まおうのおうこく12
村人達は見るからに皆怯えていた。
帝国兵は去り村は救われたが、誰もそれを信じきれていない、そんな様子だ。
それは目の前に邪悪の根源たる悪魔がいるからに他ならない。
自分で作ったアバターだ。容姿についてはよく分かっている。おぞましく、醜悪で、プレイヤー達が思う〝デーモン〟を体現したかのような、そんな風になればいいと細部にまで拘り抜いて作った。
だから仕方ない。
それに、あの猫耳娘と犬耳の女の子以外これまでの経緯を知らない。薄暗い地下の貯蔵部屋に隠れて最早死を覚悟していただろう。なのにいきなり助かったと言われ、目の前にはこんな化物がいる。
あの猫耳娘が何かを必死に説明しているが、そんなもので人は納得しない。
大体自分の目で見たものしか信用できないものだ――疑心暗鬼になっている時は特に。
とは言え、そんなどうでもいいことよりもゲルニカには時間がなかった――正確には、どれだけ時間があるかが分からないから焦っていた、という方がより近い。
「おい、君」
ゲルニカは猫耳娘の後ろ姿に声をかけた――振り向くが、この距離では誰に声をかけているのか今一判然としないようだ。他の大勢も一斉に振り向き場が一気に静まり帰った。
「そうだ、君だ。
猫耳で、腹とヘソ丸出しのショートカットで赤髪の君だ」
「な!?」
手首で〝こちらに来てくれ〟と意図を伝える。
その何がいけなかったのか、猫耳娘が顔を真っ赤にしながらこちらにやって来る。
改めて近くで見るとよく分かるが美人だ。
切り揃えられた赤いぱっつんのショートカット。長いまつ毛と野生の豹のように鋭い眼光が印象的で、きゅっと引き締った腰に、無駄な肉のない体、唯一無駄にというかとっても豊満な・・・いややめておこう――視線でバレた。少しじと目になっている。
ムスっとした不機嫌な様子でゲルニカに歩み寄り、口を少しもにょもにょさせたと思ったら何かを言いかけてやめた。
「少し聞きたいことが――
あー・・・えっと、何か気に食わなかったかい?」
アリアナやエルシィ達といた時もあったが、まるで思春期の娘を持った父親のような肩身の狭さだった。いや、勿論子供どころか結婚もまだなんだが・・・。
「腹とヘソ丸出しで悪かったね」
「・・・・・・は?」
「猫目族のアタシは普通の人間よりもずっと体が柔らかいんだ、こういう鎧を着るやつが多いんだよ」
「・・・・・・指摘されるのが嫌なら、布か何かで隠せばい、て・・・え?
――なぁあああああああ!!」
しかし言葉の途中、ふとある重大な事実に気付いてしまったゲルニカは思わず大声を上げた。
猫耳娘の肩をがっしり掴んで覗き込むように顔を近づける。
村の人々もびくりと大声に肩を震わせ、猫耳娘も身を震わせて仰け反った。
「き、君なにやってるんだ!?」
あまりに自然で気付かなかったが、目に刺さっていた筈の矢が無くなっている。右目は固く瞑られ、よく目を凝らしてみると血を擦った後が下瞼にある。
「バカか!? 君はバカなのか!?」
「はぁ!? どういう――」
「何故抜いた!? 無理やり抜いたのか?
なんというガサツさだ・・・信じられない。
もういい、とりあえずこれを飲め」
とりあえず先ほど私たものと同じ魔法薬を手渡す。
「いいか、何かが刺さった時は毒でも塗ってない限り無闇に抜くな」
猫耳娘はまた口をもにょもにょさせながら真っ赤になったままの顔で押し黙った。
ふと、右足に何か小さな柔らかい感触が・・・
「だめ」
目を下に落とすと、そこには先ほどの犬耳の女の子が――ゲルニカの足に小さな手をめい一杯広げてしがみついていた。
「ルルっ!!」
その時、村人の人ごみを掻き分けて恰幅のいい一人の女性が飛び出した。
ゲルニカは内心驚きを漏らした――というのも、その女性の頭部は完全に犬の頭だったからだ――初めて見た。
〝ルル〟とは恐らくこの子供のことを言っているのだろう――このままでは殺されてしまうとでも思ったのか。
だが、
「お、とうさん」
その言葉で、時間がぴたりと止まったかのように、場が静止した。
「おねえちゃん、いじめちゃだめ」
「え・・・・・・・・。」
犬耳の女の子が、あどけない表情でこちらを見上げている。
どうしよう、なんと答えればいいのか。
「・・・い、いや、いいかい?
