14世紀イギリスが十倍楽しめる!アッシュワース村ガイド⑩
■貴族のお茶会について
14世紀のイングランド貴族の「交流会」は、現代の“お茶会”のような社交的集まりとは少し性格が違いますが、社交+政治+儀礼+娯楽が一体になった場が存在していました。
イングランド(特に14世紀前半、エドワード2世~3世の時代)を前提に説明しますね。
1.現代の「お茶会」に近いものはあった?
結論から言うと、「お茶会そのもの」はありません。
理由:茶(tea)がイングランドに入るのは17世紀(キャサリン・オブ・ブラガンザ以降)
14世紀の上流階級の飲み物は
・エール
・ワイン(主にフランス産)
・蜂蜜酒
なので、飲み物中心の優雅な午後の社交会という文化はまだありません。
2.では、何が“お茶会的”な役割をしていた?
① 大広間での饗宴(Feast / Banquet)
もっとも近いのはこれです。
特徴:城やマナーハウスの「Great Hall」で開催
主催者は貴族や上級聖職者
食事は大きな政治的意味を持つ、音楽、詩の朗読、吟遊詩人、談話
これは単なる食事ではなく:
✔ 同盟確認
✔ 婚姻交渉
✔ 忠誠の確認
✔ 情報交換
✔ 権威の誇示
つまり、社交+政治サロンのような場でした。
② 小規模な私的な集まり
大規模な宴とは別に、
私室や副広間(solar)での談話
・詩やロマンス文学の朗読
・音楽鑑賞
・宮廷風の恋愛談義
これは少人数で、
現代のサロン文化にやや近いです。
特にエドワード3世時代はフランス宮廷文化の影響が強く、
✔ 騎士道
✔ 宮廷恋愛(courtly love)
✔ 洗練された会話
が重視されました。
3.女性中心の集まりは?
完全に女性だけの「お茶会」的な文化はまだありません。
ただし:
・貴族女性が主催する宗教的祝祭
・聖人祭日の集まり
・婚礼前後の女性だけの準備会
などは存在しました。
しかし、17〜18世紀のような「女性社交文化」はまだ形成されていません。
◎交流の目的
14世紀の貴族交流は基本的に:
権力維持
・血縁関係の強化
・領地管理の連携
・王権との関係調整
つまりかなり実務的・政治的です。
◎アッシュワース村の女たちの交流会
この村では、トーマス・バートン代官の妻ヘレナ夫人と、教会の使用人マーサが中心となって開かれる交流会「淑女たちの集い」があり、彼女たちは月二回程度、自分達のお気に入りの女たちを集めて楽しんでいます。
しかし、これは彼女たちが元貴族として忘れられない青春の再演としてのごっこ遊びであり、本当の貴族である実家筋の親戚たちを呼ぶことはありません。
それでも、彼女たちのプライドをかけて本格的な買いを開いており、アーサーのマナー教育(という名のイビリ)の場としても機能しています。
ガイドブックの原稿ストックが終わってしまった。
次の分に何か用意しないとですね。




