ミラクルをキミとおこしたいんです
「...それで、考えってのが、これか?」
照りつける太陽の下、俺と新入りは大岩の前にいた。
コイツが連れ去られたり、妙な連中が森にいたりと色々あったが、俺たちはまずこの問題を解決しなければいけない。
大岩には縄がぐるりと巻かれ、先端がジェシーに繋げられている。
「なあ、言っただろ。その馬じゃ無理だ。怪我させるだけだぞ」
ジェシーが鼻息を荒くして俺を睨みつける。当の本人はやる気に満ち溢れているが、不安しかない。
「ヤッテミナキャ、ワカラナイ。コッチにキテ」
斜面を登って岩の裏手に回ると、新入りが真剣な顔で縄を縛っている。
その背中を見ながら、自分の懐に手を当てる。そこには折れた旗の硬い感触があった。
獣人解放軍。
あの女の言うことが本当なら、近いうちにこの農場は連中に襲撃され、俺は解放されることになる。
情報を集めろとか抜かしてはいたが、そんな物無くてもここの腑抜けた用心棒共じゃあ、あの人数に太刀打ち出来やしないだろう。
そしたらこのクソみたいな労働生活からはおさらばだ。
だが。
それにも関わらず、俺は今目の前の岩を、純人の奴隷と必死こいて動かそうとしている。
理由は、わからない。
「コレでヨシ...」
縛り付けた岩をぺち、と叩いた。
「トニカク、全力デ、オス」
それは「考え」と呼ぶにはあまりに無謀で、大雑把だった。
しかし、コイツが言うと不思議とそれが最善策のように思えた。
「ハァ...どうなっても知らねえぞ…」
両の手を岩に添える。それだけでもこの岩の重量が伝わってくる。
二人ではビクともしなかった。それがヨボヨボの馬が一頭加わっただけ。動くはずがない。
「せーの...!」
全身に力を込め、押した。
――
「声ガ、タリナイ」
ちゃぽん、と皮の水筒から口を離す。
服に染みた汗の量が労力を物語っていたが、岩は毛ほども動いていなかった。
「...なんだって?」
「声をダセバ、次はイケル」
「もう分かっただろ。他の方法を探さないとダメだ。ジェシーも限界に近い」
「ジェシー、ダイジョウブ?」
倒れ込んでいた老馬が、まだいけますと言わんばかりにシャキっと立ち上がった。しかし、数秒後にはぐにゃりと足が崩れた。
「ご覧の通りだ」
「アト一回ダケ、声ダシテ、オネガイ」
「無理だっつってんだろ。声出して何になるんだよ」
「オネガイ」
またその目だ。その目で見られると、自分が間違ったことを言ってるんじゃないかと思ってしまう。
「クソッタレ、分かったよ」
「アリガトウ。ほらジェシー、ガンバロウ」
再度裏手に回り、岩に手を添える。
声、声か...。大声なんて何年も出していない。
「イクヨ、セーノ...オリャアアア!」
「ぐおお...!」
「ピヨサン!モット!モット声!」
「やってるっつうの...!ぐああ...!」
力を振り絞るが、やはり岩は動かない。やっぱ無理だ。分かってた。
「おいおい、こりゃ傑作だな」
すると、丘の上から誰かが見下ろす姿が見えた。
「よォ奴隷ども。必死こいてて良いねェ」
ヴェスペルが手を叩いている。またお前か。
「...暇なのか?お前」
「うるせェ。また蹴られてえのか?」
ヤツがこちらに近寄ろうとした瞬間、新入りが自分の服の裾を掴み、腹を見せようとした。
ハイエナが足を止め、冷や汗が頬を伝っている。謎の緊張感が生まれていた。
「ま、まあ今日は様子を見に来ただけだ」
「様子だと?どういう風の吹き回しだ」
どか、とヴェスペルがその場に座り込んだ。
「ほら、岩動かすんだろ?やれよ。無様な姿見せてくれや」
なんつう下世話で悪趣味な野郎だ。楽しみが他にないのか?
「悪いが帰ってくれ。もう今日はやめだ」
「あァ?何でだよ」
「俺らだけじゃ動かせない。何か別の方法を探す」
「ソイツは残念だ。せっかくお前らの為に用意したのになァ」
「...なんだと?」
「おおっと。違った違った。"たまたま"あの牛野郎が岩を持って、"たまたま"ここに置いただけだったァ」
「やっぱりテメェの仕業か。なんだってこんな回りくどいやり方しやがる」
「なんの事か分かんねえなァ、ケヒャヒャ」
ぐつぐつと胸の中で何かが沸き立つ。ヌースを脅しにでも使ったんだろう。
「ふざけやがって――」
腹を蹴られるだけなら慣れたもんだが、卑怯なやり方は芯に来る。
「ピヨサン」
声を荒らげようとした瞬間、制止を意味する呼びかけが響く。
振り返ると、新入りが既に岩を押す体勢に入っていた。
「クソッタレ、カカッテキヤガレ、ダ」
気づけば俺も、岩の前で構えていた。
――
「おいおいおい、本気かよォ?さっきは一ミリも動いて無かったぞボンクラども」
ハイエナの嘲笑う声は、最早俺達には届いていなかった。
「ピヨサン」
「分かってる。声だろ」
咳払いをする。いいさ、やってやるよ。
「よく見りゃ馬もヨボヨボじゃねェか。イジメられて可哀想になァ」
ブルル、とジェシーが鳴く。黙ってろとでも言いたげだ。
「イクヨ...」
日差しがより一層暑くなる。俺たちの纏う熱気が強くなるのを感じる。
「セーノ...!」
「うおおおおおおおおおお!!!!!!」
全力だった。腕、肩、腰、脚...つまり全身が悲鳴を上げている。それでも岩は全く動かなかった。
「ケヒャヒャヒャ!滑稽だなァニワトリ!結局お前は何も出来ない役立たずなんだよ!」
やはり、そうなのか?大岩も動かせない。クソ野郎に一泡も吹かせられない。俺は結局、役立たずのニワトリのままなのか?
