ふたりごと
「ほれ、残飯だけどな」
日も落ちてきた午後。納屋の掃除を終わらせた私たちは厨房の前にいました。
「ありがとうございます、ナッシュさん」
立派な髭を蓄えた料理人から、小窓を通じて食事を受け取る。こんなに毛が生えてる人が料理人なのに、どうして私は厨房に入れないんでしょう。
木皿の上には豚の腸詰やチーズ、パンが纏めて乗せられていました。――罰を働いた私たちが食事と休憩を貰えたのは、ひとえにルベルさんの情けです。
「庇ってくれてありがとうノクシー…あのまま飢え死にするところだったよ」
フィーリアは日頃の行いが祟ってか、作業に戻されかけていましたが。
「元はと言えば私が悪いので…」
花を絶った手のひらを見る。肉球にはもう花びらの一片も残っていませんでした。
「花壇を荒らしたんだってな?奴隷が嫌にでもなったか?」
「ちょっとナッシュさん!」
「おお怖い怖い。冗談だっつの」
フィーリアが「奴隷」というワードに反応する。彼女は私が奴隷扱いされる事を昔から嫌います。
「大丈夫ですよフィーリア」
「でも――」
「事実ですから」
笑いかけましたが、彼女の方が悲しい顔をしてしまいました。優しさが胸に沁みますが、同時に申し訳ない気持ちにもなります。そんな顔しないで。貴女には笑っていて欲しいんです。
「…蜂に驚いて花をいくつか抜いてしまったんです」
すかさず自分の尻尾を押さえました。ファルス卿の事は言いません。食堂での会話が聞こえる事は、あまり知られない方が良い気がします。
「あれ?でもなんかオカマとか叫んでなかった?」
このバカ。今日のモフモフは禁止です。
「はぁ?オカマ?」
「――お、お花って言ったんですよ!あんな所で急にオカマなんて叫ぶはずないじゃないですかまったくもうフィーリアったらアハハハ!」
尻尾でフィーリアのお尻をバチンと叩く。隠し事をしている合図です。
「いたぁ!...そ、そうだよねぇ!お花かぁごめんねぇ!」
「ご飯も冷めちゃいますしそろそろ行きましょうか!ね!」
「そうだね!じゃあありがとうナッシュさん!」
「あ、おい!」
飛び出るようにその場を離れました。
「…元から全部冷めてるぞ」
――
庭園のベンチに二人で腰掛けると、例の花壇が何事も無かったかのように佇んでいました。流石はルベルさんです。
「オカマってもしかしてあの獣人嫌いのファルス卿のこと?」
「そうです。セリスさんが街に現れたと今朝話してまして――」
腸詰を口に運ぶ。塩漬けされた肉のうまみが広がります。態度は悪いですが、ナッシュさんの腸詰は絶品です。
「相変わらずすごいねノクシー。ここから食堂の会話が聞こえちゃうんだ…」
「秘密ですよ」
私とフィーリアの間にはいくつか秘密があります。
ひとつは私が嘘をつくと尻尾が動くこと。
もうひとつはフィーリアにこっそり文字を教わっている事。
そしてもうひとつは――
「それにしても何だったんだろうね。あれ」
納屋で見つけた箱の中身の事です。
――
「せーの――」
金銀財宝の期待を胸に箱の蓋を開きましたが、そこにあったのは一本の、木で出来た『何か』でした。
「こ、これは――」
細長い首のような部分と、丸く太い胴体のような部分に分かれているそれは、表面は美しく磨かれており、埃まみれの外装からは想像出来ないほど輝きを放っていました。
そして首から胴にかけて錆びた金属の弦が六本伸びていて、胴の中央に空いた大きな穴の横には黒い雫のような装飾が施されていました。
所々には錆びや小さな傷があるものの、物自体の状態は良いように見えます。
が、しかし――
「何?」
これが何なのか、全く見当もつきません。
何か作業に使用する道具としては丁寧に扱われすぎているし、鑑賞用のオブジェとしては地味過ぎる気がします。儀式に使ったりする物なのか、それとも――
「よいしょ」
ぶつぶつと悩んでいると、フィーリアが突然それを持ち上げました。
「フィフィフィフィーリア!危険な物かもしれませんよ!」
「大丈夫。これ、たぶん楽器だよ」
「ガッキ...?」
「街で似たようなの見た事あるよ。あれは弓みたいな形だったけど…音が鳴るんだよ」
――ビィーン...
