第3話 俺だけ増える同接、そして村の銀髪の娘と
「ありがとうございました! 助かりました!」
戦闘が終わり、助けた少女から礼を言われる。
俺は頷きを返しながら、
「いや、降りかかる火の粉を払っただけなんで」
ちょっと気取ったセリフを吐いた。
うーん、かっこいい。人助けをした上で、クールに謙遜。いいよね。正直憧れていた。人生で一度はやってみたいものである。
あ。いけない、忘れていた。
俺はスマートフォンを取り出すと、コメントを確認する。配信中だということをすっかり失念していたのだ。
コメント欄には俺への賞賛の声が溢れていた。なんかいつもよりコメントの流れがだいぶ早い。
:リトドラ氏まじイケメン
:流石ソロ勢やな
:いつも単独で雑魚狩りしてる階層だし余裕ですわ
:アオちゃんの足大丈夫そ?
:こんな実力ある配信者いたのな
見たことのない名前のリスナーも沢山いる。
ん? アオちゃんって誰だ? この子のこと?
っていうか。
同接300って初めて見たんだけど……? 何が起きた?
「えーっと……おじさんも配信中なんですか?」
「おじさんではないよ」
画面に没頭していた俺に、少女の声が届いた。
思わず即座に反論の言葉が出た。
と、少女はその否定を別の意味に解釈したらしく。
「あっ、すみません! 私も配信してまして……あの、アオちゃんっていいます。配信名ですけど」
「ああ……なるほど。えっと、俺はリトドラって名前で配信してる。よろしく」
初対面の挨拶が始まる。
配信中のダンジョン配信者同士なので、お互いに本名は名乗らない。
彼女も俺と同じで、実名で配信するタイプの猛者ではないようだ。女の子だし、そりゃそうか。
「リトドラ……さん、助けてくださってありがとうございました」
「うん」
少女は座ったまま頭を下げる。
二度目のお礼に、俺は軽い頷きだけを返して、
「ええと、アオちゃんって呼べばいいの? アオちゃんさん?」
「さんはいらないですよ」
少女——アオが笑う。
花がほころんだような笑顔とよく言うが、そんな感じだ。
だが、その笑顔が痛みに歪んだ。
「っ……」
そうだった。足を怪我をしているんだった。
「足の怪我の治療をした方がいいな。ちょっと見せてみな」
アオの足元にひざまずいて、患部を診せてもらおうとする。
おそらく足首あたりを捻ったのだと思うが、編み上げの白いブーツを履いているので、そのままでは確認できない。
「はい……」
ブーツを脱いだアオの足を確認する。やはり、足首が腫れていた。
「水ばんそうこうは持ってる?」
「はい、あります」
アオがポーチを探って、スプレーボトルの容器を取り出した。
これは、噴霧することで傷を癒すことが可能な薬だ。
中身の液体はダンジョン産のアーティファクトで、ダンジョンで産出する瓶容器のものから、便利に使えるように中身をスプレーボトルに移し替えてあるやつだ。
以前は、液体入りの瓶からそのまま使用していたため、その名残もあって、今でも「水ばんそうこう」と呼ぶ人が多い。俺を含めて。
アオが患部にスプレーし始める。
「添木と包帯は?」
「包帯はありますけど……」
俺は腰に下げていたダガーを鞘ごと手渡した。
「なら、これを添木代わりにするといい。包帯の巻き方は分かるよね?」
アオは頷いた。
2階までしか経験がないという話だったが、それでもダンジョン探索者としての最低限の知識はあるようだ。
まあ、そうでもないと……ん?
「アオちゃんは、ソロで探索してたの?」
いかんいかん。自分を基準にしすぎていた。
なんとなく、ソロだと思い込んでいたが、他のパーティーの仲間がいる方が自然だ。そう思ったのだが。
「はい、一人です」
「そうなんだ……」
俺はちらりとコメント欄を見た。
:アオちゃんはソロ専やぞ
:基本1階しか探索しないけどね
:今日は2階初トライ
:初めてでピットに引っかかるって運ねーな
:危うく死ぬところだったとか震えるわ
:これだからダンジョン配信は面白い
視聴者がさらに増えていた。
勢いのあるコメント欄は侮れない。
本人に聞くより早く状況が把握できてしまった。
「ふーん。あのさ……アオちゃんって……」
薄々というか、コメント欄の流れで自然に、というか。
気づいたことを聞いてみた。
「けっこう有名な人?」
:知らんのか
:嘘だろ
:【悲報】アオちゃん無名だった
:失礼だろこいつ
「あ……えっと、一応、登録者20万人はいますけど」
20万人!?
