まおうのおうこく11
「う、うわぁああああ!」
藁をまき散らし、ボロ屋の納屋の奥から帝国兵が飛び出す。
何度も転びそうになりながら、悲鳴を漏らし無様に這いずりまわる。
しばらくしてのそりのそりと、その後を追うように納屋から這い出てきたのは、重い身を引きずり四つ足で歩くの赤目のアンデッド。
明らかに人のものではない関節の動きで地を這うそれは、首をがくりと90度、不気味に傾げて目を見開くと、手足の筋肉にためをつくり、突如、死に物狂いで逃げ惑う帝国兵に向け跳躍した。
今までの緩慢な動きからは想像もつかないような速度で飛来し、
「ぐぎゃああぁあ」
帝国兵ともつれ込むように地面に倒れこんだ。
「やめ、やめて、やめ、いや、いやだぁぁあああ!!」
ギギギィィっと鉄のプレートが無理やり曲がる音がして、そして〝ぶちゃっ〟と何かが潰れる音。
「ぎぃいやぁあああ!! いだいいだいー! あぁあああ!! あぁ・・・ぁぐえ・・・ぁうぇ・・・」
ばりっばりっがりがりごりっぐちゃぐちゃ・・・
次第に薄れる悲鳴と、聞いたこともないような気味の悪い音が響き渡る。
むせ返るような臭気を吐き出しながら顔を上げたアンデッドの口には、鉄のプレートの破片と赤い肉片。
やがて男の悲鳴を聞きつけた別のアンデッド達がどこからともなく現れて、まるで生ゴミに集る汚い野良犬のように、よってたかって四肢に胴体に頭に顔に、がつがつと群がり捕食していく。
仲間が無残にも生きたまま喰い殺されているというのに、それを助けようとする者は一人としていなかった。
それもその筈、屍霊術で召喚された〝無限の城壁〟に閉ざされた村で、アンデッド達から生き延びるには、散り散りに逃げるか、誰も見つからないような場所に隠れるくらいしか手はない――奴らにみつかればそれで終わりなのである。
「・・・ふむ、そこそこ間引くことができたか」
帝国兵の死体とも呼べない食い散らかされた何かを見ながら、ゲルニカはつまらなそうに呟いた。
数を正確に把握している訳ではないが、帝国兵の数は既に当初いた半数くらいに減っていた。
折り重なる帝国兵の死体に血の海。村の方々から上がる疎らな怒声と悲鳴、剣戟の音――広場には既に帝国兵の影は無かった。
最後の仕上げを行う為に、ゲルニカはアイテム欄から〝屍肉の粉〟別名ゾンビパウダーを取り出した。
グリモアではなんて事はない銅貨6枚の店売りアイテムだ。この通称〝粉シリーズ〟のアイテムは対象を特定の状態異常にする効果を持つ。ちなみに屍肉の粉の状態異常効果は〝屍人〟である。状態異常の成功率は使用者と対象のレベル差に依存し、こちらのレベルが高ければ高い程成功率が上がる。丁度相手のレベルが自分のレベルの6割以下で100%の成功率となる。
ゲーム内ではなんとも微妙な性能である。
そしてゲルニカが右手の指にはめたグリモア内でも希少なアーティファクト級アイテム――疫病王の指輪でこのコンボは完成する。
疫病王の指輪は、ダメージを伴わない攻撃――つまり〝呪い〟や〝能力低下〟等を、効果対象の周囲に感染させ広めることができる。感染の発生確率は使用者の魔力に依存し、状態変化などの成功率はもとの攻撃の性能に依存する。
感染は対象ユニットのパーティー内、又はレイド状態にある味方の内、最も近いユニット2体に対し発動し、感染したユニットもまた連鎖感染を引き起こすが、3体目以降の感染確率は宿主の魔力に依存する。これは(100-魔力×0.21)%の計算式で計算され、つまり3体目以降の感染は魔力500程度で100%レジストできるという計算になる。
これはグリモアでは平均的な戦士系クラスのレベルMAX時の魔力値に相当する。この上から装備品などのステータス補整がかかる為、本来はもっとハードルは低くなるのだが。
