第十二話「崩れた威光」①
朝のミサが終わると、アーサーは参列者たちの群れの中からトーマスの姿を見つけ出し、ピーターに声を掛けに行ってもらった。
本来なら自分で直接話しかけるべきだとも思ったが、祭具の片付けや堂内の整理を放り出すわけにはいかない。用件も、後ほど謝罪と相談に伺いたいと一言伝えるだけである。ならば、今はピーターに頼んでも差し支えないと判断したのだ。
やがてトーマスを見送って戻ってきたピーターに、アーサーはそっと様子を尋ねた。
「アーサー様のお申し出に、たいそうご満足のご様子でした。『ご来訪をお待ちしております』とのことです」
その返答に、アーサーは小さく頷く。
「ありがとう、ピーター」
そう、礼は述べたものの、見つめ返すピーターの眼差しはなお厳しいままだった。
それも無理はない。昨夜アーサーは、ウルフ、サイモン・ミルナー、母エレイン、そしてピーターを一堂に集め、自分が置かれている状況を初めて母とピーターへ打ち明けたのだから。
最近になってアーサーが、ルーシーやアリスと何やら密かに動いていることまでは、二人とも薄々察していた。だが、まさか流浪人ウルフやミルナー夫妻まで巻き込み、代官トーマスと真っ向から敵対するところまで事態が進んでいたとは、夢にも思っていなかったのである。
そして、これから代官邸で行われる犯罪すれすれの大作戦を聞かされ、母は泣き、ピーターは頭を抱えた。
「申し訳ありません。ウルフさん、ミルナーさん。私が息子を甘やかしていたばかりに……! アーサー、貴方はいくつになったの? 司祭にもなって、やって良いことといけないことの区別もつかなかったの?」
いつになく憤慨し、厳しく叱責してくる母に、アーサーは幼い子供のように謝り続けることしか出来なかった。
続けてピーターのお説教。
「アーサー。貴方は自分が何をしたのか分かっているのですか。これからの展開によっては、最悪、代官殿だけではなく、ペンストレイト家とクロムウェル家の対立を助長し、借りを作って旦那様に損害を与えうるところまで来ているのですよ。私は貴方と一緒にこの地へ来て、貴方の苦しい立場を思えば多少のことは目こぼししてきましたし、成人としての分別を信じても参りました。ルーシーとの交遊に関しても、貴方の立場が悪くならないよう今まで配慮してきたつもりです。ウルフ氏のことも、私たちにちゃんと相談くださいましたら同様に対応しようと考えていました。なのに……こんな大事になってから、他人の口から報告されるなんて……私の立場としては情けなくて仕方ないです」
ピーターの指摘に、アーサーはようやく冷静になった。自分がいかに愚かな秘密主義に浮かれていたのかを、そこで初めて自覚した。
(そうだ。ウルフの件でトーマスに目を付けられた時点で、ちゃんとピーターや母さんに相談していたら、ここまで事態が悪化することは避けられたのかもしれない)
今さら気づいても、すべては手遅れだった。
皆から聞かされた作戦の内容を確認したピーターは、冷徹な判断を下した。
「ミルナーさん。うちの司祭の尻拭いに関わらせてしまい、申し訳ありません。ですが、全てが失敗した場合、当クロムウェル家は無関係を貫かせていただきます。とはいえ、夜逃げの際には旦那様へ相談し、新たな移住先をご案内できるよう助力させて頂くことはお約束します。ただし、どういう形で落ち着くかまでは保証出来かねます」
ピーターの進言にサイモンは申し訳なさそうに首を横に振る。
「いえ、我が家もあの男には悩まされておりましたし、実は元よりどこかへの移住も視野に入れておりました。そうしたお言葉を頂けるだけで十分助かります」
「本当に申し訳ない限りです。そしてアーサー。貴方も、アリス嬢とウルフさんの行いが露見しても一切擁護せず、無関係を貫きなさい。それだけが貴方が生き残る唯一の道です。そして、二度と代官殿に頭が上がるとは思わないでください。旦那様もきっと自業自得と仰るでしょう。良いですね」
「はい……」
ピーターの恐ろしい言葉に、アーサーは真っ青になって頷いた。
そんな一同のやり取りを遠巻きに眺めていたウルフは、「全くもって、随分立派な聖職者だな」と呟き、愚か者を見るような目で半ば呆れ返っていた。
そんな悪夢のような昨夜の記憶を思い返しながら、アーサーは代官邸へ向かう馬車に揺られていた。
屋敷が近づくほど胸の内は重くなり、落ち着かない気持ちを紛らわせるように窓の外へ目を向ける。すると、ミルナー夫妻が代官邸のある方角から歩いてくるのと、一瞬すれ違った。
恐らく先に呼び出され、『公衆衛生と水質保証に関する誓約』へ署名させられたのだろう。
ウルフとアリスの作戦が失敗すれば、彼らはすべてを失い、この村を去ることになる。作戦の成否は、アーサーの演技に懸かっていると言っても過言ではなかった。資料室は謁見室の隣だ。少しでも長くトーマスの気を引き、二人が帳簿を持ち出す時間を稼がなくてはならない。
ミルナー夫妻の姿を見た瞬間、思わず向かいに座るピーターへ視線を向ける。だが彼は、依然として厳しい表情のまま、何かを考え込んでいるようだった。
(ウルフと仲良くなりたいと思ったことに後悔は無い……でも、僕の浅はかな行動でウルフは居場所を追われ、ルーシーは囚われ、アリスどころかミルナーさんたちまで危険にさらしてしまっている……僕が責任をもって、トーマスさんをどうにかしなくちゃいけないんだ……)
しかし、これまでアーサーが都合によりトーマスに対して対抗したり、交渉したりすることはあっても、明白な嘘を吐いたり、騙すような真似をしたことなどほとんどない。幼い頃から、それはしてはならないことだと教えられて育ったのだから。
そもそも疑り深いトーマスは他人の機微に聡く、嘘や誤魔化しを看破することにも非常に長けていた。
アーサーは自分の行動ひとつで、みんなの行く末が、運命が左右されるのかと思うと、急に恐ろしくなる。震えそうになる身体を堪えていると、ピーターが不意に肩へ手を置いた。
「あなたは素直でいれば良いんです。今は自分の罪に向き合い、全ての人のために代官殿へ謝罪なさい」
その言葉に、アーサーははっとした。他人を欺こうとするから恐ろしくなるのだ。そもそもトーマスからアーサーへの指摘自体は、社会的には正しい。ただ、自分の正義感と合わないだけで……。
「代官殿がおっしゃることも、決して間違っていないことだと、ちゃんと飲み込みなさい。今後も貴方のしたいように生きたいのならば」
静かに言い含めるような声に、アーサーは小さく頷いた。
「はい……」
「皆の頑張りに対し、後悔からの謝罪ではなく、労いと感謝を伝えられることを、私も祈っております」
ピーターの声音がわずかに和らぐ。
「はい……!」
(そうだ。僕には僕の正義があるけど、今は一旦トーマスさんの正義に対して向き合うだけ……それは必ずしも目に見えるところで主張しなくても良かったんだね……)
アーサーは唐突に、今まで自分が周囲と噛み合わなかった原因の一端を理解できた気がした。