俺が420人ぐらいだから、えっと100倍、いや、500倍かよ。
「す、すごいね……」
「そんなことは。あ、でも、ファンのみんなには感謝してます。ありがとう」
アオは、自分の方のリスナーを意識してか、最後にそんなお礼を付け加えた。
「いや、本当にすごい」
道理で俺の視聴者がいつもの10倍以上になっているわけだ。
しかし……3階をソロで回っている俺が登録者412人で、1階メインのアオが20万人とは、世の中の需要というものは本当に不思議である。
:JK探索者のアオちゃん人気だからな
:かわいいは正義
:今日めっちゃ人多いなと思ったらそういうことか
:おじさんショックを受ける
「おじさんではないんだが」
流れるコメントに俺は意識するより早く掣肘を加えた。
いや、そこではなくて……。
「ええっと、アオちゃんさんとお呼びした方が?」
「さん付けはやめてくださいって」
目の前にいるのは登録者数20万人の化け物だ。
思わず小物ムーブをしそうになってしまう。
確かにまあダンジョン配信者の中には、登録者が数百万人という大スターもいるわけなんだが、自分がホームグラウンドにしている渋谷ダンジョンではそういう超一流の人を見かけることもないわけで。
気づかずすれ違ってるとかはあるかもだけど。
「すげー、有名配信者と初めて会った」
:ただの一般人の感想で草
:無双できるタイプの一般人
:ダンジョン3階ならまぁね?
:意外と有名配信者は低い階まで降りてこないしな
:エンタメだからね
俺の視線がアオの顔と、スマホの画面を行ったり来たりしていた。
と、アオの怪我の治療が一通り終わったようで。
少女が身を起こして、自分の足で立ち上がった。
「んしょ……もう、大丈夫みたいです」
スカートの汚れを手で払っている。
水ばんそうこうは、ダンジョン外で売られている市販の傷薬などとは違って、即効性がある。ダンジョン内でしか効果がないアーティファクトならではの異常性能だ。
まあここでは通常性能というか、低性能な部類なんだけど。
だから、捻ったはずの足でも、すでに歩けるようにはなっているだろう。
「よかった。それじゃ……ええと、3階は初めてなんだっけ。2階まで案内しようか? 転送石は……流石にないよな?」
そろそろお別れの流れだなと思ったものの、よく考えたらアオはこの階層は初探索だ。
接敵はなるべく避けるつもりだろうが、今日2階に降りてきたばかりの人間に、3階の戦闘は厳しいだろうし。
このまま放り出すと次の事故が起きかねない。
転送石と言われるワープ用のアーティファクトがあれば、一瞬で1階に戻れるのだが、もし持っていたらさっきの戦闘前に使っていただろう。
「いいんですか? 助かります」
頭を下げてくるアオに、俺は鷹揚に頷いた。
こちらにとっても、視聴者の同接——同時接続数というメリットがあるのだから、別に気にしないでほしい。
◇
結局、2階までではなく、1階まで案内することになった。
俺の気配感知スキルもあり、戦闘はゼロ。
まあちょっとした遠足というところだ。
薄暗く、視界が悪くて、空気がじめっとしていることを除いては。あとまあ足元が良くないとかもあるか。
「じゃあ——」
「はい、今日は本当にありがとうございました。リトドラさん」
1階へ続く、段差があって天然の階段上になっている坂の前で、俺とアオは別れる。
「迷惑かけておいてなんですが、もし、また機会があればコラボとかお願いします」
「はは、そのときは喜んで」
:寂しくなるなぁ
:アオちゃんバイバーイ
:お疲れ様でした
:アオちゃんの視聴者さんともお別れやね
俺たちの別れにコメント欄もちょっとお別れの空気感を出し始める。
が、別に悪い別れではなかった。
階段を登るアオが振り返り、こちらを見る。
手を挙げたら、振り返してくれた。
渋谷ダンジョンの1階は、探索者に優しい。
割と人がごった返していることもあって、一部の小部屋を除いて、通路のモンスターは大体どの時間でも掃討済み。
よっぽどのことがなければ、怪我をしたとしても軽い怪我程度で済む、初心者の入門向けのフロアとなっている。
それでも死ぬときは死ぬのがダンジョンというものだが。
まあ、アオは大丈夫だろう。
俺は階上に登っていくアオに背を向けて逆方向に歩き出した。
そして、配信のコメント欄に向かって言う。
「ってことでね? 今日は人気配信者のアオちゃんを助けて、安全に一階まで送り届けたというイベントもあったんだけど……そろそろ、配信終わっておこうかなと思うわ」
すぐに反応があった。
:乙
:結構長めの配信だったね
:おつかれさん
:コラボ期待してます
「コラボかぁ、まああんなふうに言ってくれはしたものの、たぶん会う機会ないと思うな」
:そうね
:リトドラ氏は3階メインだしね
:まーね
:まあ機会があればということで
「じゃ、配信終わりまーす。おつでした」
:おつ
