まおうのおうこく15
「おとうさん、あーん」
「・・・・・・」
「ほら、おとうさん。あーん、だよ?」
「あ・・・ああ。 あーん・・・」
「これルルがつくったんだよ?」
「す・・・すごいねー・・・」
「うん、マーラおばさんが、てつだってくれたの」
夕暮れ時になり、村の外れの広場にはいくつか篝火が焚かれていた。瓦礫の中から誰ともなく木材を持ち寄り、血であまり汚れていない村の北の外れに火を焚いた。
誰がそうしようと言い始めたのかは分からないが、炊き出しが振舞われ、それはゲルニカは勿論のことアリアナ達にも配られた。
ミリスが言うには〝こんな村だからこそ困った時はお互い様なのだ〟だそうだ。
ゲルニカの両隣にはエルシィとミリスが座り、遅れてアリアナが正面に座った――ルルは言うまでもなくゲルニカの右膝の上だ。
座るとき3人の間に妙な間が流れたが、なんだったのだろうか。
こんな時でもアリアナは音一つ立てず、配られた木の匙で、緑色のシチューのようなものを上品に口に運んでいた。
「君から話してはくれないのか?」
ミリスに最後の念を押す。
「あたしよりあんたの方がいいよ。
大丈夫さ、何かあったらあたしらが助けに入ればいいだけだよ、ね?」
そう言ってミリスはアリアナとエルシィに目配せをした。
二人は無言で頷きアリアナは〝早く行け〟と視線で促した。
「しかし、僕はこんな形だし・・・。
やはりこの村の人間である君が――」
「しつっこいねぇまったく。今更何をぐじぐじ言ってんだ。
あたしら魔族に見てくれなんて関係ないよ。
毛むくじゃらのやつもいれば、四つ足で歩く奴だっている。
そういう奴らと番になったりだってするんだ。
つべこべ言わずに行きな、ほら」
そう言ってミリスはゲルニカの背中をバシッと強く叩いた。
のそりのそりと広場の中心に進み出てぐるりと周りを見渡す。村人達は思い思いの場所に座り込み、暗く黙り込んでいる。
ルルみたいな犬耳族やミリスみたいな猫耳族、それに恐らくキツネの獣人、ゲームに出てくるリザードマンに似た者。額の中心から一本の角を生やした者。人間の半分くらいの背丈で手足の短いホビットやドワーフみたいな種族。全身毛がふさふさで顔が完全に動物の顔の者まで色んな者たちがいた。
ゲルニカが広場の中心に立ち、誰も何も言わないが、広場の方々から小さくささやき合う声が上がった――やがてそれも収まり、しんと静かになった。
「や、やぁ、みんな・・・」
広場の端っこで、アリアナとミリスがズッコケたのが分かった。
「やぁ、みんな。
今日は大変だったね」
陽気でも暗くでもない、噛みしめるように言った。自分にとってもそうだったから、それは正直な気持ちだった。
「こんな時に悪いんだけど、実は君たちに言わなければならないことがあるんだ。
――単刀直入に言うよ。この村を捨ててほしい」
その言葉に広場いる村人達が、にわかにざわめき立つ。
それはそうだろう、今日あんなことがあったばかりなのに、次は村を捨てろだなんて。
「このままここに居ては、帝国兵がまた攻めてくる。
僕にしたって、いつでも君達を守ってあげる、という訳にはいかないからね」
隣に座った者同士、こそこそと何かを小声で話し合ってはいるが、ゲルニカの言葉には答えない。
その時だった、どこからともなく、一人の老人がゆっくりとした足取りで、ゲルニカの前に歩み出た。
ふさふさの毛に覆われた、犬の顔をした小さな老人だった。
ルルが尻尾と耳意外は人間と同じなのに対し、こちらは二本足で立っていることと、手足の形が人と同じ以外は殆ど犬や狼に近い。
「お礼が、遅くなりました、デーモンのお方。
今日はお助けいただき、誠にありがとうございました。」
そう言って、地べたに跪き頭を下げようとした。
「いい。跪かなくていい。僕はそんなことを求めてはいない」
そう言うと老人は、少し面食らったようにゲルニカの顔をまじまじと見ながら、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「ワシはこの村でまとめ役のようなものを務めておりました者の〝兄〟にございます。
