8.記憶
自らの父、魔王の首を隠し持つ息子。その異様な光景に二人は言葉を失う。
「魔王は――、
我が殺した」
「……」
「正しくは既に魂は失っていたというべきだな」
ガゼルの話によると、数週間前から魔王の挙動に異変が起きたという。これまで共存共栄の平和主義を貫いていた王は、突如支配下の各世界を破滅へと導く計画を告げた。
「我が父は何らかの力により洗脳、或いは操作されていた。だが、魔界裏魔術師共が使う邪悪な魔法など、魔王には通用しない。恐らく父の脳内には何らかの人工的機器が埋め込まれたに違いない」
「人工知能――、遠隔AI……」
ガゼルの言葉を耳に、颯は思わずそう呟いた。
「そうだ。魔界協定により守られた多くの惑星、その中で最も優れたる精密技術を備えたるはこの惑星、地球しかない」
その真相を探り、動かぬ証拠を掴むべく彼は自らの父である魔王の首を切り落としたと語る。魔王の力は偉大でありとてもかなわぬ相手だったと、彼が受けた傷跡が事実を伝えていたが、我が子を想う王の心までは支配できなかったのだろう。子を守ろうとする親の本能が、ガゼルの剣による自らの死を選択させたのであった。
「王との闘いの最中一族の邪魔者が入った。魔王が育てた四天王の一魔である毒魔ベェノスだ」
王との闘いにより深手を負ったガゼルは、毒魔の放った魔矢により猛毒に感染し取り逃がしたと語る。
「奴の狙いは我だ。王の座を狙うべくこの一件に関わったに違いない」
胸に刻まれた魔王継承の紋章は魔界が認めた王座のみ自然継承されるものだという。
「ガゼル、あなたを殺せばその紋章が勝者へ受け継がれ新たな魔王となるのね」
「理解が早いな」
あの墓地で彼は、自ら胸の紋章を見せつけ沙良に刃物を突き刺す様にジェスチャーした。毒魔という一魔への王位継承を阻止するため止む無く選択をしたのだろう。傷を負ったガゼルの状況を知る毒魔にとって、今は王座を奪うには最高のチャンスだ。
「ピロンッ」
ガゼルの話を聞き入る颯の元にギルドから一通のメールが届く。
『緊急招集、全ハンターへ魔族戦闘協力要請』
その内容はランクに関わらず戦闘及び後方支援の要請だった。内容を確認した颯は剣を握りしめ沙良をじっと見つめる。
「ニ十分後にゲートが開かれる。俺は行く、沙良は今すぐシェルターに避難してくれ」
「無理」
「えっ!?」
「私も行く。ごめん、颯には隠していたけど、回復魔法を使えば後方で少しは力になれる筈」
「フフフフッ」
二人のやり取りを耳にガゼルは笑い出す。
「何が可笑しいのよ!」
「軟弱兵士に、偽魔術師が笑わせるな。貴様、その魔法はどこで習得した」
ガゼルは自らの魔王殺しを告白した。隠し事を許さないとでも言わぬばかりの鋭い眼光で沙良に圧力をかける。
「わからない……。
十年前、突如ゲートが現れたあの日、私は家族と車で買物に出かけたの。妹のお誕生日にホームパーティをする食材を買って帰宅する途中、車窓から移動販売車で売られていたアップルパイを見つけた。妹の咲良の大好きなアニメキャラクターとコラボしていて、焼き上げたパイの形がそのキャラに仕上げた限定販売でどうしてもプレゼントしたかった。パパに車を止めてもらい駆け足で反対車線の販売車まで向かった」
沙良は当時を思い出したのか、突然大粒の涙を溢れさせた。彼女が注文を伝えた直後、突風とゴウゴウと異様な音が響き振り返ると青空の中に奇妙な黒い闇が現れたと語る。
その闇は瞬きを繰返すごとに巨大化し、目の前の巨大なマンション、家族の乗る乗用車までも巻き込んだという。
「一瞬の出来事で何も覚えていない。吹き飛ばされ身体が宙を浮き、気が付いた時には病院のベッドの上だった」
「沙良は、あのゲート出現の唯一の生存者だったんだ。黒い闇に飲み込まれた人たちは皆死んだ」
言葉に詰まる沙良に変わり颯がそう語る。
「病院での記憶の中にあるのは、耳の長い、そう、尖った耳をした女の人がいつも傍にいてくれたの。話しかけても言葉が通じないのか何も発しない。ただ、広げた両手から出る不思議な暖かな力に全身が包まれいつも眠らされた」
「ルシアか――」
ガゼルが告げた聞き覚えの無い名を耳に、沙良は左手で涙を拭い彼をじっと見つめた。
「そなただったか」
驚いた表情の沙良は目を見開きガゼルの言葉に集中する。
「この惑星と結ばれた魔界協定。その調印の際、一人の女性総理が拒絶し交換条件を提示した。それはたった一つ、唯一の生存者である深い傷を負った瀕死少女の命を救え――」
