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まおうのおうこく  作者: 石原にしん
11/33

まおうのおうこく10

 私は疲れ果てた時の眠気にも似た、命の潰える瞬間のぼやけてにじむ意識の中、その光景をただ眺めていた。


「ぐぎゃああぁあああ!」


 また一人、帝国兵の悲鳴が広場に響き渡る。

 あのルルのパパさんだというデーモンが、片手で悠々と持ち上げた帝国兵の頭を握りつぶすと、熟れた真っ赤なトマトみたいにびちゃびちゃとフルフェイスの兜の隙間から液体が飛び散った。

 ひしゃげて潰れた兜の隙間から目玉が覗いていた。


 帝国兵は達は半狂乱となって皆が我先にと逃げ出そうとしているが、これだけの人数で包囲しているのだ、人と人とが押し合いドミノ倒しのように倒れる奴らまでいる始末。

 デーモンは死体の山を踏みつけて、のしのしと重い歩みでヤツらに近づいていく。


 たまらず帝国兵の幾人かが槍や剣を突き出すが、デーモンはびくともしない。

 わたしと戦っていた手練れの兵士4人は既に広場のオブジェとなり果てている――無くなった首から大きな鉄棍棒が逆さまに生えている豚男。下半身と泣き別れした弓使い。四肢を切断され自分の武器で磔にされた剣士。〝赤いぐちゃぐちゃの何か〟になった斧騎士。

 すべて一瞬の出来事だった。


 それは突然のことだった。

 土を巻き上げる大きな影、腹の底から響く轟音。

 あれは村の外れあたりだろうか。遠目に、村を囲むように城門のようなバカデカい何かが出現したのが私の目にもはっきりと見えた。

 

「ああ・・・言い忘れていた。

 街の周りには、僕の配下に固めてもらった。

 あれは無限の城壁(ヨルムンガンド)と呼ばれるサーバボスでね、生きてる城壁なんだ」


 半狂乱になっていた群衆は途端に静かになり、底冷えするような静寂が訪れた。


「あれ? 生きてるっていってもアンデッドだから死んでるのかな?

 ははは。

 村人意外が近づいたら食べていいよって言ってあるから、気を付けてね」


 もはや雄弁に語るのはあのデーモンだけだった。


――鳴りやまない怨嗟の声(ルサンチマン)


 デーモンが重ねて何か聞いたことのない呪文を口にする。ゴロゴロ唸る獅子の鳴き声のような低い声が不気味に響く。あたりが嵐の日の曇天みたいに光の差さない薄暗い雲に覆われた。


 最初はそれが何か分からなかった。薄暗くてよく見えない、村の方々から〝くちゃくちゃ〟と気味の悪い音が聞こえてきた。命の尽きかけたこの体の幻聴なんじゃないかってわたしは思ったくらいだ。

  

 その答えはすぐに分かった。

 薄暗く沈んだ暗い影の向こう。血泥に沈んでいた筈の夥しい数の死体がむくりむくりと、一体また一体と身を起こし、デーモンと同じ、窪んだ眼孔のぼうっと光る赤暗い瞳で動き出したのだ。

 その動きはゾンビのように緩慢に見えたが、しかし次の瞬間、蜥蜴や豹もかくやというような素早い動きで周りの帝国兵に襲い掛かった。


 やがて四方からカエルが潰れたような悲鳴が上がり、またもや帝国兵は大混乱に陥る。

 そこにはもう絶望しかなかった。


 一部のヤツらが藁をも掴む思いだったのか、あろうことか血走った目でわたしとルルに標的を定めた。恐らく盾に取ろうと考えたのではないだろうか――当然だ。わたしがアイツらだったとしてもきっとそうした。それしか選択肢がないからだ。


――マズい、ルルだけでも!


