんな日がこれで最後なのだと理解していた。

 だから皆、取り留めもない会話をして、ささやかな食卓を囲んだ。

 

 後に残ったのは、土に落ちた黒くくすんだ燃えかすと、空になった鍋だけだった。



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