沙良は、その少女が自らであった事を悟る。
馬鹿げた条件に魔王は失笑し、地球に存在する八十二億の人類の生命と一人の子供の命を天秤にかけるのかと問いただす。
その時、女性総理はこう言った。
「一人の子供の命も救えない、無能な魔族の言葉など信用できないと――」
総理にとって、何十、何億だろうと、一人の命に違いはなかったのだ。
「先に魔界協定を結んだエルフの国。その国には有能な魔術を使う者達がいた。ルシアと言うエルフ種族の女をこの国にループさせ回復治癒魔法で少女を救わせた。魔王の意地だ」
その後、魔界協定は結ばれた。
「エルフ種族め、まさか内密に特別な力を与えおったか。その結果我が身が救われるとは皮肉なものだ」
『ルシア……、彼女を手配したのはアーク。まさか……、アークは我が半魔の外見と救われし少女の存在と力を悟りここへ転移させたのか――』
特別な力の存在を理解していない颯はじっと沙良を心配そうに見つめる。
「ダガー」
その声と共に現れた両刃の小刀。
沙良は迷うことなく自らの左手首を切りつけた。
「シュッ—―」
「沙良! お前!!」
鋭利な刃物によりパックリと開かれた切創痕。白肌の手首から真っ赤な血液が溢れ出した直後、彼女の手首を包み込む様に淡くあたたかな光が現れ一瞬にして傷口を修復させた。
「……、あぁぁぁぁ」
「退院した後、施設で何度か自殺をしようとしたの。一人の孤独は耐え切れなかった。何度手首を切っても……、死ぬことはできなかった。きっと、こうなる事をルシアさんは分かっていたのだと思う」
自らの回復魔法能力に気が付いた沙良は交通事故にあった野良猫の命を救うため、ギルド所属の魔術師達の真似事からヒール、キュアなどの修復回復魔法を使えるようになったと語る。
「だから私も力になれる。颯、一緒に行く」
胸を張り微笑む沙良に対し哀しみの瞳を向ける颯、その違和感に彼女は戸惑いを見せる。
「沙良――」
貴様と呼んでいたガゼルは初めて彼女の名を口にした。
「よく聞くのだ。エルフ族ルシアがそなたに与えた力は、自らの身を守るべく授けられし力。沙良が生き抜くため、ルシアが託した守護の力だ」
「うん。わかってる」
ガゼルはゆっくりと首を振った。
「それはつまり、他者へ使うものではない」
「えっ……」
「沙良、貴様の体内に魔力は存在しない。エルフ族の守護による力の対価は自らの生命力、つまり残された寿命だ」
子供のようにクシャクシャになりながら懸命に零れ落ちる涙を堪える颯。その瞳を見つめながら沙良は微笑み返す。
「知ってるよ。なんとなくそんな気がしてたんだ。私、勘がいいからね」
「お、お、、お前、馬鹿かよ。そ、そ、そんな事言うなよ! 死ぬかも知れないんだぞ!」
泣きながら怒る颯をそっと胸元に抱きしめ沙良は告げる。
「もう、泣かないの。よしよしっ、子供じゃないんだから……」
「俺が……、俺が絶対に守る。必ず何とかするから――」
残された僅かな命、その事実を知る颯。そして、慈悲による助けを与えその代償をも受け入れる一人の少女。目の前にいる二人のヒューマンの姿を目にガゼルは言葉を失った。
『これが……、人間というものなのか――』
自らの信念を貫く少女と、諦める選択肢など存在しない無力な筈の青年。
「時間が無い。行くぞ」
ガゼルはそう告げると、颯の剣を奪い左手で粉々に砕いた。
「やめろ!」
「フッ、こんなくだらぬ剣では低俗魔族しか殺せぬわ」
ギルドハンターFランクとして所持していた剣。まだ若年であり末端ランクの颯であったが、アルバイトで貯金してようやく手にした魔鉱石仕様の剣だった。魔族に対し致命傷を与えることのできる魔鉱石、その剣は一瞬にして砕かれた。
「質の悪い魔鉱石など何の役にもたたぬ。相手はヴェノス、四天王の毒魔だぞ」
「……」
ガゼルの言葉を耳に一瞬で死を察した颯は返す言葉を失くした。
「魔剣――」
放たれたガゼルの力強いドスの効いた声と共に、異空間から黒く異様な魔気を発する剣が出現する。角度を変える都度深い紫クリスタルの輝きを放つ剣。
「颯これをそなたに授けよう。我が命を救った沙良を、貴様の大切な者達を守るべく使うがよい」
剣を手にした颯の前身は黒い魔気に包まれた。
「どうやら、貴様は合格の様だな」
ガゼルが手渡した魔剣。魂を持つその剣は主を選ぶ。資格ある者に剣は主人と認め仕え、資格無き者は手にした瞬間灰と化す。
颯は魔剣に選ばれし存在となった。