デーベルと申します。
弟は・・・その、身罷りました故、代理の私めにてご容赦願います。」
その言葉に躊躇いと悲しみが見て取れる。恐らく今日あの戦いで無くなったのだろう。
「構わない。
ぼくはゲルニカだ。よろしく」
「ではゲルニカ様・・・〝村を捨てろ〟・・・とのことですが・・・
――恐れながら・・・それはできないのです」
デーモンであるゲルニカに、怯えながらもはっきりとそう答えた老人の言い様は、一言で言い表すならまさに〝疲れ果てていた〟だ。他の皆の表情を見渡しても一様にそうであると分かる。
「なぜだ?」
「なぜ? と申されますか・・・
ゲルニカ様・・・ワシらは、この村を捨てて生きていく術がございません。
これから冬が来ます。 食べ物も寒さを凌ぐ家もなく、どうして暮らしていけましょう。
・・・それにこの村以外に一体どこに行けと・・・」
困り果てたようにそう呟くと、デーベルは
「帝国は恐らくワシらを許しはしません。地の果てまでも追いかけ、ワシらを殺すことでしょう・・・」
他の村人達には聞こえないように、声を潜めてゲルニカにだけそう言った。
立派な人だ――ちゃんと村人達のことを考え、今何を伝えるべきかそうでないか自分なりに判断している――素直に感心したが、話しはそれだけではなかった。
今までの、命尽き果てた枯れ木のような空気から一変、鬼気迫る表情でゲルニカに食い入るように顔を近づけると、まるで地獄の亡者のような声で、たった1人ゲルニカにだけ聞こえるようにこう言った。
「村の女子なら好きなだけお召しくだされ。魔族の――とりわけ獣人種の娘達は魔族の中でも吸血種に次いで特に美人が多いと、ぐ、具合も宜しいと聞き及んでおります。此度帝国兵がこの村を襲ったのもその為でしょう――」
最初は何を言われているのか分からず、ゲルニカは呆然としたが、だがその意味を理解した時、烈火のような怒りが胸の奥に生まれた。
会ってさほども経っていないが、だがミリスは必死に守ろうとしていたのだ。命が尽きるその瞬間まで村の皆を案じていた――無論、目の前にいるこのデーベルという老人のこともだ。
それを――
その怒りが怒号となって、マグマのように吐き出そうとしたその時、
「ですから、こども達だけは、どうか、こども達だけは、ゲルニカ様とご一緒に、お連れ下さいますよう、伏してお願い申し上げます」
不意に冷や水を浴びせられたようだった。
デーベルはそう言うと、崩れるように跪きゲルニカの足先に口をつけた。
「奴隷のようにこき使って頂いて構いませぬ。この村は貧しい故、小さいとは言え懸命に働くことを理解しております。ひ、一通りのことはできるよに育てたつもりです」
それは、この老人にとっては苦渋の決断だったのだろう。ただ子供達の未来を願い〝それでも生きてさえいれば〟と必死に縋る――そこには、嘆きも怒りも怨嗟も全てを飲み込んで、ただただ小さな命の為に跪く、老人の震える小さな肩があった。
「この卑しく汚い老いぼれの、惨めな願いにございます。
どうか、偉大なる悪魔様の強大な力を持ってして、この見窄らしい老いぼれの願いを、お聞き届けくださいませ」
自分だってこんな風に〝何をしても〟と決めた筈だ――ゲルニカは心の中でそう呟いた。
アリアナ達に出逢い、ガノッザ達に出逢い――誰も死なず争わずに、あの場を納められればいいと、それは誰もが望むことだろうと、本気でそう思っていた。
だが違った――ゲルニカの〝平和論〟は結局誰も救わず、そしてベルゼアという男の頸を撥ねた。小さな魔法使いの子供を殺し、蛇目のシーフを殺した。
結局どちらも救えなかった。
ガノッザ達は大事な仲間を失い怒りと失意と共に去っていった。アリアナとエルシィのことだって、本当は分かっている――身分の高い貴族と、それを守っていた二人の騎士。守れなかった騎士がどのような立場に立たされるのか。
この世界の常識はおろか、騎士や貴族・歴史にすら疎いゲルニカだが、そんなバカでも辿りつく答えに気付かない程お気楽ではなかった。
結局誰も救っていないのだ。
争い事を収めるには力と武力を示さなければならない。腰抜けの平和論者の戯れ言など誰も聞かない。なぜなら暴力や殺戮の先に確かな成果を見込んでいるのだからだ。