フィーリアが弦に指を触れると、張り詰めた糸を弾いたような音が納屋に響きました。どこか寂しげで、でも暖かみのある音。
「何に使う物なんですか?」
「音楽だよ。歌を歌う時に一緒に弾くの」
「オンガク...フィーリアもオンガクは出来るんですか?」
「鼻歌ぐらいなら歌えるけど...楽器は無理だなぁ。相当練習しないといけないらしいし」
「そうなんですね...」
オンガクも『外』の世界では当たり前の物なんでしょうか?まだまだ知らない事だらけです。私は少しの怖さと、少しの寂しさと、少しのワクワクが胸中で混ざり合っていました。
「これは何と書いてあるんですか?」
ガッキの首部分の先端を見ると、文字が記されていました。しかし見たことがない文字です。
「えーとね...あれ?なんだろうこれ」
『YAMAHA』
「うーん...?読めないかも」
「そうなんですか?」
「うん、公用語じゃない。別の国の言葉みたい。持ち主の名前とかかな」
国が違うと言葉も違うんですね。それも初めて知りました。獣人には元々国があったと聞いた事があります。獣人の言葉もあるんでしょうか。
「この国のガッキじゃないという事ですか?」
「かもね。旦那様が面白がって買ったんじゃない?」
「確かに...ん?」
ガッキの入っていた箱を見ると、手のひらほどの大きさの、光沢のある紙がポツンと残されていました。
拾い上げると、殴り書きのような文字が書かれています。
「これもさっきの国の言葉ですか?」
「うーむ...?これはさっきとまた違う言語な気が...」
「なんと、ガッキとは持ち主が別なんですかね」
紙を裏返すと、笑顔で大きな向日葵を持っている、黒髪の女の子の絵が描かれていました。
「わぁ...すごい...」
私たちが驚いたのはその絵の精巧さでした。私は世間知らずですが、これ程の大きさの紙にこれ程正確な絵が描けるものなのでしょうか。
「――しまっておきましょうか」
「...そうだね」
その絵を見れば見るほど、興味本位で箱を開いた事が何故か恥ずかしく思ってきました。これ以上深く詮索する事は、何かを冒涜するような気がしたからです。
フィーリアも同じ気持ちだったのか、あっさりとガッキを戻して蓋を閉め、元の場所に置きました。
――
「――フィーリア、あれはもう見なかった事にする約束だったでしょう」
気づけば、野鳥たちが私たちの食べこぼしを必死に啄んでいました。
「うう、ノクシーは気にならないの?」
「もちろん。もう忘れました」
「...尻尾」
「ゔ」
気にならないと言えばもちろん嘘になります。
しかし――
「あれはもう私たちが考えたって仕方がない類いの物ですよ」
「そうだけどさ、あれの音聞いてみたくない?誰か弾ける人いないのかなあ」
オンガクという奴ですか。異国の物の扱いを知っているような人がこの農場にいるとは思えません。
「さ、そろそろ行きましょう。無駄話してるとまたルベルさんに怒られますよ」
「――ノクシー!フィーリア!」
立ち上がると、呼び声とこちらに向かう足音が耳に飛び込んできました。
「ここにいたかい」
ルベルさんでした。少し息が荒いようです。無駄話が過ぎましたか。
「すみませんルベルさん、今すぐ戻ります!」
「待ちなノクシー」
走り出した瞬間、むんずと首元を捕まれました。身体が浮き上がり手足がぶらんと垂れ下がります。
「お前はこのまま庭園で隠れてな。フィーリア、私についてきな」
「何かあったの?」
地面に下ろされると、ルベルさんの神妙な顔が見えます。
「――ファルス卿がここに向かってる」
バサバサ、と野鳥たちが一斉に飛び立ちました。




