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輝きだして走ってく

 一羽の鳥が、遥か上空を弧を描いて飛んでいた。


 鷹や、鷲の類だろうか。大きな翼で風を捉えるその姿は、「自由」そのものを象徴しているかのようだ。


 俺はただ、それを見上げることしか出来なかった。


 帰る国もない。家族もいない。ご立派な翼はあるが、飛ぶことなんてとうの昔に諦めていた。


 獣人には様々な種族がいる。


 力があるヤツ、素早いヤツ、鼻や耳が利くヤツ、飛べるヤツ。


 俺は、そのどれでもない。


 役立たずのニワトリ。


 それがこの世界で俺に与えられた、クソッタレの看板だった。


 ――


 バシン。


 景気よく、俺の頬が叩かれる音が馬小屋に響く。


「何度言ったら分かるんだお前?」


 目の前の純人の男が俺を睨みつけていた。


 奴隷はクソだ。


 毎日がクソの連続だ。理不尽を数えたらキリがない。


 理由なく呼び出されて、理由なく使用人に殴られることもある。


「……すみません」


 鳥頭のせいか知らんが、何かした覚えはない。いつも通り馬の世話をしていただけだ。


 それでも謝る。謝罪以外の返答をあちらは求めていない。


「すみませんじゃねえよ。大体お前な――」


 クドクドと説教が始まる。ああ、早く終わんねえかな。

 お仲間が戦争に勝っただけで、随分と偉くなれるもんだ。戦争ってのは勝った方がいいらしい。


「"ピヨ"!いるか」


 説教を遮るように、主人の声が飛び込んできた。

 ニワトリの獣人だから"ピヨ"だとよ。何回聞いても最悪のセンスだな。


 俺を叩いていた使用人が舌打ちをしてその場を離れる。


「…なんでしょう、旦那様」


 頬を擦りながら外に出て、気怠げに答える。

 白馬に乗った主人は俺を見下ろしていた。


「元気そうで何よりだ。そんなお前に今日は良いニュースを持ってきたぞ」


 良いニュースだと?ふざけやがって。今まで良いニュースをアンタの口から聞いた試しがない。


「新入りだ。仕事を教えなさい。そのうち来る」


 それじゃ、と言い残し旦那が馬を走らせる。


 説明不足なのはいつもの事だ。慣れてる。どちらにしろこっちには「イエス」しか選択肢はない。


 それにしても新人か。やっぱり悪いニュースじゃねえか。

 旦那は物好きだ。毎回売れ残りの変な奴隷を買ってくる。


 前はガリガリの豚。その前は鼻が潰れた犬。そしてその前が、役立たずのニワトリ。

 残念ながらこの農場に残ってるのはニワトリだけだ。

 

 どうせ今回のヤツも一月もすりゃ脱走未遂で捕まるのが関の山だ。

 そんな"消耗品"にいちいち仕事を教える事自体が時間の無駄ってもんだろうが。


 金持ちの道楽に付き合わされるこっちの身になって欲しいもんだ。


 それで?その新入りはどこにいるんだ?馬には旦那しか乗って無かったぞ。そう言えば「そのうち来る」とかぬかしてたな。


 どういうことだ?誰かに運ばせてんのか?


 仕事場のだだっ広い農場の奥の森に目を向けた。この森を腹が空くほど歩けば街に着く。


 奴隷になる前はあの街でよく盗みを働いたもんだ。あの頃と今、どちらがクソだったかは、今となっちゃもう分からない。


 風で揺れる木々を見つめていると、森の出口から一人の男が走って来るのが見えた。


 みすぼらしい格好をしている。だが、走り方だけが妙に綺麗だった。


 腕の振りも、足の運びも無駄がない。どこか余裕を感じる走り方だ。


 まさかとは思うが、アレか?


 よく見るとその男は裸足のようだ。


 有り得ない。手枷どころか縄すら縛ってねえじゃねえか。それに街からここまで走って来たってのか?


 状況が理解出来ないまま、男が俺の目の前で止まった。


 それだけの距離を走ってきたはずなのに、男は息を切らしていなかった。


 服は泥だらけだ。裸足だ。汗もかいている。

 なのに、呼吸だけが妙に静かだった。


 かと思うと、突然息を鼻から大きく吸いこんだ。


「ーーー・・・・ーーーー!!!ーーー・・ー!!!」


 ビリビリと空気全体が振動するような感覚だった。なんつう大声だ。思わず耳を塞いだ。


 あまりにデカい声にも驚いたが、より驚いたのは声量の割に何言ってるか全く理解出来なかった事だ。


 当の本人は深々と頭を下げてやがる。何のマネだ?

 

「おお、来たみたいだな。すまんピヨ、ひとつ言い忘れた事があった」


 ああ、旦那か。まさかアンタに話しかけられて安心する日が来るとはな。丁度理解不能な恐怖に直面していたんだ。助けてくれ。


「彼は言葉が通じない。じゃあ頼んだぞ」


 クソッタレ。今日はとびっきりの最悪の日だ。

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