 群衆が殺到し、私はなけなしの力を振り絞ってルルを庇った。

 思いのほか軽々と動いた体に違和感を覚えながら、ルルに覆いかぶさろうとしたその刹那、私の丁度すぐ傍、オス象の体の二倍はあろうかという巨大な腕が現れ、すべてを薙ぎ払った。

 手は指の先まで包帯でぐるぐるに巻かれ、あちこちに赤黒い血がじとじと滲んで滴っている。


「そんなヘマを、するわけないじゃないか。

 バカだなぁ」


 場違いにのんびりとしたデーモンの声が、異様な響きで木霊した。


「おねぇちゃん、目・・・イタイ? 体はだいじょうぶなの?」


 不意に胸のすぐ下から声をかけられ、目を向けるとルルが心配そうにこちらを見上げていた。


「ああ、大丈夫さ。こんなの屁でもないよ」


 それでふと気づいた。

 そう言えば倦怠感どころか、体中痛みすら無い。

 目に刺さった矢の痛みだけが、さっきまでとは違いより鮮明になっている。


「な・・・!?・・・どういう・・・」


 私は帝国でもトップクラスの冒険者だ。ランク11にしては歳も特に若いがこれでも経験は積んでいるつもりだ。ちょっとやそっとのことじゃ狼狽えない自身もあった。


 だけど、これは・・・


 私はそれ(・・)を見て驚愕した。

 腹にも足にも、ぐちゃぐちゃに潰された筈の腕にも傷らしい傷がなかった――そんな筈は無い。

 恐る恐る顔に触れる――触りなれた自分の唇の感触、鼻・頬おでこ、そして右目から生えた矢。

 驚くべきことに、右目に刺さった矢意外の傷が、恐らく全て完治している。


 こんなことはあり得ない。魔術大国ガーラーンの最高位の魔法薬でさえ、それこそ失われた文明の古代遺跡から発掘されるようなアーティファクト級のエリクシルでさえ聞いたことのない効力だ。


――こんなものを一体どうやって・・・。いや、そんなことはどうでもいい。


「づっっっあぁああああああああああ!!!」


 私は無理やり右目の矢を引き抜くと、振り払うように地面に投げ捨てた。

 痛い。すっごい痛い。なんだコレ。今までで抜群に痛い。


「あぁぁあぁぁぁぁぁ・・・」


 痛みで喉から情けない声が漏れるが、子供みたいにわんわん泣かなかったことを褒めてほしい。


「わぁあっ、わぁっ、おめめ、おめめ、イタイ、イタイよ?」


 ルルがこれ以上ないくらい慌てて立ち上がり、ちいさな両手で私の目を押さえようとしてくる。

 小さな飛沫が飛び散り、ルルの頬を汚す。

 本当にこういうところはママさんそっくりだ。可愛い。

 私はルルの頬を、汚れた指で拭い「大丈夫だから」と言い聞かせて座らせた。


 片目で辺りを素早く見渡し打ち捨てられていた自分のハルバードを即座に回収する。

 ルルの前にすぐさま陣取り武器を構えた。

 今はまだこの場所にいた方が安全だ。あのデーモンがきっと守ってくれる。


 傷も癒え、冷静になった頭で、そこではた(・・)と気付く――可笑しな話だ。あらゆる悪逆の根源である悪魔(デーモン)に、なぜこうも容易く信頼を預けたのか・・・。

 助けてくれる、だなんて思ってしまったんだろう。

 

 ああ、でも・・・あのデーモンの大きな背中や、優しい腕にきっと絆されしまったのだ。

 まるで白馬の王子さまに助けられたお姫様が、当たり前に恋をするみたいに。

 ヤバい、恥ずかし過ぎて死ねる。


「うん、そうだよ。おとうさんは優しいデーモンさんだよ?」


 不意に背中から声をかけられてドキリとした。

 ルル(こいつ)は人の心でも読めるのだろうか・・・。

 それでも正直、あまり悪い気はしなくて、私は「ああ、そうだね」とルルに笑って、しっかり前を向いた。




 おかあさんがお仕事している間は、良い子でいなくちゃいけないから、きっとおとうさんの時もそうだよね?

