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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第七話「噂と兆候」②

 アーサーは司祭館を出て教会に向かうと、礼拝の広間に集まった数人の体調不良の信者たちの患部に按手(あんしゅ、Laying on of hands)による祝福を施して回った。

 幸いここに居る村人の中には重篤な症状の者は一人も居らず、祝福を与えると皆安心して普通に歩いて帰っていった。

 それを見送ると、今度は教会から診療所に向かう。

 祝福を求めている患者は診療所にこそたくさん居るだろうし、後は、ルーシーの様子が気になったからだ。

 ウルフの話が出来るのは現状ルーシーだけだから、この騒ぎの中で彼がどうしてるのか何か知らないか訊きたかった。

 診療所に行くと、やはりいつもより患者が多く、シスターや世話人たちが忙しなくあちこち駆け回っていた。

 薬を貰うために並ぶ人の列と、施設に入りきらない患者たちが地面に蹲ったり横たわっている光景を見渡しては、アーサーは顔を青褪めさせた。

 薬草を煎じた匂いに、汗と湿った布の臭いが混ざり合い、空気が重く淀んでいる。咳き込む声や苦しげなうめきが絶えず重なり、耳の奥にまとわりついた。

 思わず息を詰め、アーサーは無意識に胸元で小さく十字を切る。

「どうしてこんな事に……」

 体調不良で不安そうな村人達の何気ない会話に耳を傾ければ、やはりあちこちで〝流浪人の呪い〟について語り合っており、アーサーの胸を締め付けた。

 流浪人──ウルフが呪いを振りまいてるなどという妄言を、どうすれば払拭できるだろうか。その方策を、今のアーサーには全く思いつかず、とにかく少しでも多くの情報を求めてルーシーの姿を人の群れの中で探した。

「あ……!」

 動き回る世話人の中からやっとのことでルーシーを見付けたが、彼女は薬を抱えて特に忙しそうにしている一人だったため、アーサーが声を掛けようか迷っていると、診療所の管理者であるシスターマーガレットが、神父アーサーの登場に気付いては、表情を輝かせて先に駆け寄って来た。

「アーサー様。様子を見に来て下さったのですか?」

 マーガレットが何も知らずに、心強い味方を見付けたと言わんばかりにホッとしているのを見て、アーサーは雑念に惑わされてばかりの自分に少々の罪悪感を感じつつ、神父として状況を尋ねた。

「今日の騒ぎは、一体どういうことなのでしょうか」

「それが……私にもよく分からなくて。確かに最近、微熱や腹痛などの体調不良の患者さんが増えてますけど、今日は、押し寄せるように来てしまって……」

 言葉を選ぶように一度口を閉じ、マーガレットは視線を落とした。

「やはり……何かしらの呪いだったりするのでしょうか……このまま騒ぎが大きくなるのなら、中央教会へ相談することも、考えた方が良いのでは、と……」

 そこまで言うと、彼女はわずかに言い淀む。

 視線の揺れを見て、アーサーはその理由を察した。

 流浪人のことが頭をよぎったのだろう。

 この騒ぎが〝呪い〟として扱われれば、疑いの矛先は彼に向かう。

 それを望んでいるわけではないことは、言葉の端々からも伝わってきた。

 しかし同時に、目の前で苦しむ人々を前にして、何も手を打たないという選択も取れないのだろう。

 その逡巡が、アーサーには痛いほど分かった。

 アーサーは一歩踏み出し、そっとマーガレットの手を取る。

「中央教会への相談は……疫病かどうかの判断も含めて、手遅れにならない内に検討します」

 一度言葉を切り、静かに続けた。

「ですが、安心してください。少なくとも――これは呪いではありません」

 自分でも理屈で説明できる確信ではないことは分かっている。

 それでも、その一点だけは揺らがなかった。

「解決できる問題だと、僕は考えています。だから、もう少し耐えて、村人たちを支えてくださいませんか?」

「アーサー様……貴方様がそうおっしゃって下さるのなら、そうなのでしょうね。ルーシーを救って下さった時のように、何かお考えがあるのでしょう……でしたら、私もそれまで精一杯やらせていただきます」

 若くとも誠実な神父の言葉に気を持ち直したマーガレットに、アーサーは先程祝福を与えてきたが呪いではなかった。薬を飲めば治るものだったと伝えると、ルーシーには会うのを諦めて苦しむ患者たちに祝福を与える作業に入った。

 皆が頑張ってる中で、自分の不安のために自分よりもずっと若いルーシーに甘えて彼女の邪魔をしてまで世間話するわけにはいかないだろうとアーサーは思い直したのだった。


 診療所の患者たちに祝福を施し終わる頃には、夕方のミサの時間はとっくに過ぎてしまっていた。

 ミサのために教会にやって来た村人は少なくなかったが、懸命に患者に祝福を施すアーサーの姿にミサの中止を察しては何も言わずに、もしくはアーサーに応援の感謝の言葉を残して大人しく帰っていった。

 その晩。アーサーは自室で、ウルフと村人の体調不良のことを考えていた。

──このまま騒ぎが大きくなるのなら、中央教会へ相談することも、考えた方が良いのではと。

 マーガレットの言うとおり、このまま体調不良者が増え続けていくと、地方教会の手に余る事態として中央教会の介入は避けられないだろう。

 これが本当に疫病なら、この村だけで済む話じゃない。

 中央教会が出張った時点で『疫病』騒ぎは確定でありアッシュワース村の不祥事となるだろう……そんなの、この荘園の監理者である代官であるトーマスだって避けたいはずだが、この呪い騒ぎに関して、今のところ不気味なぐらい『だんまり』を貫いている。

(幸か不幸か今はまだ〝流浪人の呪い〟なんて言う曖昧な噂のせいで本格的な疫病騒ぎにはなっていないが、対処するなら今しか……)

 そこまで考えてアーサーは青褪める。

「そうか、トーマスさんはこれを本当に〝流浪人の呪い〟にする気なんだ……!」

 アーサーはベッドから飛び起きると、シャツの上から膝丈の上着を羽織り、窓から部屋を抜け出て森の中に飛び込んでいった。

 もちろん、行き先はウルフの元へ──。

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