生きたがり
「――獣人解放軍、だと?」
"軍"だって?俺たちは戦争に負けたじゃないか。抵抗する奴は首から上だけにされて、ご丁寧に晒し上げられていたじゃないか。
「そう。その名の通り、あなたみたいな獣人奴隷を解放してるの」
ボロいフードの女が返す。周囲には十人以上はいるが、どいつもこいつも剣だの斧だの物騒なモンぶら下げてやがる。
獣人奴隷の解放。どうやら平和に話し合いで、って訳ではないように見えるな。
「それで?次はここがターゲットって訳か?」
「ううん、ここに来たのはたまたまよ。森で夜営場所を探していたらあなたの声が聞こえたの」
女の隣で、狐の獣人が怯えながらこちらを見つめてくる。
「ももも、森の向こう側のオスカーって奴の農場から来たんだ。おお、俺はそこで姉御に助けてもらって――」
「おい」
狐を睨みつけ、黙らせる。
「何ペラペラ喋ってんだ?さっきの話はまだ終わっちゃいねえぞ」
立ち上がろうとしたが、身体が言うことを聞かない。
「知り合いみたいだけど、もうやめておきなさい。さっきも言ったけど獣人同士でしょ」
「関係ねえ奴は黙ってろ。そこのクソ狐をぶん殴らねえと腹の虫が治まらねえ」
「待って。じゃあ殴っていいから、その前にいくつか質問をさせて」
「えええええ!?なななな何で!?」
喚く狐を無視して女がこちらへと歩みを進める。
「この農場に獣人は何人いる?」
「チッ...俺含めて五人。だが一人は奴隷じゃなく奉公人だ。さっきまで俺を蹴ってたクソッタレのハイエナだ」
「純人に尻尾振ってる訳ね...戦力の規模は?」
「そのハイエナを戦力に含んでいいか知らんが、動ける奴は数える程度だと思うぞ」
「この農場の規模で...?平和ボケも良いところね」
それは同感だ。だが実際、ここの用心棒共が仕事をした話を聞いたことがない。
「負傷者がいるの。この森で夜営をしたいのだけど、安全かしら」
「俺が開墾中だ。別に良いが野晒しになっても知らねえぞ」
「その心配はいらないわ」
ぎらりと、女の目つきが鋭くなる。
「その開墾も、もうすぐ終わりにしてあげるから」
黄金の双眸には、一筋の細い瞳孔が走っていた。
「まあ、あなたが協力してくれるなら、だけどね」
――解放、か。タイムの野郎は気に入らないが、たしかにこのクソみたいな日常から解放されるってのは悪い話じゃない。
だが、どこか俺の中で違和感がある。本当にコイツら信用出来るのか?
「...具体的に何を協力すれば良い」
「ここから先を話すのは解放軍への参加を意味するわよ。いいの?」
何故か、新入りの顔が脳裏によぎった。何でだ?アイツは今、関係ないだろ。
思わず黙ってしまう。気まずい沈黙が場を包んだ。
「すまん姉御、ちょっと良いか」
周りを囲んでいた内の一人が割り込んできた。ヒソヒソと何か耳打ちをしている。
「白銀の馬車.....どうやらここが"当たり"みたいね」
白銀の馬車?当たり?なんの事だ?
「ごめんなさい、事情が変わった。あなたには絶対に協力してもらう」
突然、女の纏う雰囲気が針のように尖った。
「何だって?勝手に決めるんじゃねえよ」
「私たちは森の奥にいる。また来るから、それまでに出来るだけ情報を集めてちょうだい」
俺の言葉など意に返さず、女が何かを俺に投げつけてきた。
「...んだよこれは」
渡されたのは、欠けた首輪のマークが入った、折れた小さな赤い旗だった。
「お守りよ。必ずあなたを助けに来るから、少しだけ辛抱してね」
「な...おい、勝手に話を――」
女が背を向け、周囲の獣人達が一斉に森へと消えていく。
「最後に、もう一つだけ」
足をピタリと止めた。
「黒猫の女の子、知らないかしら?」
その問いには心当たりしかないが、疲労困憊に加え、情報過多の頭が弾き出した答えはこうだった。
「...知らねえな」
「.......そう。それじゃ」
完全に獣人達が闇の中へと消え去った。限界寸前の身体から力が抜け、糸が切れたように倒れ込む。
あ。しまった。
あの狐を、殴り損ねた。




