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神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


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第七話「噂と兆候」③

「ウルフ、いるかい?」

 彼のテントの近くでアーサーが声を掛けると、テントの中からではなく外から返事が帰って来て驚く。

 闇の向こうで、犬の気配がざわりと揺れた。

「なんだ」

「ウ、ウルフ……さん?」

 アーサーが森の闇に目を凝らすと、そこにはランプの淡い光の中で、十頭近い犬を周囲に侍らせて座るウルフの姿があり、アーサーはさらに驚きの声を上げた。

「い、犬!? どうしてこんなにたくさん!」

「……ハア」

 ウルフは目を白黒させているアーサーを一瞥しては、面倒そうに溜息を吐くばかりだ。

「その犬どうしたの?」

「最近夜になるとやってくるんだ。はぐれて野犬になると危ないから、迎えが来るまでこうやって面倒見ている」

「迎えが来るってことは、まだ野犬じゃないの、その犬達は……」

「いや、野犬というには手入れも躾も行き届いている」

「そう、なんだ……」

 アーサーは最初、犬の群れを野犬か何かかと思ったが、ウルフによると飼い犬らしい。どの犬も定期的に手入れされている形跡があり、朝になると迎えが来て一斉に帰ってしまうとのこと。

 迎えに来るってことはわざわざ夜の森に放っている人間がいるわけだが、そんな大事な報告をアーサーや教会の人間は一切聞いていなかった。

「犬を森に放すなんて話を、僕は聞いていないぞ。飼い犬なら、そもそもどこの犬なんだ?」

「何だ、何も知らないのか。だとしたらやっぱりアレか」

 アーサーが何も聞いていないと知ったウルフだが、他に思い当たることがあるらしい。

 ウルフに思い当たりがあったとしても、アーサーにはさっぱりだったので、彼に説明を促した。

「アレって?」

「俺への嫌がらせだ」

「何だって!?」

 聞き捨てならない話に、アーサーは眉根を寄せて顎を引いた。

「先日小娘を助けるのに俺を使っただろう。あの時のアレが、あの横にデカいジジイの反感を買ったんだな。全く、こうなるから俺は気が乗らなかったんだ……」

〝横にデカいジジイ〟と言うのは恐らくトーマス・バートン代官の事だろうな、とアーサーは思った。あの日、アーサーにやりこめられてたいそう不服そうにしていた顔を思い出し背中に冷たいものが走る。

「それはその……貴方が静かに暮らしたいところ悪かったけど、ルーシーも危なかったし、仕方なかったというか……その……」

 あのままルーシーが毒草を盛った犯人ということにされていたら、最悪あの場で殺されてしまう可能性もあったので、ウルフには申し訳ないがルーシーを救う手段として彼を巻き込んだことに対して、アーサーには後悔はなかった。

「まあ今更だ。ところでこんな夜中に俺みたいな野蛮人で異教徒の流浪人に何の用だ、不良神父」

「あ、そうだった! 今、村で謎の体調不良が流行っていて、それを貴方が呪いをかけたせいじゃないかってことにされかかってるから、心配になって様子を見に来たんだ」

「俺が村人に呪いをかけただって? そんなことをする理由も義理も俺にはない……と言いたいが、それもあいつの仕業だろうな。俺と正面から戦って勝てないと思ってのことだろう」

 ウルフは足元に寄ってきた犬の頭を無造作に撫でた。ランプの火がかすかに揺れる。

「ああ……」

 アーサーはウルフの大きな体躯と物々しい装備を見ては、頷くしかない。確かに彼なら、やろうと思えば一人でアッシュワース程度の規模の村なら潰せると思うが、領や中央教会が介入し、周辺一帯で連携して本腰を入れるようなことがあれば、彼も無事で済む保障は無いだろうからあまり無理はしないで欲しいと思った。

「確かに貴方は本当に強いんだと思う。けど、僕は嫌だよ……貴方が酷い目に会うのも、ここからいなくなるのも……」

 そもそも、アーサーはウルフが何処から来たのかも、彼が誰でどういう立場の人間かも知らないが、少なくとも大事な友人であるルーシーの命を救ってくれた恩人が罪人として追い立てられるのを黙って見過ごすことは出来ないと思った。

「俺にとっちゃ、既にお前に絡まれ始めた時点で、ここから出て行こうか迷ってたんだが──判断を誤った気分だ」

「そんなこと言わないでよ。僕は貴方と友達になって聞きたいことがたくさんあるんだから……」

「俺はお前に教えることは特に何も無いんだがな……面倒ごとに巻き込まれそうだから、今日にでも出ていくことにする──」

 ウルフとしては、村の代官に目を付けられたと分かったからには、今すぐにでもここから離れるべきだと思ったが、アーサーはそれを必死に止める。

「だから、出て行かないでよ……どっちにしろ今出ていくのはお勧めしないよ。もう、呪いの件が騒ぎになり始めてる。それが解決する前にウルフが急にいなくなったら、その方が周辺の村にも噂が回る可能性がある……呪いの解明のために中央教会を介入させようって動きがあるんだ。そうなったら逃げるのは簡単じゃない。だって貴方の白い姿は夜闇に目立ちすぎる……ウルフ、貴方がどんなに強くても独りで戦い続けるのには限界があるんじゃない?」

「中央教会が? ……じゃあ、俺はどうすればいいんだ!」

 もし中央教会が動いたら、トーマスは大手を振ってペンストレイト領主に武装兵を要請するだろう。そうなれば、ウルフどころか無関係の領民たち大勢にも被害が出るのは火を見るより明らかだ。

