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第2話 俺だけ助けられる人気JK配信者、そしてちょっとした無双


 まったくもって物事は唐突だ。


 ダンジョンの3階をモンスターを倒しながら散策していたら、空から女の子が降ってきた。


 本物の女の子だ。

 だが、本物の空からではない。

 当然だがダンジョンなので、内部に空は()()()()()


 だから、正確に言えば、女の子が落ちてきたのは上階の落とし穴(ピット)からだった。


 ダンジョンにはいくつかの落とし穴があって、そこにハマると人は落ちる。

 いや、当たり前のことを言っているな。

 ともかく、彼女は上の階から落ちてきたわけだ。


 俺は低層階は当然探索済みだから、この子が落ちてきた穴についても心当たりがある。

 通路の途中の地面に、天然のシンクホールのように、すっぽりと穴が穿たれているところがあるんだ。

 足元に注意をしていれば普通に気づける穴なんだが、他のことに気を取られていると落下することもあるだろう。


:人が落ちてくるとこレアだな

:大丈夫か?

:女の子じゃん


 ……コメントを眺めている場合ではないな。

 俺は、目の前にいる女の子に声を掛ける。


「……大丈夫かい?」


 その子は、足から落ちてきたが、落ちた衝撃で倒れてうつ伏せになっている。

 手を貸すために近寄りながら、同時に、俺はその子の姿を観察する。


 うん。多分、配信者だな。


 なぜなら、ダンジョンでの実用にはあまり意味のない、ちょっと小洒落た格好をしているからだ。

 白いブラウスの上にジャケットを着て、下はなんとスカートとタイツ。スカートの裾の部分には装飾のラインが入ってたりしている。

 とはいえ、全体的に、体を動かしやすそうなタイトな作りではあるので、極端におかしな格好というほどでもない。


 しかし、胸上まであるセミロングの長い髪は、どこから見てもダンジョン向きとはいえない。


 それでも、一応というかなんというか。

 肘、膝、それに胴体といったダンジョン探索で補強すべき部分には、初心者向けの繊維強化プラスチック——FRPで出来たプロテクターを装着していた。

 最低限、という感じだ。


 総評すると、学生服をベースに、ダンジョン探索用にアレンジしたような格好、と言ったところ。

 ダンジョン探索ガチ勢には見えない。

 むしろ、ただの学生に見える。


 そもそもガチ勢ならば、2階の落とし穴に引っかかったりはしないので、ガチ勢なはずはないが。


 ところで。問題が一つあった。


「…………」


 女の子から、返事がない。

 うつ伏せのままぶっ倒れて、なんならスカートも少し捲れ上がっているという、はしたない姿。

 彼女のものと見られるドローンが、上階から降りてきて、そんな彼女の周りを旋回していた。

 そのドローン以外に動くものはない。少女も声を発さない。


:し、死んでる

:これやばくない?

:気絶してるんじゃね、知らんけど


 俺が見ていないところでコメントが流れ続けているが、流石にスマホでコメントを見ていい状況ではない。

 倒れた女の子のそばに寄って、彼女を抱え起こした。


 あ、気絶してる。


 思っていたより目鼻立ちの整った少女だった。

 うーん、可愛いな。

 俺の脳裏をそんな感想が掠める。

 いや、今は、余裕の感想をかましている場合ではないな。


 瞳を閉じている少女は完全に意識を失っているようだ。呼吸はしている。死んではいない。

 落とし穴から落ちて打ちどころが悪く……というケースも万が一ぐらいの確率ではあり得たが、最悪は免れている。


 ……だが、これはまずいな。

 少女に意識を取られながらも、俺は迫り来る気配を感知していた。


 とりあえず、少女に意識を取り戻してもらう必要がある。

 軽く、頬を張る。

 ぺちぺち。


 ……ダメだ。


 もう少しだけ強く叩く。これでダメなら、ダンジョンポーチ内にある手持ちの水をぶっかけるか……。


「う、ううーん」


 よかった。目覚めた。

 少女がその大きな瞳を開いた。

 ぱちぱちと瞬きをして。


「えっと……あなたは……? きゃっ」


 少女が飛び跳ねるように起き上がった。


「いたっ」


 直後、うずくまって、足を手で押さえる。


「大丈夫か? 怪我でもしたのか?」

「あ、足首が……」


 痛みに歪んだ顔で、少女がこちらを見た。


「えっと、あなたは……あっそっか、私……」


 少女は上を見上げた。

 なんとも慌ただしいが、どうやら、状況を理解してきたらしい。 

 

「落ちたんですね、私」

「そうだな。ちょうど目の前に落ちてきたから、びっくりしたよ」


:ダンジョンを歩いていたら女の子が降ってきた

:レアすぎるエンカウント

:この子知ってるわ、配信者だ

:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?

