表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神父と白い野獣―呪われた村で出会ったのは、神に縋る青年と、獣と呼ばれた異教徒だった。  作者: あともす


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/38

第四話「境界を超えるもの」③

安心?してください。辺境伯フィッツアラン卿はモブじゃないです……多分。

 ため息交じりにぼんやりと作業を続けるルーシーを、ウルフが最初に見つけた時、彼は――なぜこの娘が収穫で忙しいはずの夏に、たった一人でこんな場所にいるのだろうと不思議に思った。

 だが、それ以上の興味は湧かなかった。

 この森において、最大の異分子は自分の方なのだという自覚があったからだ。

 ウェールズの辺境伯フィッツアランのもとを逃げ出したウルフには、身分証もなければ領主発行の通行証も一枚とてない。公道を歩けば即座に捕縛される身の上だ。今はひとまず、追手を撒くためにこの森に潜伏しているに過ぎない。

 本来、ウルフのようなならず者がいれば、村の警備兵に早々に叩き出されるはずだった。

 しかし、今のところ誰も近づいてくる気配はない。ウルフは拍子抜けするほどマイペースな日々を過ごしていた。

 幸い、季節は夏。食べられる木の実こそ少ないが森はそれなりに豊かだし、川には魚が泳いでいる。

 生きるための食料を得るのに、そう苦労はしなかった。

 ウルフは自分が食べる分だけを適当に獲っては、木陰で泥のように眠る。皮肉にも、逃亡生活の中で彼は「スローライフ」を満喫していた。

 戦闘奴隷として明けても暮れても戦い続け、拳を人の血で染め抜いていた日々に比べれば、ここは天国も同然だった。

(……あとは、自由都市にでも逃げ込んで市民権を得れば、あいつの手から完全に逃げ切れるわけだが)

 正式な市民権を得るためには、自由都市に逃げ込んで『一年と一日』を無事に過ごさなければならない。今滞在しているアッシュワースから最寄りの都市はブリストルだが、そこは海峡を挟んでフィッツアラン領の目と鼻の先だ。

 敵の喉元で一年もやり過ごすのは、現実的ではないだろう。

 何より、この白い髪と赤い瞳は目立ちすぎる。追手に「見つけてくれ」と言っているようなものだ。

 ならば、ロンドンのような大都市を目指すのも手だが、あそこまで行くには数週間の旅路を要する。移動の面倒臭さを考えると、どうにも腰が重かった。

 そんな中、危険な旅をせず、かつ自由都市で逃げ回るよりも楽に身分を造れそうな場所が、たった一つだけあった──教会だ。

 教会に保護され、身元引受人になってもらえれば、時間をかけずにこの地での定住権を得ることも不可能ではない――はずだった。

 教会、と考えた瞬間。先日自分のキャンプに突撃してきた、あの司祭の顔が脳裏をよぎる。

(アーサー・ドミニク・クロムウェル……。あの男なら、泣いて喜んで俺を保護しそうだが)

 だが、それはカトリックの洗礼を受け、神に跪くことを意味する。

──「流浪人さん、友達になってください!」

 子犬のように飛びついてきたアーサーの熱烈な勧誘を思い出し、ウルフは思わず身震いをした。

(ないな。イングランド人の神に頭を下げるのも御免だし、何よりあの男の息子に何をされるか分かったもんじゃない。ゾッとする……)

 結局、ウルフは考えるのをやめた。

 とりあえず、追い出されるまではこのまま森でゆっくりさせてもらおう──。

 そんなことを考えつつ微睡んでいると、聞き慣れない男の怒声が聞こえてきて、ウルフは意識を声の方に向けた。

 どうやらルーシーが村の男に、収穫物のことで怒鳴られているらしい。

「朝からやって、まだこんな程度なのか! 森には慣れてると聞いたから任せたのに!」

「ごめんなさい……」

 怒られて項垂れるルーシーの横には、野草がこんもり盛られた籠が置いてあるが、それでは不十分だというのか。

 籠の中身は、洗えばすぐ使えるほど丁寧に選別された野草ばかりだ。一人きりの作業で、一定の基準を設けて収穫すればそんなものだろうとウルフは思うが、きっと村には村の基準があるのだろう。

 村の男はひとしきりルーシーを罵倒し終えると去っていき、彼女はまた一人になった。

 残されたルーシーは暗い顔で、休憩もせずに収穫作業を再開する。

 昼食の時間はもう過ぎていたが、そもそも彼女の周りに弁当らしきものは見当たらなかったし、食べるつもりもないのだろう。

 ウルフはそんな彼女を見かねて、高い枝にある野生のサクランボを採っては彼女の近くに少しずつ落としてやったり、籠にあるのと同じ野草を採ってきては、目を盗んで側に置いてやったりした。