しかし、この世界ではそんな高レベルのユニットは見たところ存在しない。
そして、注目して欲しいのは〝感染は対象のパーティーまたはレイド状態にある味方ユニット2体に対し発動し、感染したユニットもまた感染を引き起こす〟という部分である。つまり相手に耐性が無い場合ねずみ算式に感染は拡大する、ということだ。
そして街にいる帝国兵達は、確認したところ全員レイドを組んでいる状態にある。
これはほとんど推測の話なのだが、彼らは武器も鎧もバラバラで動きに統一性がない――恐らくこの世界では軍事学や戦術理論といったものがあまり確立されていないのではないかと考えられる。小隊や中隊といった概念が存在せず、ただ歩兵・騎兵として漫然と群れている。この状態がパーティーやレイドとして認識されたのだろう。
ゲルニカは周辺探査のスキルで、手頃な帝国兵を街の北側、村で一番背の高い見張り台に見つけると、ローブの裾を翻し助走もつけずに一気に跳躍した。
平行距離にして凡そ50m、高低差は20m程度だろうか。
一飛びで悠々と見張り台の縁に飛び乗った。
「ひぃいいいいいい!!!」
ただの偶然か、それともこの帝国兵が兵士としての洞察力に優れていたのか。
鳴りやまぬ怨嗟で作成したアンデッド達は、目や耳など身体能力が高いだけで頭はあまりよろしくない。要は見つからないように、音を立てないようにすれば良いだけなのだ。
つまり、一見逃げ場のない見張り台は隠れてしまえば絶好の避難場所な訳である。
男は祈りの言葉なのか、何かぶつぶつと小さく呟きながら目を瞑り、必死に両手を組んで泣いていた。
やがて股間から生暖かい液体が漏れだし、何がきっかけだったのか急に嗚咽しだした。
これ以上怖がらせては気の毒だとゲルニカは、帝国兵に屍肉の粉を振りかけた。
紫色の星砂のようにきらきら煌めく綺麗な粉が浴びせられる。
「ぶはっ、げほ、げほ、げほ・・・・は・・・・ぁ・・・あが・・・・・・」
ほんの少しむせた後、男の肌がみるみる浅黒く変色して、目は不気味に窪み赤く鈍く光りだした。
スキルで確認すると、一瞬で感染が広がり、まるでドミノ倒しのように一気に帝国兵を侵食していく様が見てとれた。
これで準備は整った。
ゲルニカはこれから行う演説を、何としても成功させなければならない理由があった。
それはこの世界に来て初めて、ゲルニカが自らの歩むべき道を、これから生きていく上での信念を、〝そのようにする〟と決めたからである。
例え後の歴史学者がその歴史を万一紐解いた時〝所詮は拙い素人の考えであった〟と断じられるような甘い考えであったとしても、夜中思い出して余りの恥ずかしさに布団にくるまって絶叫するようなそんな理想だったとしても――何をしても流されやすく、優柔不断で結局最後の最後になってどうしようもなくならないと決断できない、それなのに口から出る言葉だけは一人前、そんな自分が嫌いだった。そんな自分を変えたかった――だから覚悟を決め、行く道を決め、その責任の一切を負うこと決めたのだ。
電車で痴漢をされている女の子を見つけた。怖くて泣いていたけど、自分も怖くて声すらかけれなかった。ただ目を逸らして次の駅に着くその時をひたすら待った。
自分は絶対間違っていないと思いながら、何度何度も頭を下げた。みんなやっていることだからと。
大した能力なんてないのに本当はプライドだけ高くて、自分が一番傷つかない場所で、傷つかない言葉だけで話をしていた。
そのくせ友達には見栄を張る。自分はこことは違う場所で、誰かに、色んな人に必要とされている人間なんだと、思われたくて。
あんなにも必死に――今にも燃え尽きようとしている命でそれでもまだ誰かを守る。そんな気高い心を初めて目の当たりにした。猫耳としっぽの、まだ年若い女だった。
