第四話「境界を超えるもの」②
思い返せば、アーサーの幼少時代は孤独だった。
平民の女を母に持つ私生児のアーサーは、クロムウェル家の人間としての権利は無いに等しく、周囲からは「お前は貴族ではない」と突き放される一方で、「クロムウェルの血に恥じない振舞をしろ」と厳しく育てられてきた。
厳しいマナー教育はもちろん、遊ぶ相手も制限されており、自由に駆け回ることさえ許されなかった。
それだけに、父から送られた唯一の贈り物である隼は、アーサーにとってペットというよりは兄弟のような存在になるのに時間はかからなかった。
ちなみに、隼はメスで、名前は『ノヴァ』と名付けた。
しかし、自分の体格の半分はある大きさの鳥を常に連れ歩くのは難しく、結局は心の奥が満たされない毎日を送っていた。
ただ、教会のミサや行事に行くと、その時だけは村の子供たちと会話をしても見逃されたのにどれだけ心が救われただろうか。
淋しさを埋めるように積極的に参加する中で、アーサーは「神の前では誰もが平等に関われるのだ」と学び、自然と聖職者の道を志すようになっていった。
それは奇しくも、私生児であるアーサーに許された唯一の生き方でもあった。
いや、それだけではない。
決定打となったのは、当時の数少ない友人だった、ペンストレイト卿の息子であるエドウィンの影響だ。
一つ年上の彼は「男爵って忙しそうだから継ぎたくない、神父にでもなる!」と、会うたびに愚痴っていた。
その言葉通り、エドウィンはオックスフォード大学の神学科に進み、アーサーも彼を追うように進学した。
そして今、大学を卒業した二人はそれぞれの場所に立っている。
エドウィンは中央教会であるウェルズ大聖堂で名誉参事会員としての籍を得た。
一方、アーサーは村に戻り、現在はジャイルズ司祭長の元で、まだ二十一の若さゆえ、現在は司祭の手前の『助祭』という身分ではあるが、神の使徒として修行に励んでいる。
今、アーサーは改めてこの道を選んで良かったと心から思っている。
私生児の立場はどこまでも脆く、それでいて父の威光は強大だ。
個人の私財を持たないアーサーが、親を失っても懸命に生きるルーシーを始めとした貧しい子供たちに手を差し伸べるには、やはり教会の後ろ盾が必要だったからだ。
ルーシーの生家は、貧しい小作農だった。
親と暮らしていた頃は苗字もあったはずだが、幼い彼女を呼ぶ声はいつも「ルーシー」だけで、今ではもう思い出せない。
物心ついた時には、親子三人で早朝から泥にまみれて畑を耕し、日が暮れれば眠るだけの生活だった。家族らしい記憶といえば、乏しい食事を囲む時と、川の字になって寝る時くらい。
それでも、ルーシーにとっては両親と一緒にいられるだけで十分だった。
けれど、そんなささやかな時間はあっという間に終わりを告げる。
過酷な労働に疲弊した両親は、「街へ出稼ぎに行く」と言い残して村を去り、二度と帰ってはこなかった。
一人残されたルーシーを拾ってくれたのは、近所に住む独り身の老婆だった。
その老婆も数年で亡くなってしまい、ルーシーは名実ともに孤児となる。
だが、老婆はただ死んだわけではなかった。
彼女は最期の数年をかけて、女が一人で生き抜くための知恵を授け、周囲との縁を繋いでくれたのだ。おかげでルーシーは、路頭に迷うことなく今日まで繋がってこられた。
老婆は、仕事優先で不信心だった両親とは違い、熱心に教会へ通う人だった。アーサーとの深い縁が生まれたのも、その場所だ。
若き日のアーサーは、老婆のとりとめのない相談をいつも嫌な顔一つせず聞いてくれた。
その相談のほとんどが、自分の死後を案じた「ルーシーのこと」だったと、後になって知った。
老婆が亡き今、ルーシーのいちばんの心の拠り所は、教会にいるアーサーだ。
今こうして彼と仲良くできているのも、すべては老婆が遺してくれた財産。
もしかしたら彼女は、どこかで血の繋がった親戚だったのかもしれない――そんなふうに思えるほど、彼女の慈しみは温かかった。
貧しい生活の中で特に役立ったのは、老婆から教わった薬草の知識と裁縫の技術だ。
以前は大人たちに混じって食料を集める手間賃で食い繋いでいたが、今では教会の診療所で患者の世話をしたり、薬の調合を手伝ったりするのが主な仕事になっている。
ただ、最近になって一つだけ変化があった。
森での薬草採りを、一人で任されることが増えたのだ。
決して信頼されたわけではない。
アーサーが執着している、あの『白い流浪人の男』が森に住み着いたからだ。
正体不明の男を気味悪がって村人が近づかなくなった結果、なぜか彼を恐れなかったルーシーに仕事が押し付けられただけだった。
せっかく大学の寮生活から帰って来たアーサーのそばで働けるようになったのに、森にいる時間が増えてしまった。
最初はそんな不満もあったけれど、流浪人との距離が縮まるにつれて、その憂いも晴れていった。
森にいる彼は、作業するルーシーを遠くから見守るだけで、何をするわけでもない。
下卑た視線を向けてくる村の男たちに比べれば、彼の方がずっと好印象ですらあった。