クソッタレ、涙が出そうだ。
「マダ!マダダ!」
隣を見ると、純人が鬼の形相で岩を押していた。コイツは、何も諦めちゃいなかった。
「信じて!!!!」
黒い瞳が、輝きを帯びていた。
――悔しくないか?
その目を見た瞬間、声が聞こえた。それは新入りの声でも、ましてやヴェスペルの声でも無かった。
そうか、そうだよな、ウィル。
俺たちはまだ、何も成し遂げちゃいないよな。
「ヒヒィィィン!」
ジェシー、アイツもまだ、諦めちゃいない。俺だけが諦める訳にいかない。
「ピヨサン!!!」
「クソッタレエエエエエ!!!」
岩を、押した。
肩が軋む。膝が震える。肺が焼ける。
全身の羽が千切れるんじゃないかと思った。
それでも、目の前の岩をひたすら押した。
その時だった。
何かの引っ掛かりが取れたかのように、押す感触が変わった。
「動いた...!?」
ほんの僅かにだが、岩が傾いている。
「おいおい、嘘だろ」
ヴェスペルから初めて笑みが消えた。しかし、コイツのことなど誰ももう気にしちゃいなかった。
「イケル!!!!!モット!!!!!」
「ヒヒィィィン!!!!!」
「コケーーーーーーー!!!!!!!」
二人と一頭の鳴き声が、青い空へ溶けていった。
――
「ピヨサン、あんなオオキイ声出セル、シラナカッタ」
俺と新入りは仰向けに倒れていた。小金色の木漏れ日が揺れている。
荷車が通れる隙間は無かったが、確かに岩が動いた痕跡がそこにはあった。
「生まれて初めてあんなデケェ声出したよ」
「ホントにコケー、言うンダネ...」
「んだよ、バカにしてんのか?」
「ウウン」
新入りが立ち上がり、俺に手を差し伸べる。
いつの間にかハイエナは消えていた。
「カッコよかった」
「...」
伸ばされた手を見つめる。
純人と獣人は、分かり合えない。
「...そうか」
そんなこと、やってみなきゃ分からない。
俺は手を取って、立ち上がった。
するとヤツは驚いたような顔で、握った手を見つめていた。
「...なんだよ?」
「アリガトウ、ピヨさん」
気づけば、純人の目からは涙が溢れていた。
「ナニもワカラナイボクに、仕事をオシエテくれた。言葉をオシエテクレタ。ボクをシンジテ、岩をオシテクレタ」
大粒の涙が、地面に落ちる。
「手を、トッテクレタ」
握られた手に力が込められる。
「ホントウにアリガトウ、ピヨさん」
初めてだった。
――臆病者。何なら出来るんだ?
物心ついた頃から差別されていた。
――飛べない。足も速くない。何の為に生きてるんだか。
色んな奴に、酷いことを言われた。
――役立たず。
自分には何の価値もない。
ずっとそう、思っていた。
だから、初めてだった。こんなに、こんなにも。
「アリガトウ」
深く感謝を、されたのは。
ふと、頬に熱い何かが伝った。
「え、あ?な、なんだこれ」
それは俺の目から出ているようだった。目を擦るが、とめどなくそれは溢れてきた。
「ハハ、ピヨさんも、ナイテル」
グシャグシャの顔でヤツは笑った。
そうか、俺は泣いてたのか。
「──アルバだ」
翼で涙を拭う。新入りは"それ"が何か理解していない様子だった。
「俺の、本当の名だ。ピヨってのはあだ名だ」
「アルバ、サン?」
「さんはいらねえよ」
「…アルバ」
久々にその名を呼ばれた気がする。ああいや、あのクソ狐がいたか。
新入りは腫れた黒い目を輝かせ、なんとも嬉しそうな面をしている。
そんな面されると、なんというか、小っ恥ずかしい気分だ。
「お前は?」
「…?」
「名前だよ、名前。ニホン…だったか?そこじゃなんて呼ばれてたんだよ」
ああ、と納得した様子で、ヤツが口を開く。
先に言ってしまうが、俺は聞いたことを後悔している。
「──◾︎◾︎◾︎」
それはこちらの国では性器を意味する言葉だったからだ。
――
「お前も良くやったよ、ジェシー」
ぐったりと倒れている老馬に水を飲ませる。その表情はあまりにも安らかだったが、身体には縄の跡が痛々しく残されていた。
「しかし、どうしたもんか…」
岩に目を向ける。動いてはいるが、人が通れるほどの隙間しかない。
荷車を通すには、あの限界を超えた全力をもう一度出さなければいけない。
「ダイジョウブ。ゼッタイできる」
そう言っている新入りの足は小鹿のように震えていた。
一息ついたからか、今になって俺の全身も悲鳴を上げ始めている。
「とにかく今日は無理だ、一度休んでまた――」
そう言いかけた時、俺の全身が影で染まった。何か巨大な物体が後ろに居る。
「俺がやろう」
黒い牛の獣人が、そこに居た。




