9.要請
S級冒険者を含むAランクパーティーはダンジョン地下五十五階層、深海の館ラスボスが潜む錨の扉前にいた。
「いよいよだな」
ダンジョン制覇に向け最終の確認を行う。
「シルク、魔力の回復は大丈夫か」
「ええ。これまで上手く温存できたし、団長が時間をくださったので満ち溢れる程になりました」
「片岡団長、俺の清瀧剣も刃こぼれ無しだ。とっとやっちまおうぜ」
片岡は各パーティーメンバーへ声を掛け、体調、武器、防具、魔力、マナの力量を見極める。
これまで幾つものダンジョン討伐を無事に終えていた唯一のS級ランカーである片岡であったが、常に過信せず冷静な判断を行うべく準備プロセスを大切にしていた。
「ヨシ! では行くぞ」
「団長、待ってください! ギルドからの緊急通信です」
ダンジョン奥深くまで届く通信にはかなりの貴重な電力を消費させる。
「マジかよ。最深層階まで届くのか? 地上のペロブスカイト発電で補える電力量じゃないだろ。一体何があったんだ」
戦闘準備万端のパーティーメンバーは不吉な予感を察し、片岡団長のやり取りに耳を傾ける。
「分かりました。我々は今ダンジョン最終ボスが潜む扉前です。十五分程後退すればワープゲートを受け入れ可能な広場に戻れます」
ラスボスを目前にしての撤退命令を感じ取ったメンバー達は、怒りが込みあがりざわつき始めた。
「団長まさかここで撤退なんて!」
「そんなの冗談じゃねぇよ」
「落ち着いてくれ。地上で問題が起きた。魔界協定の破滅になるやも知れない」
想定外の言葉を受け多くの不満は一掃される。
「今から二十分後、東京都内政府物資輸送用ゲートから魔物が溢れだす。国家特殊部隊も参戦し、ギルドを通し我々にも緊急応援要請が掛けられた」
「団長、国家特殊部隊が対応するなら我々が直ぐに向かわなくとも、それにAランクやBランク冒険者なら地上にもまだいるだろう」
ラスボスを目の前にし悔やまれる撤退。感情的ではなく冷静で大人の対応で意見が交わされる。
「確かに特殊部隊へは、我々がこれまで回収してきた魔鉱石が提供され弾丸加工されている。勿論、他全てのハンター達への応援要請もかけられた。下級魔物であれば我々が今、即時退却する必要はない」
「でしたら多数決での判断は出来ませんか? 皆、生活がかかっています。ダンジョン制覇と途中棄権ではギルド報酬も天地の差だ」
一人の発言により再びハンター達に迷いが生じる中、団長は厳しい眼差しで全員の瞳を見渡し告げた。
「最後まで話しを聞いてくれ。地上に現れるのは、目の前にいるダンジョンボスのレベルではない。毒魔だ」
「毒魔……、
毒魔って、あの四天王魔族の一魔か」
「マジかよ、ベェノスじゃねえのか」
家族を地上に残しダンジョンアタックに挑む彼らは動揺し始めた。
「答えはでたな。政府支援の元、緊急ワープゲートがギルドから手配された。直ちに十五分程後退した先にある直近の広場まで向かう。時間的にゲートの先は既に戦場となる可能性が高い。闘いに備えてくれ。それと緊急退避についての報酬の件だが、ダンジョン制覇に値する報酬及び緊急任務の報酬も加算される」
ダンジョン内に歓声が響く。
「だが……、生き残れたらの話だ。
こんな話はしたくはないが、勿論遺族補償は約束される。
しかし――、大切なのは自らの命であることは忘れないで欲しい」
「……」
S級ランカーである片岡はこれまで無数の戦いの中、多くの仲間の死を目の当たりにしてきた。彼の言葉の重みを理解したハンター達は皆再び緊張感を取り戻した。
『皆、無事で生き残ってくれ』
片岡はそう心の中で、祈るように呟いた。




