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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす
第一章

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第十二話「崩れた威光」④

 村人たちをすべて家へ帰した後――。

 期待に胸を膨らませたトーマスが司祭館へ足を踏み入れると、そこにはウルフ、アリス、ミルナー夫妻、ピーター、そしてアーサーの母エレインがずらりと並んで待ち構えていた。さらに床には、顔へ袋を被せられ、縄で縛り上げられた羊飼いたちまで転がされている。

 その異様な光景に、トーマスの思考は一瞬止まった。

 呆然としたまま視線を巡らせる。すると部屋の奥には、本来なら資料室にあるはずの税務や経理関係のロール紙、帳簿の束が積み上げられていた。

 次の瞬間、トーマスは激昂して叫ぶ。


「これはどういうことだ、泥棒どもが!!」


 ひと目で、それが代官邸から持ち出された機密資料だと分かった。同時に、自分がまんまと嵌められたことも悟る。


「アーサー、貴様! 私を騙したのか! 誠実であるべき神の子が! 日中、私に語った言葉は偽りだったのか!?」


 怒声を浴びせられても、アーサーは驚くほど冷静に首を横へ振った。やがて一本のロールを手に取り、静かに前へ進み出る。


「いいえ、トーマスさん。あの時、あの瞬間に貴方へ吐露した気持ちに嘘はございません。貴方が私へ長くご指導くださったことは、まごうことなき一つの真実です。師の教えに背いた自分を恥じ、心から謝罪もいたしました」


 その落ち着き払った返答に、トーマスはますます顔を紅潮させる。


「ではこれは一体なんだ! どうして我が家に置いてあるものがここにあり、いなくなったはずの流浪人の野蛮人が居て、羊飼いが居て、それにミルナーまでここにいるのか!?」


 唾を飛ばさんばかりに怒鳴るトーマスへ、アーサーは一歩も退かず、真っ直ぐ視線を返した。


「私が自分の間違いを認めたことと、皆が貴方へ確かめたいことがあるのとは、別の話です。ゆえに、こうして集まっていただきました。代官殿」


 その言葉に、周囲の面々も黙したままトーマスを見据える。


「確かめたいことだと!?」


 声を荒らげるトーマスへ、アーサーは今度こそはっきりと言い切った。


「そうです。一つは森の警備犬のこと。警備犬を管理する羊飼いたちが、私たちの生活の要であるウィンドル川で、犬を危険な薬品で洗っていたこと。そして何より、ペンストレイト様へ納めている領民の税についてです!」


「それは……」


 そこまで聞いた瞬間、トーマスの顔から血の気が引いた。

 ついにアーサーは、もはや看過できぬという面持ちで問いかけた。


「多くの体調不良者を出した呪いは流浪人のせいだと、村民には流布されていました。しかし羊飼いたちは白状しました。村へ犬の病を持ち込ませるわけにはいかないから、川で犬を洗ってから放てと指示されたと。そのため犬から穢れが漏れ出し、呪いとなって村民を苦しめる結果となりました。それを、あなたは知っていましたね。私たちは『体調不良者が実際にどの地域で、どのような症状を訴えていたか』を克明に記録した資料を持っています。その分布は、トーマスさんが指示を出した警備犬の行動範囲と、ウィンドル川の水源に集中していました。羊飼いたちは、そう告白しました」


「し、知らん! 私は確かに、村の外の犬の病や穢れを持ち込むな、綺麗にしろとは指示した。だが、あの川で洗えとは言っていない……それは羊飼いどもの判断だろう!」


 トーマスの言い訳を聞いた羊飼いたちは一斉に震え始めた。袋を被せられているため表情は見えない。それが怒りか、悲しみかは誰にも分からない。

 そこへ、堪えきれぬようにサイモン・ミルナーが声を張り上げた。


「だとしてもです。犬は貴方の指示で村へ連れ込まれた。その犬を管理する羊飼いの行動は、貴方の責任になるのですよ、代官殿! 貴方も知らぬはずはないでしょう。水源の汚染は重罪です。ペンストレイト様がお知りになれば、どう思われるでしょうね。何せこの村の水源を司る我が家にも、水質を守るため協力を求める誓約書へ署名までさせたのですから」


