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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第七話「噂と兆候」①

 アリスの実家であるミルナー家は粉挽きを家業にしており、毎日パン屋や大きな家の下働きが小麦を抱えてやってくる。

 水車のお陰で粉挽きが自動化されたとはいえ、小麦がパンに使える粉になるまでにはそれなりの時間が掛かるわけで、お陰でこの通り粉挽き小屋の周辺はひっきりなしにやってくる粉挽き待ちの人々でごった返す羽目になってしまうのだ。

「粉挽き待ちの方はこちらでお待ちください! そこ、道を遮らないで。荷車が通れなくなっちゃうでしょ」

 粉挽き屋の女将でもある、アリスの母エディスが、隙あらば抜け駆けしようとする順番待ちをけん制している声を聞きながら、アリスも父サイモンの手伝いに勤しんでいた。

「アリス、テッドに代官邸の分が出来たから呼んできてくれ」

「分かったわ」

 サイモンは木箱を重ねた台の上に小麦粉の詰まった大きい麻袋を二つ置いて、ポンポン叩きながら声を掛けると、アリスが小屋から顔を出して、軒下で近くの者と雑談していた痩せた男に声を掛けた。

「テッドさん。小麦粉2ブッシェル(約60Kg弱)、準備が出来ました」

「ってわけでさあ……おお、ありがとねぃ、アリスちゃん」

「お前んとこは、もう出来たのか。流石代官様の家」

 その言葉に、誰かが小さく鼻を鳴らした。

「いんや、ここの家は『家柄』で仕事しねってのは知ってるだろ。さっき来たお前は知らねぇだろうが、ちゃぁんと、朝早くから順番待ちしてただけさ。お前はそろそろ持ち場にもどんねぇと、女将さんに横入りを疑われるぞ」

「違いないな、ガハハ」

 テッドは自分の周りにいた男を散らしながら小麦粉を受け取りに、小屋の中に入って行った。アリスはそれを見送り、順番待ちをしていた次の男に声を掛けようとした時──順番待ちの待機列の方からどよめく声が聞こえて振り返る。

「羊飼いだ」

「犬を連れてるぞ」

 そこには、犬を連れた若い羊飼いが戸惑った様子で立ち尽くしていた。

 アッシュワース村では、粉挽き施設の周辺に動物を入れてはいけないことになっているはずなのに一体何があったのかと、アリスは成り行きを見守る。

 エディスが素早く羊飼いに向かうと、「み、道を間違えました……」と少年が答えているのが聞こえた。

 どうやら単に迷い込んだらしい。

 羊飼いは直ぐに道を引き返していったが、アリスはふと気が付いた。

(あの犬、妙に濡れてる? 水を飲むのが下手なのかしら……)

「嬢ちゃん。もう、小麦を持ち込んで良いんだよな?」

「あ、はい。どうぞお持ちください」

 粉挽き待ちの男に声を掛けられ、アリスは仕事に戻ると、羊飼いのことも、小さな違和感も、すぐ忘れてしまった。


 その日の昼下がり。

 アーサーは珍しく自室で、大好きな蜜たっぷりのハチの巣を片手に、ベッドの上でだらだらと本を読んでいた。

 いつもなら日が暮れるまで忙しくしているところだが、戸別訪問は午前だけで終わり、今日は『淑女たちの集い』の予定日でもあったが、マーサとの遭遇を回避したことで会への参加はキャンセル。首尾よく余暇の時間を手に入れたのだ。

 もちろん、教会長のジャイルズへ聖務の報告をするなど、本業はきっちりと済ませた上である。

 ジャイルズが老齢と病で臥せってからは、この教会で聖務を行える司祭がアーサーだけになってしまい、時間がいくらあっても足りないほど忙しい日も多いのだが、予定が落ち着いていれば、逆に日中でも数時間ほど何もない時間が生まれることもままにあった。

