まおうのおうこく14
「ふむ、では山越えは難しいか・・・」
ゲルニカは血と骸と瓦礫の散乱した村を見渡しながら呟いた。
村の惨状に呆然としながらも村人達が、のろのろと瓦礫の中から食料や必要な家財を引っ張り出し、片付けを始めていた――こんなことがあった明くる日も生きていかなければならないのだ。
「いや、難しいって訳じゃないんだけどさ、どうしても女子供を連れてってなると・・・」
ミリスがバツの悪そうに言い淀む。
山越えとは北の魔族領へと続く、エルキア山脈を越えるという意味だ。
それにしてもミリスは、なんというか・・・距離が近い。ほとんど体が触れ合いそうな位置である。
猫目族とは皆こうなのか。
「ふん、私ならエルキアの山脈越えだろうが何だろうが、女子供くらい無傷で送り届けてみせるがな。
〝赤豹〟と言えど所詮はただの冒険者、自信がないのだな」
「ああ? なんだって?」
そしてどうもアリアナとミリスは相性がよろしくないらしい。何故か会ってすぐに互いを敵と認識したようで、ことあるごとにこうしていがみ合っている。
魔族嫌いのアリアナと、人間嫌いのミリスといった構図なのだろうか。
「おい、それと貴様、近すぎではないか?」
「なにがだい?」
「それだ」
とアリアナが人差指でミリスを差した。具体的にはむちむちとたわわに育ったミリスのお胸様あたりを指差した。
「くっつき過ぎだといっている」
それには全く同意見だった。鉄の平常心を保ってはいたが、ぽよぽよの胸がもう何度かつんつんと当たっているのだ。ルルが見てやしないかと気が気ではない。
「はっ。あたしたち猫目族は親愛の情を表す時、こうして尻尾を立てて体を摺り寄せるのさ。
あんたら人間とは違って、これが普通なんだよ」
「親愛の情? ゲルニカお前、その娘と随分親しくなったらしいな」
親しくをやたら強調して言った。
なぜそこでこちらに矛先が向くのだろうか。
「い、いや、彼女とは、さっき会ったばかりで――」
「それに、体を摺り寄せるだと? はしたない」
「もうアリアナ、喧嘩を売らないの。
ミリスさん、すみません」
中立のエルシィが代わりに謝り、仲裁に入る。なんだろうか中々いいバランスに見えるのは気のせいだろうか。
それにさっきまで沈んでいたアリアナが、どんな形とはいえ元気になってくれたので、結果的には良かったと思ったのだが・・・。
まぁいい、二人ともきっと悪い人ではない。おいおい打ち解けてくれるだろ。
ミリスもきっとその意図を察して、こうやってフォローしてくれる。
「でもゲルニカさん。私もミリスさんと親しくなられた経緯をお伺いしたいです」
違った。エルシィは伏兵だった――笑っていたが目は笑っていなかった。何故だ、怖い。
さっさと話題を変えなくては・・・。
「な、なぁミリス」
「へ? な、なんだい?」
その不穏な空気を感じ取ったのだろう、さすが猫だ。上擦った声でミリスが返事を返す。
「・・・ふん、メス猫め」
アリアナが何かをボソリと呟いたが、声が小さくてよく聞き取れなかった。
「魔族領での暮らしというのは実際どうなんだ?」
「ん、ああ・・・あたしは生憎、依頼でしか行ったことがなくて、暮らしたことはないんだ。
ただ帝国領よりはマシだろうね」
「魔族というのは、人間と違い同族意識が強いのだと、文献で読んだことがあります。
なんでも魔族領のある国では領民に対し一方的な虐殺を行ったものは、処刑されるのだとか」
物知りのエルシィ先生が顎に指を当てて教えてくれる――永遠にそうしていてくれれば可愛いのに。
個人的にはエルシィには小さな丸眼鏡が似合うと思うのだが・・・。
「文化レベルで言えば魔族の国の方が高いのか・・・?」
「そうではない。王の資質によって国々が全く異なるんだ。
いいか、魔族は力によってのみ国を統治し、力によってしか傅かない」
「ゲルニカさんは〝皇夜国〟という国をご存知ですか?」
「いや、知らないな」
「エルキア山脈を越えてすぐ東にある国で、なんでもこの村にいらっしゃるような人族に比較的近い容姿の魔族の方々は、国に血を献上するだけで安寧に暮らせるらしいですよ」
「え・・・それは、問題はないのか?」
エルシィの言葉に思わずぎょっとしてしまう。
――例えば血を吸われた人が眷属にされてしまったりとか、しないのだろうか。
「よもや貴様、血を吸われた人間が吸血種にされてしまったりなどとは言うまいな?」
「え、ちがうの?」
現代における吸血鬼伝承というものは大体がそういうものだ。
ゲルニカは特にインタビューウィズバ〇パイアは名作だと思うタイプの人間だった。
「ゲルニカさん。それは子供向けの絵本の中の話ですよ」
エルシィが可愛く苦笑する――アリアナは半ば呆れ顔だった。
そこまでバカにされることなのか。
「あんたマジかよ、あっはははは」
ミリス、お前後で覚えておけよ。
「とにかく、まぁ・・・それなら決まりだ」
アリアナ達もミリスもこの場所には留まらない方がいいという意見では一致している。
どんな理由があれ、帝国がこのまま引き下がる筈もないし、帝国では人種主義思想を持つ人間はごくごく一般的らしい――十中八九報復があるだろう。
「決まりって・・・エルキアを越えるのかい?――村の皆を連れて」
「・・・そうだね、それしかこの村の人たちが助かる方法なんてないんだろう?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙するということは、肯定ということだ。
「ところで、エルキアの山にはドラゴンでもいるのか?」
暗い空気を変えたくてした適当な質問だったが、だからといって冗談という訳でもない。
素朴な疑問だった――彼女たちはこの世界の基準から見るとかなりの手練れ部類に入る筈である。その彼女達が躊躇する理由が気になったのだ。
その時だった。
「おとうさん」
右足に小さな柔らかい感触――ルルだった。
「え・・・・・・なぁあ!?」
「え? え? おとうさん? え!?」
アリアナとエルシィがこれ以上ない驚きの声を上げた。
なぜだろう、いつもは冷静なエルシィの方が、アリアナより狼狽えている気がする。
エルシィはゲルニカとミリスを交互に見ながら、何かを指折り数えあわあわしている。
小声でぶつぶつ「デーモンだとそんなに早く、いえ、それとも卵・・・」不穏な発言が聞こえ漏れてくる。
なんとなく、考えていることは分かったが・・・
――やめなさい。デーモンだろうが何だろうがそんなにすぐに子供なんてできません。
アリアナは「なるほど、貴様には子がいたのか、どうりで・・・」と勝手に納得していた。
一人事情を把握しているミリスだけ、腹を抱えて笑っていた。
ホント、お前覚えとけよ。




