第15話 俺だけではなく二人で出かけるピクニック
連日なんだかんだと忙しい。
英気を養うため、今日の俺はカスミと一緒にピクニックに出かけることにした。
と言っても、発案者は実はというか当然のように俺ではない。
カスミから誘われたので、たまにはそれもいいかと思い、昼どきになって、村より南にある静かな森に二人で行くことにしたのだ。
ピクニックというよりは、昼飯を一緒にちょっと出掛けて食べましょう、という感じ。それをピクニックと呼ぶのであればピクニックなのだろう。
ピクニックという単語が続いてゲシュタルト崩壊しそうになるな。
さておき。
俺たちは並んで森にやってきた。
「鳥が鳴いてるね」
「俺は鳥の種類はよくわからないんだよな。なんだっけあれ、ヒバリだっけか」
カスミに合わせるように俺はそう言った。
木々の葉が風に揺られて擦り合う音に混じって、実際に、鳥の鳴き声が聞こえてくる。それは分かるのだが、鳴き声から鳥の種類を言い当てることはできない。
そもそも鳥にそんなに興味を持ったことがない。
俺が区別できるのは、コカトリスやガルーダの鳴き声ぐらいのものだ。
どちらもダンジョンの中層階あたりに出てくるから。
「この辺にする? もうちょっと奥までいく?」
「どっちでも……まあ、この辺にしておくか」
優柔不断な回答をしそうになったが、少し考えて、俺は方針を決め直す。
自然の森だから、あまり奥まで行くと、熊のような危険な生き物がいるかもしれない。万が一、そのような動物に出会ったら、今の装備では心もとない。
ダンジョン探索に来たのではなくて、ただお昼ご飯を食べに来ただけだから、武器やら何やらは持ってきていないのだ。
「うん。じゃあそうしよう」
カスミはそういうと、ビニールシートを広げ始めた。
俺は四隅に、風で飛ばされないようにするための、石を置くのを手伝った。
作業が終わると、俺は持ってきた弁当の折り詰めを開封しようとする。
カスミの手作りのサンドイッチを詰めた箱を、風呂敷きで包んでいたものだ。結び目が固くなっていて、開けるのに少し手こずった。
そのとき、さあっと吹いた風がビニールシートを巻き上げそうになるが、重しとしておいた石のおかげでそれは免れた。
カスミの銀の前髪が、風に吹かれて彼女の顔を露わにする。
「あっ」
カスミは顔を伏せた。彼女は顔を見られるのを恥ずかしがる傾向がある。なぜそうなのかは知らない。俺には、整った美しい顔立ちだと思えるから、もっと自信を持っていいと思うのだが、コンプレックスというやつなのだろう。
「さあ、座ろうか」
俺はそんなカスミの様子に気づかないふりをして、先にビニールシートに腰を下ろした。
木々の若葉からくる未だ青い香りと、しっとりとした腐葉土から立ち上る、深くて甘い匂い。それらが入り混じったものが、吹かれた風に乗って鼻をくすぐる。
端的に言えば、心地よい空気だった。
新しいビニールに付随する人工的な匂いもするが、まあそれは言わぬが花というものだ。
食事の環境としては悪くない。
「いただきます」
「っと、いただきます」
カスミの食事前の挨拶で、俺も挨拶を忘れていることを思い出した。
手を合わせる。
一人暮らしを始めて十年以上になると、挨拶のない食事が当たり前になってしまっていた。
「ん、これは美味いな」
ハムときゅうりのシンプルなサンドイッチだが、ピリッとした辛味のあるマスタード入りのマヨネーズソースが効いている。あと、若干の胡椒の風味。
食レポが苦手な俺としては美味いとしか言いようがないのだが、それでもカスミの表情がほころんだ。
「うん。沢山あるからいっぱい食べてね」
ああ。と咀嚼中の口の中で呟く。
それにも、カスミは嬉しそうな顔をした。
俺は持ってきた紅茶入りの水筒の蓋を開けて、自分の分と、そしてカスミの分を注いだ。サンドイッチには紅茶が合うと思う。
コーヒーでもよかったのだが、カスミが持ってきた食事がサンドイッチだということを知って、森に出かけることにしたとき、何となく紅茶の方を選択したのは、多分そのように思っていたせいだ。
「ありがとう」
「まだ熱いから気をつけてな」
俺はカスミにそう注意する。
そして思った。
しかし、不思議なものだ。
この歳になってから、自分よりも一回りぐらい下の女の子とピクニックをするなんてことがあるとは思ってもいなかった。
おそらく、現代日本に居たままならこんなことは起きなかっただろう。
ダンジョン内でなら、他の同行者と——基本ソロなのでその機会も滅多にはないのだが——食事を取ることはあるかもしれないが、流石にダンジョン内ではこういう気分で食事をすることはない。
こんなまったりとした時間を過ごせるようになったのは、ダンジョンと繋がっている村を発見したからだ。
人生はふいに変わるものだとそう思った。
魔法のような体験なのかもしれない。
……そう考えていて、ふと、気づいた。
「カスミ。魔法って分かるか?」
「魔法? おとぎ話か何か?」
うん……なるほど。
俺はその回答で大体理解した。
ダンジョン探索者のスキルには、魔法がある。かつてのアオがその例だが、魔術師とか魔法使いとか呼ばれるクラスなら魔法を主体にして戦うことになるわけだ。
さてここで、まだ言っていなかった村の特性の話がある。
《《村では、スキルが使用できる》》。
俺自身、魔法が使えるクラスではないのだが、敵感知や気配感知、あるいは罠発見のようなスキルは所持している。
大半のスキルは村では特に用がないのだが、例えば、今回のような森でのピクニックで、気配感知をすることで近くに大型の動物がいないことを察知することができるわけだ。
ちなみに今、小型の生き物が一体、比較的そばに存在していることを察知している。おそらく、ウサギかリスのような小動物だろう。
このスキルは、前にも言ったと思うが、現代日本では使用できない。
渋谷の街で近くにいる人々を察知することはできないわけだ。
厳密には、一切できないのではなく、気配に対する勘の鋭さみたいなものは残るが、スキルとしての機能——これをゲーム風にレベルと言い換えてもいいが——は、大きく低下する。
だが、村では普通に使用できる。
これは俺の仮説なんだけれども、多分、この村がある世界の方が、本来のダンジョンの世界と密接な関わりがあるのだと思う。
どうやっても曖昧な話になるので、適当に聞き流してもらっても構わないが、村とダンジョンは同じ世界線の存在で、現代日本はそれらに対する異物なんじゃあないかと思っている。
だから、ダンジョンでも村でもスキルは使えるが、日本ではそのスキルの効果が著しく低下する——ないのにほぼ等しくなるというわけだ。
現状、村の存在を知っているのがおそらく俺だけなので、検証された話というわけではなく、あくまでも俺の推測に過ぎないことには注意してほしいが。
さて。
では、村の住民にとって、スキルがどんな認識なのかという疑問が湧いてくる。
これを、今まで確認する相手がいなかったわけだが、今回カスミに聞いてみた。
その答えが、さっきのもの。
——魔法? おとぎ話か何か?
つまり、村の住民にとっては、魔法というものはあくまでも物語の世界に出てくる存在のようだ。
もちろん、カスミだけにしか聞いていないので、推測の元データとして十分ではないかもしれないが。
一体どういうことなのか。
もう少し、検証する必要がありそうだった。