いつだって誰かの望む結果は、誰かの望まない結果に繋がっている。争いとはそういうものなのだと知った。
だから決めたのだ――徹底的にやると。
自分の望みを決めたのなら、それを叶える為に容赦はしないと――立ちはだかるあらゆる障害を完膚なきまでに破壊して、屍の上を歩く覚悟をした。
幸い自分は人を殺してもなんとも思わない。本来そういう本質を持った人間だったのか、そういうものに成り果ててしまったのか――今はもう、どうでもいい。
だがそうしないと、この世界では何も守れないというのなら、喜んでそうあろうと決めた。
ゲルニカは腹を決めて北を指差した――月明りを受けて不気味に夜空に浮き立つエルキアの山脈を。
「君たちには、君たちの力で北に向かってもらう」
それだけで、この場の誰もが理解したのだろう。
どよめきが起こり、デーベルは青ざめた表情で顔を上げた。
「な・・・まさか、我々に山を越えろと・・・?」
「そうだ」
「そ、そんな・・・・我々にはそのような・・・」
「できないか? もちろん護衛もつけてやる。 僕ではないがきっと頼りになる」
「無理です。 誰もがあなた様のように強い訳ではない。
何より村には女子供が多い・・・老人は見捨てるにしても、エルキアを越えるなどとても・・・」
皆一応に言いたいことはあるようだが、相手がデーモンでは、誰も何も言うことが出来ない。
しかし、
「勝手なこと言ってんじゃねェ!」
ゲルニカの目の前に勢いよく飛び出した小さな影があった。
逆立つボサボサの朱色の髪、額から生えた二本の角――10歳くらいの少年が憎しみに歪んだ瞳でゲルニカを見つめていた。
「テオ! これ!!」
犬の老人は、少年に抱きつくように制止したが、それは同時にゲルニカから少年を庇う行為だった。
「うっせー! こいつの所為で――」
「デーベル殿、構わない。
少年、言いたいことがあるなら言ってみろ」
ゲルニカは顎をしゃくり、見下ろした視線でデーベルを制した。
「しかし・・・」
「かまわない、さっさとどけ、何もしない」
デーベルは少しだけゲルニカを見つめ、躊躇いがちに少年から手を離した。
「俺はおま――」
「先ずは名乗れ、礼儀だ。
僕はゲルニカ」
そう言って一歩踏み出すだけで、その巨体と迫力に押され少年が尻餅をつく。
「名乗れ」
「っ・・・! テオ!」
がちがちと情けなく鳴る歯の音がこちらまで聞こえてくるようだったが、それでも気勢を上げて虚勢を張る。
「それで、テオ。
僕の所為でどうしたというんだ?」
「くっ! お前の所為で帝国兵が攻めてくるんだ!
お前の所為でかーちゃんだって――」
「それは違う。元々僕がいなければ君たちは全滅していた。だったら今僕がここで皆を殺してもいいのか?
そして帝国兵については君たちが全員死んだ後に対処することにしよう」
その時の少年の顔には確かに恐怖が浮かんでいた。
「あと、君の母上は弱くて運が無かったから死んだんだ。
その時君は何をしていた? 守れなかったのか? ならば君が弱かった所為だ」
少年は目に涙を溜めて怯えながら、母親にナイフで刺された子供のような表情をしていた。
心がツキリと痛むが、これでいい――ゲルニカは、テオと名乗った男の子とデーベルの隣をすり抜け、広場に集まる村人に向き直った。
「いいか。勘違いするな。
僕がいなければ君たちは全滅していたし、今からでも全員殺す事だって出来るんだ。
僕が行けといったら行くんだ、エルキア山脈に」
そう言って片手で北に聳えるエルキアを指差す。
「明後日、東の山から朝日が昇ると同時に出発する。
残りたい者は残れ。ただし、帝国兵は冬越えなど待ってはくれない。
そして、僕は僕の言いつけを守らないやつをわざわざ助けたりしない、いいね」
やりすぎたかもしれない。だがこれで目的は達した。これでいい。
ゲルニカは背を向け歩き出した。
その先には心配そうな表情のエルシィと呆れ顔のミリス。
アリアナとルルが全く同じむっつり不機嫌そうな表情でこちらを睨みつけていたのが、なんだか可笑しかった。