「ヒッ……それは……」


 領主の名が出た途端、トーマスはさらに狼狽え始めた。


 そこへ割って入るように、アーサーが手にしていたロール紙を広げ、目の前へ突きつける。


「トーマスさん。これ、何なんですか」


「は? これとは……蜂蜜の収支報告と納税帳簿?」


「そうです! 当教会から出荷した蜂蜜の納入量が、何で三十%も減らされてるんですか。しかも収穫量が少ない理由は何ですか! 天候が悪かった? 管理者である僕の管理が悪かった? これって一体どういうことなんですか? あれだけ散々、趣味程度でもないよりはマシだからあるだけ納品しろって言ってきたくせに、なんでですか!!!!」


 突然の勢いに、トーマスは思わずたじろいだ。


「あ、えっ、それはだな……」


「落ち着いて、アーサー。話がずれてる」


 自分が丹精込めて作った蜂蜜を雑に扱われた怒りに、アーサーは我を忘れていたらしい。アリスが慌ててその肩を掴み、後ろへ引き下がらせる。


 入れ替わるように、サイモンが静かに口を開いた。


「そうやって申告を歪めることで、裏金を捻出していたのでしょう、アーサー様。たとえば、その羊飼いたちを雇うための金の出どころも、主に蜂蜜の差額からではありませんか。多くの目が入る小麦より、よほど弄りやすかったのでしょう。何せ『クロムウェルの子が趣味で作っているもの』ですから」


「趣味じゃないです! ライフワークです!」


「アーサー、分かってるから! 黙ってて!」


 再び食ってかかろうとするアーサーを、アリスが必死に押さえ込む。

 その様子を見ていたウルフは、呆れたように鼻を鳴らした。


「締まらないな……この不良神父」


 場が一瞬だけ妙な空気に包まれる中、サイモンは改めてトーマスへ向き直る。


「つまり、全部分かっているんですよ。トーマス・バートン代官殿」


 静かな最後通告だった。

 トーマスはがっくりと肩を落とす。気の抜けたその姿では、上等な礼服も白い豪華なマントも、張りぼてのように空虚に見えた。


「私に……どうしろというのだ」


 その問いへ、アーサーがまっすぐ答える。


「ミルナーさんの誓約書を破棄し、ルーシーの名誉を回復して無事に解放してください。そしてウルフの不当な追放を取り消してください。これがなされない場合、ペンストレイト様と教会中央支部へ、エドウィン・ペンストレイト助祭を通して全ての証拠を送り、監査が入るよう働きかけます」


「それだけは……勘弁してくれ。私にはここしかないのだ」


 力なく懇願するトーマスへ、アーサーは悲しげに眉を寄せた。


「だったら、もっとみんなに優しくしてください。僕は、貴方の厳しさは誠実さの表れだと信じていたのですよ。人としての在り方とか、儀式での口上の仕方とか、今の僕は貴方の存在なしに語れませんので……」


「アーサー司祭殿……いえ、アーサー様……」


 裏切られたような顔で見つめるアーサーを前にして、トーマスはようやく己の犯した罪を自覚し、自らを恥じたのだった。



 その後、村の裁判所へ監禁されていたルーシーは解放され、毒草と取り違えられた件の犯人から謝罪を受けたことで、村での名誉も回復した。

 ミルナーが署名させられていた不条理な誓約書も回収され、その場で燃やされて抹消された。

 そしてウルフは再び村への滞在を許された――とはいえ、領主発行の滞在許可証は持たぬため、身分としては今まで通り流浪人のままである。

 しかしアーサーの強い希望もあり、ウルフは正式に教会預かりとなり、敷地内の納屋へ住み込む許可が下りた。

 ウルフ自身は、別に静かに暮らせるならこの村でなくてもいいし、むしろ出ていきたいと真面目に主張していた。だが、アーサーが成人にあるまじき泣き落としを見せ、ルーシーやアリスまでもがぜひ残ってほしいと頼み込んだ結果、ついに根負けしたのだった。

【最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ 】

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