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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす
第一章

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第十三話「焚火から始まる新しい日常」③

 夕方の空が、森の端からゆっくりと茜色に染まり始めていた。

 ウルフの寝床になっている納屋の近くでは、小さな焚火がぱちぱちと音を立てている。

 焚火の上では、魚や肉を刺した串がじゅうじゅうと美味しそうな音を立てていた。脂が火に落ちるたび、香ばしい匂いがふわりと広がる。


「はい、アーサー。これは熱いから気をつけて」


「ありがとう、母さん」


 エレインが久々に明るい顔で食事を配っていた。

 アーサーは受け取った皿を両手で持ちながら、その穏やかな表情をしばらく見つめてしまう。


「どうしたの?」


「ううん。何でもない」


 アーサーは小さく笑って、焚火のそばへ腰を下ろした。

 隣ではルーシーが串の魚を大事そうに持ち、アリスは肉の焼け具合を見ながら、火の向きを少し整えている。


「これ、もう食べていい?」


「まだ。外だけ焦げて中が生だったら嫌でしょ」


「アリスって、食べ物のことになるとすごく真剣だよね」


「そりゃ、食べ物のことだからね。でも食べ物に一番うるさいのはアーサーでしょ!」


「確かにそうね!」


 そう言ってアリスはアーサーに悪戯っぽい笑みを向けた。

 そんなやり取りに、アーサーは「え!? そうかな??」と頭を掻きつつ楽しそうに笑った。


(何か、変な感じだ……)


 アーサーは焚火を囲む顔ぶれを見渡して不思議な気持ちになる。

 少し前まで、こんなふうに皆で火を囲んで食事ができる日が来るとは思っていなかったからだ。

 ルーシーは疑いを晴らし、村の空気も少しずつ落ち着きを取り戻している。ウルフも、まだ仏頂面ではあるが、教会の敷地内にいることを拒まなくなった。

 もっとも、そのウルフだけは焚火の輪の中で一人、ひどく疲れた顔をしていたが。

 連日のようにアーサーに構われ、ルーシーに礼を言われ、アリスに面白がられ、エレインには食事の心配までされている。森で一人静かに過ごしていた時とは、まるで違う騒がしさだった。