このお姉ちゃんはバカなことをしたんだ。
だから――」
その時だった、
「めっ」
小さな女の子に喋りかける為かがみ込んだゲルニカの鼻を、犬耳の幼女が平手で〝ぺちり〟と叩いた。
こんなものは叩いたうちに入らないが、それでも村人は全員声にならない悲鳴を上げた。
この後に待ち受ける惨劇を想像し、目を覆うものまでいた。
だが
「・・・・・・はい」
小学生の娘を持つ父親(仮)は折れたのだった。どうしようもなかった。
周囲がにわかにざわめき立つ。
「ぷっ・・・あっはははははははははは、あははひひひひひひひ――」
猫耳娘は限界だったのか、腹を抱えて吹き出した。
余程可笑しかったのか、お腹を折って苦しそうに悲鳴を漏らした。
「ちょ、なんなんだ君は。もともとは君の所為だろう」
「いや、悪いね。おっかしくて、はははは。
でも女に対する口の利き方を知らないあんたも悪いよ。
あたしはミリス」
ミリスは右手を差し出した。
「・・・ああ、僕はゲルニカだよ」
そう言いながら戸惑いながらも手を握り返す。
「礼が遅れたね。 助けてくれてありがとう。っていうか助けてくれた、ってことでいいんだよね?」
「ああ、他にどんな可能性があるんだい?」
「え・・・いや、ほら生贄にする為にとか、食べるため・・・とか」
なるほど、デーモンは人を喰うのか――新情報だった。
「いや、僕は雑食だけど人は食べない。
あと生贄とかも必要ない」
「あたしらのことも食べないのかい?」
「どういう意味だ? だからそう言っているだろう」
「いや、人は食べなくても、あたしらみたいなのは食べることだって・・・」
「うん? 人と君らは違うのか・・・?」
「違う・・・ていうか・・・・なんていうか」
ミリスは何かを言いあぐねて頭を掻いた。
どこか悪さをした時の子供のように、まるで自分に何か悪いところがあるみたいな、それは〝卑屈〟さを感じさせた。
ゲルニカのもと居た世界にもあった選民思想、人種主義思想のようなものだろう。
「僕から見れば、人も君らも大差ない、残念ながらね。
だからそんな顔をするな」
「・・・あんた、変わったこと言う人だね」
「まぁ、人ではないね。デーモンだから」
「はは」
「おとうさん」
と、退屈したのだろう――親同士の会話に取り残された子供みたいに、犬耳の女の子がゲルニカのローブの裾を引っ張った。
「あ? ああ、どうした」
「ねぇ、おはなしおわった? 仲直りした?」
「ああ・・・したよ」
どう答えて良いのか分からない。微妙な空気のまま戸惑いがちに答える。
「あ、それだよそれ!」
ミリスがその言葉に反応したように声を上げた。
「ん?」
「あんたが、ルルのパパさんってのはホントなのかい?」
声色から判断するに、どちらかというと真偽を疑う質問ではない。〝そう聞いたんだけどびっくりしてさ。ほんとうなの?〟と、どちらかというと念押しに近い。
申し訳なさがこみ上げる――期待させておいて悪いのだが。
「ああ・・・」
ただ、この犬耳の少女の前で否定する訳にもいかない。母親が死んだばかりだ――できるだけ今はショックになるような事は聞かせたくない。
そう思ってミリスの耳元に顔を近づけようとすると。
「ちょ、なに、なに!?」
顔を真っ赤にして、さっきみたいに口をもにょもにょさせながら驚いた――なにこの娘カワイイ
「いや、すこし耳を貸してくれないか?」
「え? なんで?」
「・・・いいから」
「ヤだよ、何すんのさ一体! ダメに決まってんだろ!」
顔を真っ赤にして、手を体の前で振り大げさに拒否する。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
何をそんなに照れているのだろうか。
「気にするな、君はわんこにちゅーされたら、それをキスとカウントするタイプの人なのかい?」
「いや、それは違うけど、でもそれとこれとは・・・
・・・いや、まぁ、わかったけど・・・」
なんとか適当に言いくるめて、こしょこしょと小声で今までの事情を説明した。
彼女は終始、真っ赤になった顔で羞恥に身を震わせ、肩をすぼめて固まっていた。
猫耳がプルプルしているのが面白かった。
「で、あんたは――」
この耳、どうなってるんだ・・・
「ふにゃぁあ!!」
殆ど無意識だった――実家で飼っていた柴犬を思い出して知らず知らずの内に手を出してしまっていた。
「あ、ごめんな」
「な、な、な、な、な、な」
口がぱくぱくして金魚みたいな間抜けさだった。
しかしそこで予想外の出来事が起こった。
「わぁ・・・」
きらきらした瞳で下から見つめるルルの顔がそこにあった。
な!? まさか聞かれては!!
そう思った次の瞬間、ショックを受けたとは到底思えない嬉々とした足取りで、それは小学生のクソガキがう○こを見つけたような興奮で、遠巻きにこちらを伺う他の村人達の許へ走り出した。
「メーラおばさーん、おとうさんがおねえちゃんにちゅーした。耳にちゅーしたー!」
「うぉおおおおい!! ちょっと待てー!!」
「ちが、こらルル違う」
ミリスも追いすがるが既に遅かった――大学生との不倫がバレた父親だった。ただ周囲の視線は何故か生暖かかった。
「はぁ、もういいさ。誤解はおいおい解くとして・・・で、そのルルを助けた時一緒に居たっていうお仲間さんは? 今は無事なのかい?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。
彼女達には鈴をつけてあるから。
今は、南西の・・・・・・」
そこまで言いかけて、ゲルニカが固まった。
なぜなら彼女達のマーカーを追ったその先、そこでは本来起こるべきではない状況が起こっていた――マーカーをただ追っただけのゲルニカにでさえ、その状況が手に取るように分かった。
「緊急事態だ・・・話は後にしよう。
少し行かなければいけない所ができた」
緊張した声でゲルニカが呟いた。




