はじまっていく たかまっていく
言葉が通じねえだと?物好きも大概にしやがれ。仕事を教え込むだけでも面倒くせえってのに、教師ごっこする気はねぇぞ。
問題の野郎は頭を下げたままだ。さっきからそれはなんなんだ?バカにしてんのか?
「おいお前…うお!?」
近づいて声をかけた瞬間、ヤツの頭が鼻先を掠めた。急に動くんじゃねぇ。クソ、驚かされるのは嫌いなんだ。
「クソッタレ…なにしやがる!」
「・・ーーー!ーー・・・...・...」
手を差し伸べられる。
「......だから何言ってっか分かんねぇって...」
それを無視して立ち上がる。ヤツは俺に向かって手を伸ばしたまま、物珍しそうな目で俺を見ていた。
「...んだよ。獣人が珍しいのか?」
そうだと言わんばかりに、俺の腕についたお飾りの翼や尻尾をガキみてえな間抜け面で見てる。この国の連中が獣人を見る目じゃねえ。なんだ、こう、新鮮だ。
そういえばヤツの顔を初めてまともに見る。黒い髪に黒い瞳。この辺りじゃ見ねえ人種だな。歳は…若えな。純人の年齢は良く分からんが二十歳ぐらいか?
言葉が通じねえってことは異国人か。身体つきからして戦争奴隷ってとこだろ。
「なあおい、いつまで見てんだ」
「…!・・・ーー!!!!!」
「だあっクソっうるせえな!」
周りで農作業中の奉公人から視線を感じる。これはマズいな。
「おい新入り、ここで生き抜くために大事な事をまず一つ教えてやる」
1歩ずつ詰め寄る。ヤツは微動だにせずじっと俺の目を見ている。
「絶対に目立たない事だ。分かるか?つまり」
ヤツが何か言おうと口を開こうとしたが、すかさず翼で塞いだ。
「黙ってろ。シーーーだ」
指を1本クチバシの前で立てる。我ながら良い気迫だ。
「分かったな?」
ヤツが頷く。口から翼を離してやる。ようやく静かになりやがった。
そこら中で異国語をバカデカい声でペチャクチャ喋られたら"アイツ"の格好の獲物だ。
余計な事されて仕事が増えんのが1番面倒だ。しばらく黙ってもらおう。
――
「さて、そしたら仕事なんだが......」
どうやって教えりゃいいんだ?身振り手振りで全部やるしか無えのか?
「めんどくせえ...とりあえずやらせりゃ分かるか...おい、ついて来い。」
俺が歩き出すと犬みたいに付いて歩き出す。純人に対して上から指図するのは悪い気分じゃなかった。
「案内してやるよ。どうせ聞いても分かんねえだろうがな」
――
「――この無駄にだだっ広い農場全て旦那の敷地だ。畑には絶対入るなよ。旦那よりも前に農夫どもに殺されるぞ」
「そこら辺ほっつき歩いたり農作業してんのが奉公人だ。俺らと違って金で雇われてる。農夫と屋敷のメイドはマシだが、クソッタレの用心棒には近づくな。ろくな奴がいねえ」
「あのバカデカい屋敷が旦那の根城だ。こっちも絶対に入るなよ。というか入れねえ。ご立派な塀の周りにゃ奴らがウロウロいるからな」
「馬小屋の世話も仕事だが...出来るようには見えねえな。俺がやる。白馬のサムには触るな。旦那の愛馬だ。」
「そんでもってここが......」
立ち止まる。新入りもそれに倣う。目の前には切り株だらけの荒地と、その先に広がる鬱蒼とした山林。
「俺らの仕事場だ」
振り返る。ヤツは直立したまま、ただ俺の目を見つめていた。
「見ての通りだ。木を切って、岩をどかして、畑を増やす。それが俺ら奴隷の仕事だ。分かったか...って、どう見たって分かっちゃねえな。」
バカ真面目に真剣な顔で聞いちゃいるが、どう考えても理解できていない様子だ。
「あー…えー...まず、木を...切る」
木を指さして、ノコギリで切る動作を見せる。
「木を切るんだ、やってみろ」
新入りを指さす。頷いて、同じように動く。
「そうだ、次は岩を...どかす。そうだ、合ってる。最後に畑を...耕す!」
コクコクと頷きながらバカ真面目に真似をしている姿は、最初の得体の知れない物体とはまるで別人に見えた。
「そうだ!ハハハ、何だよやれば出来るじゃねえか!」
思わず背中を叩く。言いたいことが伝わった事実に、知らない内に高揚感が湧き出していた。いや、いけねえいけねえ。純人相手に何考えてんだ。どうせコイツも一ヶ月でおさらばだ。
