魔女姫に恋した男。
ふさふさな毛並みを持つ黒猫が、俺の隣に座った。
琥珀色の瞳が、じっと俺を見つめる。
「京センセが・・・俺を年下の後輩としか見てくれない・・・琥珀・・・」
ぎゅうと目の前の黒猫を抱きしめた。
名前は琥珀。黒い毛皮。前足の爪先あたりに、ちょこんと白い毛が混じっている。長毛種の血が入っているのか、かなり大きい。
琥珀は俺を慰めるかのように、頬をぺろりと舐めた。ホント、頭の良い猫。
俺は一昨日、琥珀の飼い主である橘京子先生の自宅に遊びに行った。つうか。正確には俺が風祭教頭を脅迫して、連れて行って貰ったのだ。
だって、気になる女性の家に行くというのだ。何が何でも二人っきりにさせたくなかった。だが。
「・・・酒飲み過ぎで風祭さんと野球拳って・・・何やってんだろ。ぜってぇ嫌われた。最悪だああ。」
満開の桜の木の下で、微笑んでくれた優しい人。
猫を相手にしゃべる所も、時折見せる腹黒い言動も。
「琥珀・・・どうすればいいんだ。」
目の前の黒猫が目を細めていた。
「何やってんですか。君は」
黒く艶のある髪をゴムで一つに束ね、フレームレスのメガネに白衣の女性ー橘京子先生が笑っていた。
「京センセ」
「渡すものがありまして。はい。コレ」
なんだろう?
俺は袋を見つめた。
「お弁当。要らないのなら・・・」
弁当包みを俺から取り上げようとした京センセから、身体をそらして弁当つづみを守る。
その様子を見た京センセの目元に笑い皺ができた。
か、可愛い。
「知先生。酒はほどほどにしなさいよ。」
そう言うと、京センセは手を振って去っていった。
職員室に戻り、俺は弁当包みの包みを開けた。
包みを開けると、中から出てきたのはベーグルサンドイッチ。卵とマヨネーズ。ハムと比較的シンプルな代物だった。
もう一つはスープジャー?
なんだろう。
「ポトフ・・・野菜嫌いだっていったから、食べられるように考えてくれたのかな。」
一口ポトフを食べた。
「旨い・・・やっぱ京センセ、好きだなあ。俺」
ヤバイ、俺、京センセイに胃袋をがっちり捕まれている。
「知。一応言っとくが、それ全部、お京の手作りだぞ」
「手作り?」
飯を食っていた風祭教頭がコーヒーを飲みながら行った。
「アイツ、パンから何から全部作れるんだよ。あー見えて、凝り性なんだ。」
「風祭さん。」
「ん?どうした。」
「決めた。俺、京センセの恋人に立候補する。」
ぶっ。
コーヒーを飲んでいた風祭さんが、噎せた。どうやらコーヒーが気管に入ったらしい。
「・・・オマエ、確か・・・恋人」
ゴホゴホ言いながら風祭さんが何か言おうとしたが、俺は彼の言葉に応えた。
「ここ2年、交際している女はいない。京センセ一筋。だって、あんな綺麗で可愛い女性、見たことないもん。俺」
「・・・可愛い。あの【魔女姫】が?」
俺の言葉に、風祭さんは首を傾げていた。
無理もない。
生徒内では【魔女姫】と何故か恐れられていた。頭が良い人だからかな。
だけど俺にとっては。
「可愛い。可愛くてたまらないよ。」
俺の言葉に、風祭さんは笑った。