第4話 俺だけじゃない食卓
俺は夕食の食卓をカスミと一緒に囲んでいた。
テーブルに並んでいるのは、先日、村にある別の農場から分けてもらった豚肉をソテーした豚テキに、カスミが持ってきたシチュー、俺が育てた農作物で作った野菜サラダ、そしてパンだ。
一人暮らしの生活基準では、なかなかに豪勢な内容と言えるだろう。
「……と、まあそんな流れで、その子を上の階まで送り届けたんだ」
今日あったことをざっくりとカスミに話して聞かせた。
昼に村を出て鉱山にあるダンジョンに向かったこと。ダンジョン内で探索をしていたら、アオという少女が目の前に落っこちてきたこと。そして彼女を安全な階層まで案内したこと。
「へえ、そんなことがあったんだね?」
カスミは、シチューをスプーンで掬いながら、こくりと頷いた。
彼女とは、村で出会ってから、徐々に交友を持つことになった仲だ。
出会ってからの期間が短い割には、どうやらだいぶ親しみを持たれている。
ただ、常に片目を隠したような髪型で視線が合いづらいせいか、どうも真意を掴みづらいと感じるときもある。
それは今もそうで。
「それで……どうだったの?」
「どうって?」
意図がわからない問いかけに俺は首を傾げた。
「そのアオちゃんって子。可愛い子だった? 私と比べて」
確かに、俺はさっきの説明ではその辺には触れていない。
この歳になって、ひとまわりほど違う年齢の子の容姿を論評するのは、なんだか後ろめたいものがあったからだ。
「あー、まあ、どっちが上とかは置いておくとしてだな……」
普通に回答すると女に対する地雷となる質問には、適当に言葉を濁して答える。
そんな俺をカスミの片目がじろりと捉えた。
「可愛いか可愛くなかったかで言うと?」
こういう時のカスミにはなんだか圧がある。
俺は気圧されながら答えた。
「……いやまあ、可愛かったとは思うよ。人気配信者として知られてるだけのことはあるかな」
「そう。よかった、ね」
しかし、返ってきたのは、そんなそっけない言葉だった。
そして、彼女が持つスプーンの先が皿の底をコツコツと叩く音が聞こえた。
「なんだよ」
言いたいことがあるなら言えばいいのにと、俺が聞き返しても。
「別に。なんでも」
と、なんだか頬を膨らませている様子。
聞かれたから答えただけなのに、機嫌が悪くなっている。なんとも理不尽だ。
しばし無言になった後、彼女は頭を振った。綺麗な銀髪が揺れる。
「……ところで、シチューのお味は? 新鮮なキノコが手に入ったんだけど」
「ん? ああ、美味しいよ」
俺は頷くと、スプーンを手にしてシチューを飲む。
うん。濃厚なクリームシチューで、かといって味が濃いわけではない。食材の旨みが出ている。
端的に言うと美味い、となる。
……俺は食レポが得意な方ではないのだ。
「それはよかった。まだ、お代わりもあるからね」
カスミが、キッチンの方に視線をやる。
そこには彼女が持ってきた鍋がある。まだ1人前以上は残っているはずだ。
「あーうん」
俺は生返事を返した。
残しておいて、夜食にしてもいいかもしれない。
「いらないの? 頑張って作ったんだけど? 私のご飯は食べたくない?」
「……いただくよ」
お裾分けの料理にそんな気合を入れるやつがいるのか、と思いつつ、言葉のあちこちに感じる圧に押されて俺は席を立った。
シチューはまだ温かく、火を入れ直す必要はなかった。
自分の分のおかわりをよそって席に戻る。
そこからしばらくは会話のない食事が続いた。
◇
「……ねえ、シリュウ」
食事が終わりに近づいてきた頃。
カスミはナプキンで口元を拭ってから聞いてきた。
「ダンジョンの探索ってどんな感じ?」
彼女はダンジョン探索に興味を持っている。
村の住民の多くは、農作業や釣りだったり、大工や商店の店主だったり、食堂の経営だったりと、いたって平穏な暮らしをしている。
そんな中で、カスミだけは少し毛色が違っていた。
村の落ち着いた暮らしではなく、もう少し刺激的な、冒険の要素があるような何かに憧れているようだった。
カスミと俺の間に交流が生まれたのも、俺がダンジョン探索者だからという要素は多分にあるだろう。
実際、この質問自体、初めてのことではなかった。
「私にもできそうかな? ダンジョン探索に興味があって。できればシリュウと一緒にしてみたいな……って」
「そうだな……」
どう答えるのが正解だろう。
危険だからやめとけ、と答えるのがいい大人としての義務かもしれない。
しかし。
「合う、合わないは人によるから。一度試してみるしかないかもな」
実際に俺が口にしたのはそんな回答だった。
ダンジョン探索者として成功するかどうかは人によるし、近年のダンジョン配信者のブームによって、ダンジョン探索に挑戦する人は一昔前より圧倒的に増えている。
誰もが気楽にダンジョン探索を試す、という環境が整っているのだ。
この村の住人は、俺の知る普通の人々とは違うわけだが——そもそも現代日本の住人ではないので——まずは試してみることを否定する気にはなれなかった。
「じゃあ! 今度、連れていってくれる?」
「構わない……が、実際にダンジョンに入る前に、剣の練習をしたほうがいい。それまでは、まだ早いな」
「剣の練習、かぁ……」
今日会ったダンジョン探索者のアオのことを思い浮かべる。
彼女はカスミよりも数歳は年下だろう。
しかし、ダンジョンに潜っているからには、現代日本のルールに従い、迷宮管理局の所定のトレーニングは収めてきているはずだ。
でなければ登録証が発行されない。
一方で、カスミがダンジョンに挑戦する場合、そのような段階はない。彼女は日本に住んでいるわけではなく、この村に住む人々の一人だからだ。
まったくの無訓練でダンジョンに降りることを肯定するほど、俺はいい加減ではない。
「……俺が村にいるときなら、教えてもいい」
勝手に練習してろ、とも言えず、俺はそう告げた。
カスミのやる気次第だが、彼女が最初にダンジョンに潜るときも付き合う必要が出てくるだろう。
なんとも妙な厄介ごとを背負い込んでしまったような気がするが、これも先達の務めだと思うことにした。
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