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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第八話「正しき立場」②

 トーマスはアーサーの論理的な言葉を聞き終えると、わずかに唇の端を吊り上げ、冷たい笑みを浮かべた。

「ふむ。流石は我が教え子、司祭殿。理路整然とした弁舌の冴えは健在と見える。領民の動揺の原因を、私の警備犬に求めるとは」

 トーマスはアーサーの指摘に対して反論は難しいと判断すると、犬の件は受け流してすぐに別の話題で反撃に移った。

「司祭殿、貴方こそが最近、村人の真の不安の種となっているものに不適切な庇護を与えているではないか」

「それは……」

 トーマスの言わんとすることを察してアーサーは若干顔色を悪くする。

 アーサーの怯んだ隙を見逃さず、トーマスは座ったまま前にやや身を乗り出し、声を一段と落として迫った。

「噂の真偽はどうであれ、得体の知れぬ流浪人の存在こそが、体調不良や不穏な噂の源だと、怯えが広がっている。そして先日、あのルーシーという女が毒草を薬に混ぜたと疑われた時、貴方はその流浪人を、護衛か何かのように横に立たせていたではないか。どこの馬の骨とも知れぬ者を、教会の権威の側に立たせるなど、代官としての私の目から見ても見過ごしがたい軽率な行為だ」

「……」

 痛いところを突かれてアーサーは言葉も無い。

 議論を「公務」から「不適切な私的交友」へと切り替えられ、アーサーは今までの議論における優勢を一転させて追い込まれてゆく。トーマスは犬の問題を受け入れるフリをしてアーサーを油断させていた所に流浪人ウルフの存在という、アーサーにとってより個人的で防御しにくい問題を突いて遣り込める手腕は見事で、彼は流石代官を任されるだけはあるだろう。

 戸惑うアーサーに対しトーマスは畳みかける。

「司祭殿、まずはご自身が連れ添っている『不必要な恐怖』を排除することから始めるべきではないか。それが、目上への敬意を持って私に『指導』を求める、聡明な教え子の振る舞いというものだ」

 トーマスは最後に「聡明な教え子の振る舞い」という言葉を使い、目上としての権威をもってアーサーの私生活の欠点を厳しく指摘し、圧力をかけた。この反撃は、公的な治安と私的な交友の境界を曖昧にし、アーサーの立場を非常に危うくするものだった。

 アーサーはトーマスの指摘を聞き終えると、静かに、しかし断固として反論をした。

「代官殿の懸念、誠に畏れ入ります。教え子として、公務における世間の目を軽んじていると見えたのなら、私の配慮の至らなさでございます。謹んで指導を受け入れます」

「ほう、自分の至らなさを素直に認められるその姿勢は評価しよう」

 トーマスは殊勝なアーサーの態度に勝ちを見出し気分良さげに口角をさらに上げた。

 アーサーはトーマスを尊重する態度を見せたところで反撃に転じた。

「しかしながら、あの者は『どこの馬の骨とも知れぬ流浪人』ではございません。彼は今、教会の慈悲の傘の下で、償い(Penance)と奉仕を求めております。診療所の周辺に彼を置いているのは、聖職者として弱者を助けるという教会の慈善活動の一環であり、一時的な必要性による措置でございます」

「はあ?」

 アーサーの言葉にトーマスは固まる。

 トーマスはアーサーに流浪人と私的交流してることを指摘したが、アーサーはあの日自分の横にウルフが立っていたのではなく、教会の慈善活動の一環で居合わせただけとうそぶいて見せたのだ。これでトーマスの指摘は無意味となってしまい、彼の返す言葉は失われてしまった。

「代官殿。流浪人に対する漠然とした恐怖は、私が魂の指導を通じて鎮めましょう。しかし、その流浪人よりも、夜ごと組織だって徘徊する警備犬の群れの方が、視覚的かつ具体的な恐怖を領民に与えているのも事実です。そして、具体的な恐怖を取り除くのは、世俗の秩序を預かる代官殿の責務に他なりません」

 アーサーが論の焦点を「漠然としたウルフ」から「具体的な恐怖(犬)」へと明確に戻すと、バートンは冷や水をかけられた様子で背筋を正しては唸り声を嚙み殺した。

「私が代官殿に『指導』を仰いだのは、貴殿が領地の治安維持に最善を尽くすという教えを信じているからでございます。この一点において、速やかに警備犬の配備の再考というご英断を賜りたく存じます」

 アーサーはそこに加えて「あなたの教えを信じているからこそ、公的な責務を果たしてほしい」と締めくくり、トーマスの教育者としての自尊心に訴えかけつつ、犬の配備の即時行動を要求して議論の収束を計った。

 トーマスはアーサーの言葉に何とか再反論を試みるも上手い言葉は出てこず、彼は漸く教会の慈悲の論理と公的責任という論理の罠に嵌ったことを理解しては、表情に冷徹な苛立ちを浮かべた。

「……よかろう、司祭殿」

 トーマスは一度、深く息を吐き出し冷静を保とうとする。しかし彼が議論に負けたことを認めたくないのは明白なのが見て取れ、アーサーの背筋に冷たいものが走る。

「警備犬の配備が、領民の動揺を不必要に煽っているという貴殿の指摘は、世俗の秩序を預かる者として無視できまい。即刻、警備犬の配置について再検討させよう」

 アーサーはトーマスから更にどんな言葉が飛んでくるかと身構えていたが、意外にも形式的とはいえアーサーの要求を受け入れるものだった。

「ありがとうございます、代官殿」

 アーサーはトーマスの決定に対し若さゆえに喜びをうっかり露わにしてしまい、それを見てトーマスはみっともないと言わんばかりに鼻を鳴らしてひとくさりした。

「だが、貴殿の『教会の庇護下』にある流浪人について、私の懸念は晴れていない。貴殿の私的な判断が、今後公の秩序を乱すことがあれば、代官としての私の目は決してそれを許さない。その男には、私の監視の目が常にあることを、くれぐれも忘れるな」

「あ……畏まり、ました」

 アーサーは慌てて居住まいを正して反省する。貴族らしからぬ振舞をしてしまったせいか、幼い頃から厳しく接してきた男が煮詰まっている様子を前にしても特にやってやったという気分にはなれなかった。

「まだ、何かありますかな?」

「いえ、要件は全て済みました。代官殿、ご英断に感謝いたします。これにて、領民は一つ、具体的な恐怖から解放されます。本日いただいた公務と私情の区別に関するご指導、確かに胸に刻み、今後の聖務に励みます。ご多忙の折、貴重なお時間をいただき、誠に失礼いたしました」

 アーサーは改めて丁寧に頭を下げてトーマスに一礼すると立ち上がり、村人を連れて退室しようとする。

 トーマスは謁見室の入り口に立っていたヘレナに合図をすると、アーサーを導いて帰りの案内をした。

 誰も居なくなった執務室で、トーマスは一人、表情を険しくした。

「やはり、あの流浪人とは引き離した方が良いな……」

 低く呟き、指先で眉間を揉む。

「身の程を忘れた振る舞いを覚えられては困る。……貴族の品位というものを、思い出してもらわねばな」

 手を下ろしたトーマスの目には、先ほどまでの慇懃さは残っていなかった。冷たい眼差しだけがそこにあった。

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