「そうなる前に、貴方の潔白を証明しよう」

「どうやって?」

「みんなの体調不良の原因を見付けて証拠と共に告発するんだ。これはウルフを貶めるための嫌がらせだって。僕も協力する」

 ランプの明かりが、アーサーの緑の瞳に宿る真摯な輝きを照らし出し、ウルフは思わず息を呑んだ。何も知らないお坊ちゃんが、と一蹴するには惜しい覚悟めいたものがそこにはあった。

「……お前なあ、証拠があったところで俺の話を人が聞くと思うか? 流浪人の俺がどうにかなったところで誰が気にするんだ。寧ろ、俺が居るせいで余計なトラブルが起こったって証明になってしまうじゃないか。どっちにせよその程度じゃ中央教会は納得しない。そしてお前は異教徒を庇った罪で弾劾されるだろう」

「まだ中央教会は動いてない。トーマスさんはそうなる前に貴方をどうにかしたいと思ってる。あの人は、自分のやり方を邪魔されるのが嫌いな人だから、それを利用すれば、まだ手はあると思うんだ」

 アーサーの言葉にウルフは暫しの間考え込み、覚悟を決めるしかないと悟った。

 残念ながらウルフはもう、渦中の人間なのだ。

 そうとなれば、生き残るためには動くしかないし、アーサーには巻き込んだ責任をちゃんと取らせるべきだろう。

「分かった。確かに今後の事を思えば俺の身の潔白は必要だ。しかし、やるならやり方をちゃんと考える必要がある。因果関係の証明は必要だが、それは俺が良いとか悪いとかじゃなくて病の原因と証拠の解明だけで良いはずだ──そして、それが効果的に行えるのはこの村の司祭として説法が出来るお前だけだ」

 ウルフはそう言って、拳でドンとアーサーの胸元を叩いた。

 その拳の感触に、アーサーはやっとウルフに頼ってもらえた気がして、大きな瞳をキラキラさせた。

「ウルフさん……! 僕、頑張ります!」

「落ち着け。でもその調査とやらは主に俺がやるから、お前が最終的な片を付けろ。何度も言うが、お前が皆を納得させれば、呪いの噂とかどうにかなるだろ。つまり俺を助けたきゃお前が死ぬ気で頑張れ、駄目そうならどうにかどさくさに紛れて俺はここから居なくなるだけだ。追手が来るなら、その前にもっと遠くへ逃げたらいいんだからな。……全く、とんだ面倒に巻き込まれたもんだぜ」

 そう言ってウルフは皮肉気に肩を竦めてムスッとしながら頬杖を突いた。

「分かった、最後は僕がどうにかする。だからウルフ、噂の原因を探すのを手伝って……貴方の事は僕が絶対救うから……!」

 アーサーはウルフの手をギュッと握り、真剣な眼差しで彼の赤い瞳を見詰めた。

「お前……」

 その真っすぐな視線にウルフは思わず言葉に詰まってしまう。この一見気弱そうな若い神父のどこにこんな力強さが眠っていたのかと驚いたのだ。

「ところで、この犬達って触っても大丈夫?」

「あ?」

 急に話題が変わり、ウルフはポカンとする。その一方でアーサーはひとり沢山の犬を見渡してワクワクしていた。

「……知らん。勝手に触って嚙まれても自分のせいだろ」

 犬たちはアーサーの勢いに押され、唸るものもいれば逃げきれずにモフモフされる犬もいた。その様子を見てウルフはやっぱり、こんなお坊ちゃんに呪いの噂なんて騒ぎが収束出来るのか怪しいな、と思い直した。


 すっかり患者の増えた診療所で、ルーシーは休む暇もなく対処に追われる日が続いていた。

 薬をいくら作っても足りないし、そもそも材料となる薬草を取りに行く余裕も足りない。

 それどころか診療所で患者の対応する人員が足りなすぎるのだ。

 原因は分からないままでも、患者が増えるにつれて、効く薬草の傾向は見えてきていた。

 例えば、毒を流すタンポポや、炎症や痛みを和らげるヤロウ、カモミール。腹の痛みが強い者にはフェンネルもよく効いた。

 また、熱や症状で体力が落ちた患者には滋養のあるものを摂取させたりもしているのだが、アーサーが教会の敷地で生産している卵や蜂蜜を融通してくれているお陰で大分助かっている。

 とはいえ卵や蜂蜜は高価だ。衰弱の激しい者にだけ、こっそり回している。

(そういえば、最近アーサーに全然会えてないなぁ……)

 最低限量の食事を飲み込むだけの短い休憩時間。ルーシーはふとそんなことを思い出し沈んだ気持ちになる。

 いや、正確にはアーサーは毎日診療所に顔を出してくれているが、こんな状況でお互いに姿を見かけていても会話する暇がないのだ。

 彼は忙しそうなルーシーの様子に気を使ってくれているようだが、ルーシーとしては一言でも直接激励してもらえた方がよっぽど元気が出るというものだ。

 しかし女心のおの字も知らない理屈屋のアーサーがそんなところまで気が回るはずもないのも知っているので、姿が見られるだけましだなとも思うわけで。

「ルーシー、子供用の薬を出してちょうだい!」

 硬い黒パンの欠片を牛乳で喉の奥に流し込んでいたルーシーに早速そんなオーダーが飛ぶ。

 呼ばれた声にルーシーが急いで食事を終わらせて患者を迎えに行くと、世話人の一人であるメリンダの腕の中にぐったりとした子供が抱えられてた。

「この子、蜂蜜を使って」

 ルーシーは自分が飲んでいた牛乳が少し残った器にお湯を足し、処方した薬に蜂蜜とミントを加えて子供に飲ませてやるのだった。

【続く】

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