 ついでに、皿代わりにしているフキの葉に、野イチゴやビルベリーを盛っておいた。

 彼女の昼飯にでもすればいいと思ったのだ。

 それに気づいたルーシーは、ウルフの意図を察して表情を明るくすると、木の上に向かってお礼を言ってそれを持って行った。

 アーサーが来た時も思ったが、ルーシーもまたウルフに臆さず話しかけてくれていた。

 もしかしたら変人には変人が集うのかもしれない。

 その日からウルフは、ルーシーが森にやってくると、見守るだけでなく一緒に作業するようになった。作業しながら、彼女の知らない野草の知識を少しずつ教えたりもした。

 そんなことを繰り返していると、ある日を境にルーシーが森を訪れなくなった。

 森の収穫時期はまだまだ続くはずなのにどうしたのだろう、とウルフが思っていると、二、三日してやっと森を訪れる人影があった。しかも、昼下がりに。

 やっと作業に戻ったのかと思ったが、そこにいたのはルーシーではなくアーサーだった。

 突如現れたアーサーを警戒し、ウルフはテントから離れて木の上からそっと様子を伺った。

 アーサーはウルフを探して森をうろついていていた。

 時折声を張り、「すみません」とか「あの」とか「居ませんか?」と叫んでいるが、名前を呼ばれたわけではないので、しばらく無視を決め込むことにした。

 しかし、いつまで経ってもアーサーは帰る様子がなく、うろつき続ける。ウルフは堪らず地上に降りて「なんだ」とぶっきらぼうに話しかけた。

「る、流浪人さああーん!」

 アーサーはウルフの姿を見つけるなり、一目散に駆け寄って抱きついた。あまりの勢いに突き返してやろうと思ったが、アーサーが縋って泣きながら「助けて」と懇願し始めたので、仕方なくまずは事情を聞くことにした。

「急にやって来て何なんだよ。俺がお前にしてやれることなんてないだろう」

 ウルフがそう言っても、アーサーは首をぶんぶんと横に振りながら「ルーシーが……」と呟いた。

「あの女が、どうしたんだ?」

 最近顔馴染みになったルーシーの身に何かがあったらしいと聞き、ウルフの背筋に冷たいものが走る。

「ルーシーが、村人に毒を盛ったって……。森でずっと一人で作業していたから、何をやっていたか分からないって言うんです。でも、ルーシーが最近あなたと一緒にいたことは聞いています。お願いします、ルーシーを助ける手伝いをしてください!」

「毒だって? そんなことはありえない。あの籠の中に、毒になりそうなものは一つだって入ってなかった! 俺も一緒に確認したんだぞ!」

「だから来たんです。お願いします!」

 アーサーが言うには、ルーシーが働いている診療所が出した薬を飲んだ患者から、中毒者が出てしまったらしい。

 その原因として、ルーシーが採ってきた薬草のせいだと言い張る人間がいて、騒ぎになっているとのことだった。

 当然、ルーシーは症状を聞いて自分の薬草のせいではないと主張したが、一人で収穫していたことは周知の事実だ。これ幸いと責任を押し付けられているらしい。

 アーサーはルーシーの知識を信じているが、彼自身にはそれ以上の発言権も薬草の知識もない。だからこそ、彼女の作業をずっと見ていたウルフなら状況を打破できるのではないかと思い、人目を盗んでここまでやって来たのだという。

 話を聞き、ウルフはまた頭を抱える。

 ルーシーを助けてやりたくとも、貴族の坊ちゃんに解決できないことを、身元のない流浪人の自分がどうにかできるはずがない。

 それにしてもこのアーサーという男は、どうにも他の人間とは様子が違って扱いに困る。異教徒の流浪人と友達になりたいと言ってみたり、村娘一人のために危険を承知で森に来ては、臆面もなく助けを求めたり。

 本来貴族が兼ね備えておくべき危機感がごっそり抜け落ちていて、ウルフの方が冷や汗をかいてしまう。

 ウルフ自身一人なら、静かに暮らしていれば捨て置かれるかもしれないが、この坊ちゃんに関わるだけで、ウルフは不埒な村の敵として認識されかねないのだ。

 ウルフはただ、ここで穏やかに過ごせればそれで良かった。しかし、いわれなき罪を着せられた少女が窮地に立たされていると聞いては、アーサーに帰れとは言いづらかった。

【続く】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