孤独とランデブー
「新入り!」
必死にノコギリを動かしている純人に声をかけると、作業の手をピタリと止め、振り返った。ここに来た時はガキみてえな面をしていたが、口元や顎周りには薄らと無精髭が生えて来ていた。
「ソイツを、切り倒したら、休憩だ」
身振り手振りを交えながら伝える。不格好だが最初に比べればマシなコミュニケーションが取れるようになった。
ヤツはコクコクと頷き、すぐ作業に戻る。
オレは近くの切り株に腰を下ろし、ひと足先にパンを齧った。この半月でコイツについて分かったことがいくつかある。
まずはクソ真面目なこと。
「休め」と言わなきゃ日が暮れても働く。
「食え」と言わなきゃ飯も食わねえ。
「寝ろ」と言わなきゃ立ったまま気絶しやがる。
やらねえよりマシだが、いつ倒れるか気が気じゃねえ。更に狂ってやがるのはこの状況に文句ひとつ垂れねえことだ。
大抵の奴は早くて三日で音を上げる。
ただでさえ開墾・開拓は危険が伴うイかれた肉体作業だ。加えて飯も少ねえ。寝床も小屋の藁にズタ布を敷いただけのクソベッド。
極め付けに奉公人の嫌がらせ…と言いたいとこだが、そういえばあのクソッタレのハイエナはこの半月、一度も作業場に来なかった。
とは言え、この環境で愚痴のひとつも零さねえのは気味が悪くて仕方ねえ。最初に「黙ってろ」っつったのは俺なんだが。
だが、物覚えは悪くない。一度教えた事は律儀にこなすし、一度やるなと指示したことは絶対にやらない。伐採に限った話だが、一週間経った時点でかなり様にはなっていた。
俺の指示無しで勝手なことをしたのは、こないだのヴェスペルの一件の時だけだ。あの後、新入りは何事もなかったかのように斧を振っていた。
メキメキ、と幹が自重に耐えきれず、音を立てて倒れていく。三十分、てとこか。最初は倍以上の時間がかかっていたが、大したもんだ。
コイツのおかげで効率は上がりそうだが、この半月で進捗は…まあ多く見積もっても二割ってとこか。それも伐採のみでの話だ。伐採の後は切り株の処理だの岩の除去だの用水路の掘削だの…いや、今考えるのはやめておこう。
新入りが道具を置き、振り返ってオレに頭を下げる。作業終わりの合図だ。
「ほらよ。今日は芋付きだ」
パンと蒸し芋を袋ごと投げ渡す。ヤツは受け取るとまた頭を下げ、隣の切り株に腰掛けた。
度々頭を下げるが、何の真似か分からん。旋毛でも見せつけてんのか?間抜けな仕草に見えるが、母国の文化か何かだろう。まあ、興味はない。
ヤツは呑気に鼻歌を唄いながら、芋に夢中で齧り付いていた。それを横目にオレは最後の一欠片を口に放り込む。よくもまあ、こんな味もついてねえただの芋に目を輝かせられるもんだ。
あと半月で一ヶ月。
今の所、脱走する気配は微塵もない。
この農場に来てからもう一年になるが、こんな奴隷は初めてだ。好きで奴隷やってる訳じゃないが、オレは脱走を企てたことがない。
捕まればどうなるかぐらい分かってる。こんなお飾りの翼と細い足じゃ、“ヤツ“からは到底逃げられないことも分かってる。この農場もクソだが、それ以上に外の世界がいかにクソッタレかも分かってる。
物心ついた時から差別され続けて来た。仮に万が一抜け出せたとしても、その先で待ってるのはゴミみてえな世界だ。自由なんかこの世のどこにもありゃしない。
だったら、このまま奴隷でいた方が…マシだ。
…でも、いつまでだ?
奴隷には解放制度があるが、オレの翼と同じ、お飾りの制度だ。大抵の奴は老いるか、身体が壊れて使えなくなったら「解放」される。
そんな連中の行末は想像に難くない。
下を向くと、地面に落ちたパンの食べこぼしを小鳥が啄んでいた。オレが見ていることに気づくと、パタパタと小さい翼を羽ばたいて森の奥へ消えていく。
あんな小せえ翼でも飛べるっつうのに、情けない。なんだってオレはニワトリの獣人なんかに生まれたんだ。
気がつけば誰かが隣に立っている。新入りだ。オレを見つめる目は休憩の終わりを告げ、次の指示を待っていた。
「なあ、お前さ、嫌になったりとかしねえのか」
「…?」
気づけば話しかけていた。ヤツが首を傾げる。
「いや、何でもねえ……クソッタレ」
ひとりで作業すんのは慣れてるが、相手がいないのと、相手がいるのに喋らねえのとは訳が違う。
クソ、何でオレの方が疲れてんだ。泣き言ほざいてる時間はない。作業に戻ろう。
切り株から立ち上がった、その時だった。
「……クソ、タレ?」
片言の悪態が、ヤツの口から放たれていた。