「ウルフさん、お肉もう一本食べる?」


「……いらん」


「でも、さっきから魚しか食べてないよ?」


「寝る前に肉を食べ過ぎると体がちゃんと休まらないし、もう十分食っている」


 ウルフは低く答え、串焼きのローチにかぶりついた。

 その横顔は、戦場帰りの兵士というより、群がる子犬に追い回された狼のようだった。

 アーサーはその様子を見て、しみじみと息を吐く。


「これが平和ってやつかな」


 誰に言うでもない呟きだった。

 焚火の音と、肉の焼ける匂いと、誰かが笑う声。

 ウルフは半眼でアーサーを見る。


「お前の平和は、随分とうるさいな」


「うるさいくらいがいいんだよ。静かすぎるより、ずっと」


 アーサーがそう言って笑った、その時だった。

 砂利を踏む硬い足音が、納屋の方へ近づいてきた。

 皆が振り向くと、薄暗くなり始めた道の向こうからピーターが歩いてくるのが見えた。

 その横には、見慣れない男が一人控えている。

 旅装は簡素だが、粗末ではない。手には封書を携えており、その佇まいから、教会からの使者であることはすぐに分かった。


「ピーター?」


 アーサーが立ち上がる。

 ピーターは焚火の明かりが届くところまで来ると、使者から書状を受け取った。

 封蝋を確かめた瞬間、彼の眉がわずかに動く。


「……ウェルズからです」

 その一言で、アーサーの背筋が冷えた。

 さっきまで温かかった火のそばが、急に遠くなる。


「ウェルズ……?」


 アリスが目を瞬かせる。

 ウェルズ──書状は中央教会がある、ウェルズ大聖堂からのようだった。

 立ち尽くしたまま戦慄しているアーサーを、ルーシーは不安そうに見上げた。

 中央などという大それた場所から書状が来るような心当たりが、アーサーにはたくさんあった。そう、ここ最近色々ありすぎた。

 戸惑うアーサーを他所に、ピーターは静かに封を切り、書状に目を走らせた。

 そして、明らかに顔色を変える。


「ピーター、何が書いてあるの?」


 アーサーの声は、自分でも分かるほど硬かった。

 ピーターは一度口を閉じ、深く息を吸った。

 それから、静かな声で読み上げる。


『 聖ヒュー教会の聖務補佐および現地事情確認のため、司祭エドウィン・アルフレッド・ペンストレイトを派遣する。


赴任日は六月二十四日、洗礼者聖ヨハネ誕生祭の日とする。


同人を迎え、その職務に必要な敬意と助力を与えられたし 』


 焚火を囲んでいた空気が、ぴたりと止まった。

 脂の落ちる音だけが、やけに大きく響く。

 アーサーの手から、木のスプーンがぽろりと落ちた。

 乾いた音を立てて地面に転がる。


「……エドウィンが?」


 エドウィン──エドウィン・アルフレッド・ペンストレイト。このペンストレイト領の領主嫡男であると同時に、現在は中央教会の人間である。

 アーサーの顔から血の気が引いていく。

 アリスは一拍置いて、なぜか面白そうに口元を押さえた。


「へえ」


「アリス、今の〝へえ〟は何?」


「いえ、別に」


 楽しそうなアリスの様子に、ルーシーは状況がよく分からないまま、こてんと首を傾げた。


「エドウィン様が、アーサー兄さまと一緒にお勤めになるの?」


 その無邪気な問いに、アーサーは答えられなかった。

 ピーターが深く、長いため息をつく。

 すると、それまで黙っていたウルフが、焚火の向こうでぼそりと呟いた。


「上の連中が動いたか……まあ、あれだけの大事が起こったんだ、何も起こらないはずもないだろう。……平和、短かったな」


 そのあまりに率直な一言を、誰も否定できなかった。



【書状原文:ラテン語】

Johannes, Dei gratia Bathoniensis et Wellensis episcopus, dilectis filiis rectori, clericis et ministris ecclesiae Sancti Hugonis de Assheworth, salutem, gratiam et benedictionem.


Cum nobis relatum sit ecclesiam vestram auxilio et diligenti inspectione indigere, dilectum filium nostrum Edwinum Alfredum de Penstreit, presbyterum, ad vos mittimus, ut in divinis officiis subveniat, statum loci videat, et ea quae ad pacem, disciplinam et utilitatem ecclesiae pertinent fideliter inquirat.


Mandamus igitur vobis quatenus ipsum Edwinum, die Nativitatis Sancti Johannis Baptistae, videlicet xxiiii die Junii, apud ecclesiam praedictam recipiatis, eique in his quae ad officium suum pertinent debitam reverentiam et auxilium impendatis.


Datum apud Welliam, sub sigillo nostro.



【書状訳】

バースおよびウェルズ司教ヨハネより、アッシュワース聖ヒュー教会の司祭、書記、ならびに教会奉仕者へ。


貴教会には聖務の補佐および現地事情の確認が必要であるとの報告を受けた。

よって、我らが愛する子、司祭エドウィン・アルフレッド・ペンストレイトを派遣する。

同人は聖務を補佐し、当地の状況を見分し、教会の平穏、規律、ならびに益に関わる事柄を忠実に調べるものとする。


ついては、来たる六月二十四日、すなわち洗礼者聖ヨハネ誕生祭の日に、同エドウィンを当教会に迎え、その職務に必要な敬意と助力を与えるよう命じる。


ウェルズにて、我らの印章のもとに記す。



【第一部一章、了】

 第二章へ続く!

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