揺るがない――信じたものを貫き通す、どんなことが起こっても揺るがない、人の信念を初めて見せつけられた。年端もいかない、13歳の少女に。
恥ずかしくて顔から火が吹き出そうだった――これまでの中途半端な自分が。いい加減な自分が。
だからまずは手始めに、この村の人達を何の後腐れもなく救ってみせる。幸せなこれからを歩めるよう、自分がそうする。
後のことなど今は何も考えない。
そのように生きていく。まずはその第一歩だ。
ゲルニカはこの村で一番見晴らしのいい見張り台の屋根の上に立つと、まるで指揮者のように両手を広げた。
それだけで帝国兵を襲っていたアンデッド達が、一斉に支えを失った骨格標本のようにベシャリとその場に崩れ落ちた。
それは帝国兵にとって劇的な瞬間だった。
「おめでとう、君たち」
腹に力を入れて、それでも出来るだけ冷静に。ゲルニカはなるべく通る声で言った。
生き残った全員がその声を探した。
ギロリと剥き出した目玉、血走った眼球、熱くもないのに汗をかいて、寒くもないのにかたかたと剣を持つ手は震えている。度を越した恐怖にすり減った心が透けて見える。
やがて誰か一人がゲルニカを見つけ指を差す。
疲弊し、泥と血に塗れた兵士達が一斉に空を仰ぐ――まるで何かを崇めるように。その光景は一枚の宗教画のようでもあった。だがその中心にいるのは天使ではなく異形の悪魔である。
「もう一度言う。おめでとう。
君たちは生き残った」
誰もがそんな言葉を信じていなかった。それほどに今までの惨劇があまりにも酷過ぎた。死んだ仲間は皆生きたまま食われて死んだ。途中で何人もの仲間が狂って笑いながら殺された。
「これから君たちには、帝都に行ってもらう。
故郷に帰るんじゃない。行先は帝都だ。間違うなよ?
あるメッセージを伝えてもらいたいんだ。」
皆が固唾を飲んで見守り、一瞬、本当にほんの一瞬だけ〝そんなことでいいのか〟そう思いかけた者が少なからずいた。
「ああ、それと君たちにはある呪いをかけさせてもらった」
その言葉に地獄に突き落とされる。
「なんてことはない、人の屍肉しか食べれなくなる呪いさ。
あと、体は傷付いてもゆっくり勝手に治癒する。便利だろ?
でも神聖系の治癒魔法は使っちゃだめだよ。逆効果だから。
ポーションなら大丈夫だっけな・・・あー忘れてしまった、ごめんね」
兵士たちの喉が震える。あの禍々しいデーモンの口から出る言葉が、一体何を言っているのか全く頭に入ってこない。理解が追い付かない。
「あと、帰り道の道中で、他の村を襲ったりしてはいけないよ。
悪魔は何でも見ている」
大嘘だったが、今の彼らには効果は抜群だろう。
「帝都に戻ったら、こう伝えてくれ。
僕は魔王ゲルニカ。永久の闇を統べるウルテマデーモンロードたるこの僕が君たちのに恐怖を教えてあげよう。もしその勇気があるなら――」
ゲルニカは筋張った指を東の山々に向け、
「東で待とう。これから僕はのんびりと旅をする。東に向かってそして、そこで待つ」
誰も何も言わずその言葉を耳に焼き付けた。
「では全員お帰りの時間だ。
出口はあちら」
そう言って、まるでゲストを招き入れる貴族のような鷹揚な仕草でゲルニカが手を振ると、遠目に見える無限の城壁が、大きな音と土煙を上げて地中に沈んでいくのが見えた。
「ああ、そう。
みんな、お腹が空いた時の為に、仲間の死体を持って帰るといいよ。
いいかい? 仲間の死体だ。 村人の死体はだめだよ? わかるだろう?
そうそう、その呪いを直す方法というのがあるんだけど〝聖骸の涙〟というアイテムを使うんだ。
なに、僕の世界では銅貨10枚で売られてた。
ところで聖骸ってなんなんだろうね」
楽し気なゲルニカの声だけが、村に響き渡った。
悍ましい、邪悪と殺戮の根源たる悪魔の名が、帝国史に刻まれた瞬間だった。