 わたしはいつもそうしてるみたいに、おねえちゃんの横に座って膝を抱えた。


 悪い兵隊さんたちが、夏、畑で採れたトマトみたいに〝くちゃり〟と潰れる――おかあさんを殺した悪い兵隊さんたちが。

 おかあさんは死んじゃった。お馬さんに踏まれて死んじゃった。

 でもなんでかな。ぜんぜん悲しくない。涙も出てこない。


 あ、そうだ。それから大事件があったの――おとうさんが帰ってきた。って言ってもおとうさんのことはルル全然覚えてないんだけど・・・。

 でも、おかあさんが〝あなた〟って呼んでた。〝あなた〟って隣の隣に住んでるメーラさんが〝だんなさん〟を呼ぶときに使うことばだよね?

 おかあさんの〝だんなさん〟はルルにとって〝おとうさん〟だよね?

 おとうさんも「おとうさん?」て聞いたら、じーっとわたしの顔を見た後「うん」て言った。

 だからおとうさんだ。


 目の前でおとうさんが闘っている。


「うわぁああああ!」


 斧を持った兵隊さんが、大きな声を上げながらおとうさんに襲い掛かる。

 大きな斧が当たってもお父さんの体はびくともしない。そのままおとうさんはそのまま斧を持った兵隊さんを潰した。

 おとうさんはすごく強い。


 心配なのはおねえちゃんだ。おねえちゃんの傷はおとうさんが〝ちゅー〟して直してくれたけど、目から矢が生えててとっても痛そう。

 おねえちゃんは、言葉遣いは乱暴だけど、本当はすごく優しいって知っている。


 わたしはあんまり喋るのが得意じゃないから、この村に来てからも友達はできなくて、ずっと一人で地面に絵を描いて遊んでいた。

 ほんとうは、すごくつまらなくて村のこどもたちがやってる〝なげわくぐり〟とか〝はなゆびずもう〟とか〝ねずみてっぽう〟っていう遊びを、わたしもやりたいな、って思っていた。どんな遊びかは知らないけれど、遊んでいる子どもたちはとても楽しそうで、わたしはいつもそれを眺めているだけだったから。


 でも、そうして一人で、おかあさんの帰ってくる夕方になるのを待っていると、おねえちゃんがやってきてわたしにこう言うの。


――おチビ、また一人かい?


 わたしはおチビじゃないけど、かならず「うん」と答える。

 それからおねえちゃんはわたしを家に連れて行って、決まって色とりどりのきらきら光る小さな甘いガラス玉みたいなのを一つくれる。

 口に入れると、甘くてコロコロしてて果物の香りがして、すこしづつ融ける。それが王都ではとても高価なものだっておかあさんが教えてくれた。


 そして、私が甘いガラス玉を口の中でコロコロさせていると、おねえちゃんはいつも、とっておきのおとぎ話を話しはじめる。

 わたしの知らない外の世界の、もうほんとにすっごいすっごい冒険のおはなし。

 いつも内容は違っていて、長い斧みたいな〝はるばと〟っていう武器を持ったネコの戦士と、キツネの魔法使い。私と同じ犬耳族(ウルカン)の男の子のシーフ、ひょろめのエルフの弓使い。エルフの弓使いは100歳になるおじいちゃん(・・・・・)なんだって。


 4人は深い森や、雪のだらけの寒い山や、王都や他の国を旅するの。

 大きなヘビを倒したり、おおきなゴリラさんを倒したり、おおきなイノシシを倒したりするの。

 そのおとぎ話はとってもおもしろくて、いつもドキドキする。

 ネコの戦士が負けそうになった時は〝がんばって!〟て応援した。

 だからわたしは、だんだんおねえちゃんのお部屋に遊びに行くようになった。

 私が膝を抱えて座ると、おねえちゃんはおとぎ話をはじめてくれる。

 あ、でも、甘いガラス玉も楽しみだけど。


 おとうさんが戦ってる。

 おかあさんを殺したわるいやつらを倒してくれる。

 でも、わるいやつらを、いくら倒してもおかあさんはもどってこない。

 あれ、なんでだろう。

 そう思ったら涙が溢れてきた。

 おねえちゃんの優しい背中と、おとうさんの大きな背中を眺めながら、わたしはわんわん泣いた。

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