:おつ
:おつかれ
ドローンに停止信号を送る。
俺のすぐ前で待機状態に移行したドローンを掴んで、ダンジョンポーチに収納した。
配信はこれで終わりだ。ちなみにこの短い時間で登録者は1,000人ぐらい増えた。登録者数420人の男から、1420人の男になったわけだ。
有名配信者の影響力はすごいな。
リスナーが増えれば増えるほど、村の秘密がバレないように気を遣う必要があるが、まあそれは配信枠を取るタイミングとかの工夫でなんとかなるだろう。
今日の探索はこれで終わりだ。
そうなってくると、やることは帰宅。と本来ではそうなるのだが、今の俺には自宅の代わりに行くべきところがあった。
ダンジョンポーチを探り、転送石を取り出す。
転送石は色によってワープ先が違うのだが、今回取り出したのは、ハズレ転送石として知られているガラスのような透明色のもの。
これは非常に沢山ドロップする。
ちなみに色だけでなくて形も全部違うので、慣れれば指先だけで判別できるのだが、まあそれはこの際どうでもいい。
この、ハズレ転送石なのだが。
使うと、今いる場所と同じ場所にワープする欠陥品——とこれまでは思われてきた。
というか。俺以外の人間は今でもみんなそう思っているだろう。
だが、この転送石の真のワープ先は別にあるのである。
俺は、指先に力を込めて、転送石を砕いた。
ひび割れ、粉々になった転送石から光の粒子が現れて、俺の体を包んでいく。視界が揺らぐような感覚がして、同時に、体重がなくなってふっと浮くような感触を覚える。
次の瞬間、俺はワープしていた。
行き先は——俺だけが知るダンジョン内の村。
そう、このハズレ転送石は、ダンジョン内の村にワープするためのものだったのだ。
どういう理屈かは分からないが、村に到達したことのある人間以外が使うと、転送元と転送先が同じ地点になるのだろう。ハズレ転送石扱いされるのも当然だが、本当は外れではないのだ。
村に到達しているかどうかをどう判定しているのかはわからない。その辺りは、なんとも不思議だが、アーティファクトというのはそういうものだ。
理屈では測れないことがいくつもある。
さて。
村にある自分の農場。その裏手にある、小さな洞窟。
そこに俺は着いた。浮遊感が収まる。
外に出ると、村ではそろそろ日が沈もうとしていた。
そういえば、ここはダンジョン内のはずなのに太陽が見えるが、あれは本物の太陽なのだろうか。
まあいいか。今は考えても仕方ない。
今日はもう疲れているのだ。
朝からの農作業の後、昼からはダンジョン探索と、体を動かし続けていたのだから、流石に疲労が溜まっている。
洞窟を離れて、少し歩いて、俺は村にある家に向かった。
家は木造の一軒家だ。小屋と呼ぶのが適当なぐらいの小さな家で、部屋は一室しかない。
片側にキッチンがあり、テーブルがあって、その逆側に椅子とベッドがあると
いう間取り。
ダンジョンの外にある俺の自宅はマンションの一室なのだが、それよりは多少広い程度のささやかなお家だ。
その家の前に着いたら、扉の前に一人の女性が立っていた。
夕暮れの日差しに、銀髪のボブカットが照らされて赤く染まっている。歳のころは二十歳前後で、ゴシックドレスのような特徴的な格好をしている。
彼女は前髪が長めなので、片目がいつも隠れている。
隠れていない方の目と俺の目が合った。
もちろん、知っている顔だ。
「こんばんは。お出かけの帰りかな? ちょうどよかった」
俺の姿を前にして、彼女はそう問いかけてきた。
ちょっとボーイッシュな喋り方で、女性にしては少し低めの落ち着いた声。
「カスミ? なぜここに?」
彼女の名前はカスミ。村の住人の一人で、ここに住むようになってから交流が生まれている人物だ。
服装も含めて、なんだか少し変わった子。一言で言えばそうなる。
「夕ご飯のシチューのお裾分け。好みに合うといいけど」
「ああ……ありがとう。ちょうどこれから食事の準備をするところだったんだ。助かるよ」
彼女が手にしていた鍋を見て、俺は頬をほころばせた。
カスミは時々こうやって、手料理をシェアしてくれる。
俺自身、料理ができないというわけではないのだが、今日の夕食の支度はまだしていなかったので、本当に渡りに船だった。
俺はカスミの脇を通って、家の扉を開けて彼女を中に招き入れようとした。
すると、
「あれ、シリュウ……? 女物の香水の匂いがするよ?」
「え……?」
そんな指摘をされた。
俺は思わず自分の服の匂いを嗅いでしまう。
言われてみれば確かに少し。華やかな花のような香りがする。
「あ、そうか」
アオを助け起こした時に匂いが移ったのだろう、と思い当たる。
するとカスミは。
「んん……何があったのか、詳しい話、聞かせてもらえる?」
底冷えのする目でそんなことを言ったのだった。
水ばんそうこうのネーミングは迷宮街クロニクルをリスペクトしています