:アオちゃんか?


 コメントに一切構う暇のない俺の配信で、そんなコメントが流れ続ける中、俺は少女とそんなやり取りをする。


「すみません。足を捻ったみたいで……先に治療させてください」


 言葉と共に、少女はゴソゴソとポーチを探り、回復用のアイテムを取り出そうとしていた。


「あー、まあ、そうなんだけど。今はちょっとタイミング悪いかな?」

「はい?」


 少女が目を丸くする。

 何を言うんだ、こいつは。

 そんな瞳。


「モンスターが来てるんだよね。——総数で4、虫型3に獣1だ」

「えっ」


 ダンジョン探索者の基本クラスの一つ。

 斥候スカウトが保持している敵感知スキルで、俺は近づいてくる気配について少女に伝えた。


「ま、まずいです! 早くここから離れないと——いたっ!」


 無理やり痛む足で立ち上がろうとして、再び動きを止める少女。


「っ。ど、どれぐらいの距離ですか」

「もうすぐ接敵だね」


 俺は少女に残酷な真実を告げる。

 今の彼女の足では、逃げるのは間に合わないだろう。


「そんな……どうしてこんなタイミングで」

「あ、来たな」


 俺がここにくるまでに向かっていた方向の通路から、のっそりと大きな体の獣が姿を現した。

 人のような顔をしている、翼の生えたライオン。


「スフィンクス……?」


 こいつは、3層をうろつく神話系のモンスターで、通称は少女が今言った通り、スフィンクス。

 そして、スフィンクスの後から続いて、巨大な蜘蛛も3体現れた。


「毒攻撃持ちのタランチュラまで……」


 少女の声が掠れた。

 ダンジョンの階層によって現れる敵の種類も変わってくる。


「詳しいね。ダンジョン3階の経験は?」

「ないです……」


 階層が深くなればなるほど、敵は手強くなる。

 ダンジョンの階層1階分を落ちてきただけとはいえ、敵の強さは何割も上がるのだ。

 少女に3階の探索経験がないということは、これは初見での戦闘ということになる。

 というかまあ、それ以前に。


「……あの、ごめんなさい」


 少女が足の負傷で立ち上がることすらできない今、実質一対四みたいなものだ。


 当たり前のことだが、単独ソロで複数の敵と戦うのは難しい。

 一体を相手取って戦っている間に、別の個体に後ろから攻撃される可能性があるのとないのでは、話が全く変わってくるからだ。


 ついでに言うなら、斥候スカウトは戦闘職ではない。

 本業は敵の感知と、罠の解除だ。

 一人でできることが多いので、単独行には向いているが、面倒な敵との接敵は避けるのが基本。

 

「私を見捨てて、逃げてください……」


 少女はもう泣きそうだった。

 っていうか泣いてた。


 向こうの配信の空気を知りたいな。


 俺は素直にそう思った。

 ダンジョン配信者として暗い雰囲気を出してはいけないのだ。

 配信者としては三流どころの俺でも、その意識はある。


 自分の配信のコメント欄を見る余裕はない。

 だから、なるべく明るい声で言うことにした。


「いやまあ。それには及ばないけど。自分の身はなんとか守ってくれると、助かる」


 俺は走り出す。


 まずは先頭にいるスフィンクスだ。俺の接近に対して、低く構えて、唸り声を上げて威嚇してくる。

 当然——俺は足を止めない。

 走りながら腰に下げたショートソードを抜き、片手で構える。


 スフィンクスの攻撃手段は、前腕の爪、そして尻尾の棘。面倒なのは尻尾だ。対峙しているところに、長い尻尾の一撃が飛んでくるのは予測しづらい。

 セオリー通りなら、攻撃手段を一つずつ潰していくべきだ。

 まずは前腕を傷つけ、そして尻尾を断つ。そうやって、攻撃手段を限定していくのが安定した立ち回りとなる。


 なんだけど。


 突進する俺に合わせて、スフィンクスが腕を大きく振りかぶる。爪の一撃がくる。


 だが、俺は跳躍する。

 大ぶりの腕の攻撃が届かない高さへ。

 スフィンクスを飛び越えるようにして、相手の虚を突いた。

 剣を振るう。狙うのは翼の付け根。今使っているショートソードでは、一太刀で切り落とすのは無理。

 けれど、腱なら切れる。


 ————!


