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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第八話「正しき立場」①

 アーサーが犬をモフモフしながらウルフと密談をした数日後。アーサーは村人の数人を連れてトーマス・バートン邸を訪れていた。

 代官邸の石壁は昼の光を受けてもどこか冷たく、門をくぐるだけで空気が一段重くなるように感じられる。連れてきた村人たちも、自然と口数が少なくなっていた。

(ウルフの汚名を晴らすためにも、僕が出来る事を頑張らなくては)

 村に広がる体調不良の原因をウルフが調査している間、彼の動きに代官トーマスの目が向かぬよう、アーサーは自分に出来る問題の対処に取り組むことにした。

 今の立場でトーマスに働きかけられることがあるとすれば、やはり森に放たれた犬の件だろう。

 村の夜警に犬を導入するなどという重要な話を、村の司祭である自分が知らぬまま進められれば──今後も教会への相談なく物事が決められていくことになる。

 それは、いずれ教会そのものが村の運営に口出しできなくなることを意味していた。

 信者たちの最後の拠り所を失うわけにはいかない。

 そのため、森で犬を目撃した村人を探し出し、本日は証言者として同行させていた。

 訪問者一同は、謁見まで通された小部屋で待機させられていた。窓は小さく、光も薄い。壁際に立つ村人たちは落ち着かない様子で手を擦り合わせたり、足元を見つめたりしている。

 やがて扉が静かに開き、トーマスの妻、ヘレナ夫人が姿を現した。

「お待たせいたしました。こちらへ」

 柔らかな物腰でそう告げると、彼女は一同を謁見室へと導く。

 重い扉が押し開かれる。

 広い室内はよく磨かれているが、どこか冷ややかで、声が響く前に飲み込まれてしまいそうな空間だった。

 アーサーが足を踏み入れると、トーマスが椅子から立ち上がり、慇懃に一礼する。

「これは司祭様、お忙しい中、すぐにお越しいただき恐縮至極にございます。お先ぶれを頂戴し、すぐにお迎えの準備が整いました」

 普段の傲岸さが嘘のような丁寧さだった。

 その視線の合図だけで、従者が静かに動き、椅子を引く。

 同行した村人たちは別の従者に促され、入口脇に整列させられた。

 アーサーは一瞬だけその様子を見やり、すぐに視線を戻して席に着く。

「バートン様、この度はお忙しい中、緊急の面会を許可していただき感謝申し上げます」

「いえいえ、村人を思う気持ちはお互い様でしょう」

 バートンは微笑を崩さぬまま、壁際の村人たちへ一瞥を投げる。

 その一瞬で、彼らの肩が目に見えて強張った。

 アーサーはそれを横目で捉えつつ、本題へ入る。

「さて、本日の要件ですが──」

 言葉を整え、静かに告げる。

「アッシュワース村の治安に関する看過できない問題でございます。ここ数日、村周辺の森に異常な数の犬の群れが出没しております。領民の証言によれば、それは単なる野良犬の集まりではなく、非常に組織的で不気味な徘徊をしているとのこと。これにより、領民は畑仕事や薪の採取を恐れ、生活に多大な支障が出ております」

 一呼吸。

「人の安全と領地の治安を預かる代官として、この異常事態をどのように把握し、対処されるおつもりか、まずはお伺いしたく存じます」

 穏やかな声音のまま、しかし逃げ場のない問いだった。

 トーマスは一瞬、指先に力を込める。机の上に置いた拳がわずかに軋む。

「司祭様、率直にお話しいたします」

 声は崩れない。

「その犬の群れは、私の指示によるものです。近隣の森で羊を狙う狼が目撃されたため、領主の財産と領民の家畜を守るという公的な責務に基づき、やむを得ず夜間に限り警備犬を放っておりました。数が多く、組織的に見えたのは、訓練された番犬を複数使用したためでしょう。領民に恐怖を与えていることは承知しておりますが、これは治安と財産の防御のためとご理解いただきたい。しかしながら、この措置に関する通達が遅れ、司祭様や領民に不安を与えたことについては、私の監督不行き届きでございました。この場をお借りして謝罪いたします」

 トーマスの素直な謝罪にアーサーは頷く。

「そうでしたか。もしかしたらバートン様のあずかり知らぬところで何かトラブルが起きていたのかと心配し状況報告を兼ねて参りましたが、情報の行き違いがあっただけの様で私も安心しました。こちらの者たちは森で犬たちと遭遇した証言者として連れてきましたが、そういう事情であれば重ねて報告させる必要はなさそうですね」

「そうですな。そういう事情ですのでその者たちからの証言は必要はありません。と言うわけで森の犬の件はこちらの伝達ミスではありますが狼を警戒した警備犬と言う事でご了承いただけますか?」

「了承しました。教会の方でもミサの際にでも村民達に森の警備犬の事を通達いたしましょう」

「お手数をおかけして申し訳ありません司祭殿。ところで、話は変わりますが……」

「何でしょう、バートン様」

「司祭殿。私の番犬よりも、そちらの管轄の問題の方が深刻ではありませんか? 村では今、原因不明の体調不良者が頻出し、挙句の果てに『流浪人の呪い』などという愚かな噂で領民が怯えている。領民の魂を導き、恐怖を鎮めるべきそちらの対処は、それで万全だとお考えか? 私の警備犬を問題視する前に、教会の責務は果たされているのかね?」

 トーマスの返しにアーサーは表情を強張らせる。森の犬への関与はあっさり認めたが、この男が素直にアーサーを帰すはずも無かった。「私はミスを認めた。次はお前の番だ」とでも言いたいのだろう。

 アーサーは静かな声のトーンと、頭を下げる動作で敬意を示しつつ、トーマスの攻撃に対し先に彼が使った「領民の恐怖」という要素を再利用することにした。

「代官殿のご指摘、誠に畏れ入ります。領民への信仰指導において、不安鎮静の伝達が遅れた点、教会の務めとして深く反省いたします。しかし、我々が対処すべきは『呪い』という非現実の恐怖ではなく、神の試練としての病、そしてそれから生じる人の心の動揺でございます」

 アーサーはトーマスの話題逸らしによる問題の枠組みを修正し、冷静さを保ちつつ言葉を続けた。

「そして、代官殿。その人の心の動揺を不必要に深めているのが、貴殿の警備犬の存在であることも、また事実です」

 トーマスはアーサーの鋭い指摘にぐっ、と詰まった。

「領民は『真実』を知らされぬまま、犬を『呪いの兆候』と誤認し、恐怖しております。領地の秩序を守るため、まずはこの不必要な恐怖を取り除くことが先決と存じます。この治安維持の一点において、適切な処置についてご指導いただくことはできかねますでしょうか」

 アーサーはトーマスに対し謙虚に「ご指導」という言葉で普段教育係として自分と接する目上の師に対しての地位を尊重しつつ、「指導」を理由に犬の配備の再考を迫った。

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