第十三話「焚火から始まる新しい日常」①
早朝、薄明るい空へ教会の鐘が鳴り響く。
代官トーマスへ呪いの真実を突き付け、理不尽な振る舞いを改めるよう話し合った、あの清めの夜から数日。
村は静かに変化していた。
朝のミサを終え、アーサーが村人たちを見送っていると、以前より明らかに人々の態度が柔らかい。
老人は帽子を取って挨拶し、主婦は蜂蜜を買いたいと声を掛け、子供たちはルーシーへ笑顔を向けている。
そんな様子に、アーサーは戸惑いながらも、ぎこちなく応じた。
呪いの件は、表向きには森に溜まった瘴気が水へ溶け出したもので、流浪人とは無関係とされた。さらに、その瘴気もアーサーの清めの儀式によって霧散したことになっている。
そのため村人たちは、前にも増して若き司祭へ尊敬の眼差しを向けていた――アーサーには、それが何だか居心地悪かった。
(だって今回真相解明で一番頑張ったのはウルフやアリスだったのに、ただ祈ってただけの僕が聖人みたいな扱い受けるのは、何か違うだろー……)
そんなアーサーの内心を察してか、隣に立つピーターが周囲へ聞こえぬよう小声で語りかけた。
「どんな形であれ、あなたが居たから事件が解決したのは確かなので、もっと自信を持ちなさい」
アーサーは村人たちの背を見送りながら、落ち着かなげに視線を揺らす。
「そう、かな……?」
ピーターはわずかに肩をすくめ、諭すように言葉を継いだ。
「どれほど証拠があっても、間違っていると代官殿へ言える者がいなければ届きませんでした」
その言葉に、アーサーは小さく息を呑む。
「……確かに」
「ルーシーの件も、あの夜も同じです。あなたがいたから押し切れなかった。それが、あなたの持つ高貴な血の力です」
アーサーは思わず胸元へ手を当て、複雑そうに眉を寄せた。
「血……僕の持つ、クロムウェルの──貴族の血……ウルフのような賢さや、アリスの持つ勇気、ルーシーの優しさ、もちろんピーターさんのその聡明さも、血のあるなしで霞んでしまうなんて、おかしいよ……」
ピーターはそんな若き主人を見つめ、珍しくやわらかな笑みを浮かべる。
「逆です。あなたが正しく使えば、埋もれた力を生かせるのですよ」
二人でしんみりとそんな会話を交わしていると、ふと澄んだ声が掛かった。
「アーサー兄さま」
会話に集中していて周囲のことを忘れていたアーサーは、びくりと肩を跳ねさせる。
「ルーシー、ななな何?」
話題の中心にいた本人から声を掛けられ、挙動不審気味に返事をした。
「どうしたの、そんなびっくりした顔して。これからウルフの引っ越しを手伝うから、アーサーもどうかなって……」
ルーシーが不思議そうに首を傾げながらそう言うと、アーサーの顔はぱっと明るくなった。
「え!? 行く!!」
食い気味に返したその声に、ルーシーが思わず目を丸くする。
すでに足は今にも駆け出しそうに前へ出ていた。
「アーサー。お手伝いは構いませんけど、朝食をちゃんと済ませてからになさい。聖務も忘れてはいけませんよ」
呆れ半分にピーターがたしなめると、アーサーは振り返りもせず手だけをひらひらと振った。
「朝ごはんは、みんなで食べるから持って来て! マーサに蕪でも煮てもらって、ミルクとパンも持って来て!」
「まったく、人使いの荒い……」
ピーターが額を押さえる横で、ルーシーはくすくすと笑う。
一刻でも早くウルフのもとへ行きたいアーサーは、その手を取るとルーシーを引っ張るようにして早足で歩き出した。
「フンフフーンフンフーン」
鼻歌まじりに、アーサーは納屋へ運び込んだ家具をせっせと並べ替えていた。窓代わりの小さな明かり取りから差し込む朝の光の中、机を壁際へ寄せ、椅子の向きを直し、棚の上に小物まで整えている。
その様子を、寝床代わりの藁束へ腰掛けたウルフは腕を組んだまま眺めていたが、その表情はどこか怪訝だった。
ただ「部屋の荷物くらい僕らがやるから、ウルフはゆっくりしてて」と追い払われたからではない。
納屋の中には、机、椅子、棚、毛布、聖書台、蜂蜜壺に花瓶代わりの瓶まで持ち込まれ、どう見ても一人分以上の生活空間が出来上がりつつあったからだ。
「……アーサー、おい」
低い声で呼ばれ、アーサーはぱっと振り返る。頬にはうっすら汗が浮き、妙に晴れやかな笑顔だった。
「ん? 何ですか、ウルフ!」
その上機嫌ぶりに、ウルフは半眼になる。
「俺はそんなに家具は使わないのだが。せいぜいこの寝床があればそれでいい……それに、随分と小物が多いな」
視線の先には、木の杯や書き物道具、読みかけの聖書まで置かれている。
「何言ってるんですか。これは僕の分です。ウルフがここに住むなら、僕も住みます!」
胸を張って言い切るアーサーに、ウルフは思わず額を押さえた。
「お前が四六時中ここに居るってことか? 勘弁しろ。牢屋より管理が厳しいじゃないか」
「何馬鹿な事を言ってるんですか、アーサー様。そんなことが許されるわけありません」
いつの間にか入口へ立っていたピーターが、冷えた声で言い放つ。片手には朝食の籠、もう片方の手にはまだ運び込まれていない荷物を抱えていた。
「納屋はウルフ殿に特別に貸しましたが、あなたは大人しく司祭館の自室をお使いください」
「ピーター、何でそんなひどい事を言うんだ! せっかく新しい友達が増えたんだから、親交を深めたいじゃないか」
抗議するアーサーに、ピーターは眉一つ動かさない。
「住むのはやりすぎです」
ぴしゃりと言い切られ、アーサーは露骨に肩を落とした。
「全く、アーサーはすっかりウルフさんにご執心ね。私やルーシーを忘れないで欲しいわ。朝ごはん持ってきたから、みんなで食べましょ」
くすくす笑いながらアリスが籠を掲げると、その後ろからルーシーも顔を覗かせる。焼きたてのパンの香りが納屋へ流れ込んだ。
「別にアリスを忘れた訳じゃないよ。男性の友達はウルフが初めてだからね。ウルフ、今日はまだご飯食べてないだろ。一緒に食べよう」
気を取り直したアーサーが手を差し出すと、ウルフは少しだけ目を細めた。
「分かった」
立ち上がって外へ向かいながら、ウルフはすれ違いざまにピーターへ小声で囁く。
「家具は後で全部外に出しておくから、片付けておいてくれ」
ピーターは無言のまま、深く頷いた。