でも、意外となんとかなりそうかもな。
そんな時、背後から近づいて来る足音が聞こえた。
「オイオイ、随分楽しそうじゃねえか、チキンのピヨくん?」
クソッタレ、最悪の野郎が来やがった。
――
「可哀想な奴隷クン達に飯持ってきてやったんだけどよォ、お邪魔だったかな〜?一生懸命仲良く踊ってたもんなァ」
この農場には獣人が俺以外に4人いる。農耕牛の兄弟マーグとヌース、屋敷の猫メイドのノクシー。
――そして、唯一コイツは奴隷じゃない。
「…ヴェスペル」
「様をつけろよニワトリ野郎。相変わらず立場が分かってねえみたいだな。オツムもニワトリそっくりか?」
ハイエナヴェスペル。用心棒の中で唯一の獣人。
今まで俺の所に来た奴隷達の大半はコイツの"可愛がり"に耐えられず脱走を企てた。そして、足の速いコイツは逃走者を追うのに最適って訳だ。
要するにクソッタレだ。
「その間抜け面の純人が新入りか?旦那も懲りねぇなァ」
「...お前も懲りないな。そろそろ新人いびり以外の趣味を見つけたらどうだ?」
庇ったわけじゃない。毎度毎度コイツに後輩を壊されてムシャクシャしてるだけだ。
「あ〜?」
ドゴ、と鈍い音と共に腹に衝撃が走る。
「あと何回蹴ればその生意気が治るか試してやろうか鳥頭ァ!?弱え癖にいっちょ前に格好つけてんじゃねェよ臆病者がよォ!」
更に二度、腹に蹴りを入れられる。三度目が腹に届く瞬間、手でそれを止めた。
「ガハッ...臆病者は...どっちだよ」
「.........あァ?」
「テメェがご丁寧に腹ばっか狙うのは旦那に痣がバレない為だろ.....ビビってんのはお前だろうがよ」
「.........」
「顔面殴ってみろよ。出来ないんだろ、臆病者」
マズい、言い過ぎたか。
「テメェ......」
拳が来る。反射で目を瞑ってしまった。
「.....?」
おかしい。殴られてないのか?
「……新入り!?」
目を開けると、そこには拳が顔面にめり込んだ新入りの姿があった。
――
「おい、なんだお前」
ヴェスペルが拳を離す。すると同時に、新入りが頭を深々と下げた。
「...おい、何してるんだコイツ」
俺が分かる訳がない。けど、庇ってくれた...のか?
「新入りクンよォ、お前は後で散々可愛がってやるからさ、どいてもらってもいいかなァ?」
ヤツは微動だにしない。
「どけ」
動かない。
「おい、どけっつって...うお!?」
ヤツの頭がヴェスペルの鼻先を掠める。
「いきなり動くんじゃねえ...よ...って...え?」
新入りは上体を起こすと共に、服を捲って腹をさらけ出していた。俺もヴェスペルも状況が理解できずただ呆然としている。
「え...何して...え?」
ヴェスペルのこんな間抜けな面は初めて見る。俺も人の事言えない顔をしてるが。
新入りは膝蹴りのジェスチャーをした後、自分の腹を指さした。
「...は?」
新入りがヴェスペルを真っ直ぐ見つめる。
「...蹴ろって事か?」
頷く。言語は通じてないが、何を言ったかは分かったらしい。
「あー...えーっと...こう...?」
ヴェスペルがゆっくりと膝を当てるが、首を振る。もっと来いと言わんばかりに、勢いよく再度膝蹴りのジェスチャーをする。
「こう?」
鈍い音が鳴る。首を振る。まだ足りないらしい。
「こうか!?」
首を振る。口の端から汁が垂れている。
「これでどうだァ!!」
新入りが、宙を舞った。押し出された吐瀉物が日光を浴び、空中でキラキラと輝いている。
俺とヴェスペルは、それをただ見上げる事しか出来なかった。
――
ドチャ、という音と共に我に返る。
「おい無事か!新入り!」
死んだ魚みてえにピクピクと動く体を抱き上げる。脱力したそれは鉛のような重さだった。
ゆさゆさと揺さぶっていると、視界の端にそそくさと逃げようとしてるハイエナの姿が見えた。
「ヴェスペル!待て!」
「んだよ!気持ち悪いんだよソイツ!今日のとこは許してやるから帰らせろ!」
「飯!置いてけ!」
ズタ袋が投げ込まれる。中にはパンが見えた。ヴェスペルは既に視界から消えていた。
「おい...生きてるか?」
新入りに目をやると、何かを手に持って左右に動かす手振りを見せてきた。
それはまさしく木を切る動作だった。