 そういう時、アーサーは人目を避けて自室に籠り、ベッドの上にだらしなく転がって、大好物である自分で育てた蜜たっぷりのハチの巣を片手に、読書を満喫するのだった。

 普段は生活態度に厳しいピーターも、こういう時はアーサーを気遣ってそっとしておいてくれるのがありがたい。

 そんなふうに、司祭として信者に見られてはいけない姿でリラックスしていると、不意にドアがノックされ、アーサーは飛び起きた。

「どうぞ」

 アーサーが促すと扉が開き、ピーターが入室する。ベッドの上に置かれた本とハチの巣の入った器を見て片眉を上げ、咳払いをするも、それには触れずに本題に入った。

「お休みのところ申し訳ないが問題が起こった。ここ数刻で、例の体調不良者が教会に押し寄せている。皆、急な発熱と体の痛みを訴えている。直ぐに来てください」

「なんだって?」

 ピーターからの突然の報告に驚いたアーサーは、ベッドに這いつくばっていた体を、バネのように起こした。

「外はもう疫病のような様相で酷いものです。教会に集まった者が祝福(Blessing)と塗油を求めて騒いでいます。アーサー司祭、貴方の力が必要だ」

「診療所の対応では間に合わなかったの?」

「もちろん先に診察は済んでおりますが、同時に多くの人が発症したため、呪いを疑っているのですよ」

「呪いだって? まさか……」

「……そうです。皆、口を揃えて村はずれに住み着いた野蛮人の流浪人のせいじゃないかと」

「そんなハズないよ! 彼は、ウルフは……!」

 彼は異教徒だけど人を呪ったりしないよ、と言いかけてアーサーは口を噤む。

 ピーターはアーサーの気まずそうな様子に目を細めた。

「彼は、何です?」

「いや、何でもない。着替えてすぐ行くよ……」

 ここで自分がいくらウルフのことを擁護したとしても、主の安全を第一に考える守護者は納得してくれるはずもない。アーサーは今すべき最優先事項に向かうことにした。

「承知しました……ところで」

「えっ、何……」これは呪い

 取り急ぎ、部屋着であるチュニックの上から司祭服のカソックを肩に引っ掛けていたアーサーは、ピーターに声を掛けられ、動きを止めた。

「リラックスするのは結構ですが、はちみつをベッドの上で食べるのはおやめなさいといつも言っているでしょう。汚れた上掛けがマーサに見つかると、また部屋に私以外の巡回が来ることになりますよ?」

 アーサーがピーターの指先を視線で追うと、ベッドの上に置かれたハチの巣の器が傾き、今にも布団を汚しそうになっているのを見つけて慌てて直した。

「は!? ご、ごめんなさい……」

 使用人のマーサはきちんと仕事もするが小言も多く、自分の仕事を増やされるのを嫌がる。司祭館のあらゆる汚れに目を光らせては勝手に巡回をし始めたりと、アーサーにとっては何かと面倒な相手だった。

 ピーターがこうして指摘してくれるのは、アーサーが夜な夜な部屋を抜け出していることを察しているからではないか、あるいはそれを暗に黙認し、マーサが部屋に近づくのを警戒してくれているのでは──と思いたくなるが、別にそんなことはないだろう。

 彼は単に、物は綺麗に使うべきだという、ごく普通の指摘をしているに過ぎない……ただそれだけなのだ。

 真面目で実直なピーターを前にしていると、アーサーは時折、全てを話してしまいたくなる。

 けれど、口を開きかけて──結局何も言えない。

 それが正しいのかどうかも、分からないまま。

(取り敢えず、今は夜に外へ出られなくなるのは困る……)

 ウルフが村に呪いをかけている疑いがある今、彼の様子を確かめるためにも、アーサーが自由に動ける時間が奪われるのは嫌だし、困るのだ。

 こんな事を考えてしまう自分を、アーサーは振り払うように首を振った。

 そんな考えを切り替えようとする頭の隅で、記憶の中のウルフが『不良神父め』と、ぼそりとよぎった。

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