 翼を傷つけられたスフィンクスの口から獣の咆哮が漏れた。

 俺の一撃は狙い通りに、スフィンクスの片方の翼の腱を断ち切り、この獣が持つ機動力を奪い去った。


 まずは一つ。

 

 俺に対する脅威ではなく。

 俺を飛び越して、少女に襲いかかる手段を奪った。


 そして。スフィンクスの背後に飛び降りた俺は、続けざまに剣を振るう。次の狙いは尻尾。これはショートソードでも十分切断可能。


 抜き打ち気味に放った剣の一撃で、尻尾を中程から切り飛ばす。


 これで、二つ。


 そして、バックステップで、スフィンクスから一旦距離を取る。


 距離を取ったら、戦場を広く見る。


 手負いのスフィンクスと少女の距離は離れている。問題なし。

 タランチュラの二匹は、俺の比較的近くにいるが、こちらも問題はなし。

 だが、もう一体のタランチュラがカサカサした動きからは想像しづらいスピードで、抵抗が不可能な状態の少女に向かっている。


 いや、少女は少女なりに対処しようとしていた。

 床にうずくまったまま、剣を抜いて身を守ろうとしている。悪くない。


 彼女がこちらに気を取られていなくてよかった。

 身の安全に関係ない行為に意識が行っているせいで、足手まといになるのと、そうでないのでは全然違う。


 ……気持ちの上では、だが。


 俺はショートソードを持っている手とは別の手で、腰につけたスローイングダガーを抜いて、そのまま放った。

 投げたダガーは、こちらに背中を向けて、少女に向かおうとしていたタランチュラの一体に突き刺さり、床に縫い留める。


 確殺はしていないが、無力化には十分だろう。


 と、近くにいたタランチュラがこちらに糸を吐こうとしていた。

 糸に絡め取られると、身動きが取れなくなる。


 機動力を殺されるわけにはいかないので、ステップを踏んで距離を——取らずに回り込む。

 

 正面に正対するのではなく、タランチュラの横から剣を振るう。

 狙いは足。


 虫型モンスターのタランチュラは、そこまで硬いわけではないが、柔らかくもない。本体にショートソードをブッ刺すと抜けずに面倒なことになる可能性がある。


 それを嫌って、俺は足だけを断った。まとめて三本、切り飛ばされた足が飛んでいく。動きを鈍らせるのに成功したわけだ。


 しかし、スフィンクスがこちらに近づいてきていた。

 一気に飛びかかってきて、剣呑な爪つきの腕を振るってくる。


 モンスター同士の仲などは存在しないのか、今足を切ったばかりのタランチュラも巻き込むような攻撃だ。


 でもまあ、問題なく躱せはする。

 なぜなら見ていたからだ。


 多対一の戦闘で起きる事故の最たるものと言える、一体の敵に集中していたから他の敵の攻撃に気づかなかった——という負け筋は潰してある。


 タランチュラを切ろうとしたとき、スフィンクスが飛びかかれる位置にいた。

 そこまで認識していれば、準備は十分だった。


 来るなら避ける、来ないならそのまま。


 実際に来たから避けただけだ。

 大したことはしていない。


 スフィンクスの攻撃を避けた後、俺はもう一本のスローイングダガーを抜いて投げた。一匹で浮いていたタランチュラの頭部に命中。悠長に威嚇行動をしているような奴には、それなりの対処があるというもの。

 虫の頭は所詮、虫頭だった。思考も工夫もない。


 そうして残ったのは——血を流している手負いのスフィンクス一体と、足を数本切られたタランチュラに、まだ床に縫い留められているやつ。


 あとは、簡単な作業だった。




ダンジョン内のモンスターはWizardry外伝IIをリスペクトしています 

配信コメントの「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?」はそのまま同作をリスペクトしています

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