7.徒夢
握り絞められた手のひらから伝わるあたたかな温もり。
『どれだけ眠っていたのだろう?』
沙良が目を覚ますと窓の外は日が沈み、颯は彼女の左手を握りしめたままベッドに寄りかかり眠っていた。
「目覚めたか」
深みのあるドスの聞いた声の元へ視線を向けると半魔の男が瞑想するかのように座っていた。身体から淡い紫色の炎を放ちその様子は異様なものだった。
「何をしているの」
「魔力の回復だ」
二人のやり取りを耳に颯は目を覚ますと同時に彼女に抱き着いた。
「きゃっ!」
「あっ、ごめんっ。だ、大丈夫か沙良、良かった。本当によかった」
普段なら咄嗟に平手打ちをしていた沙良だったが、颯の瞳から零れ落ちる涙を目に戸惑いを見せる。
「ごめん。心配かけて……」
そう微笑かけた沙良の目の前に先程まで瞑想していた半魔が仁王立ちしていた。一見、威嚇しているように思えたが、意外にも彼はベッドの脇に片膝をつき敬意をしめす様に沙良へ語りかける。
「我が名はガゼル。魔王の息子だ」
「魔王……」
王の名を耳に沙良の表情は一変し怒りに満ちる。
「私の家族を奪った魔界の最高権力者、あなたは血縁者だったのね」
ガゼルの命を救ったことを後悔するように、沙良は両手で頭を抱え込む。
「先ずは命を救ってくれたことに対し礼をいう」
「……」
沙良は顔を上げることはない。
「悔やんでいるのか? 魔王一族の我が身を助けたことを」
「そんなことはもうどうでもいい。感謝しているのなら、私を魔王の元へ連れて行きなさい。この手で必ず復讐する機会を与えて……、お願いだから……」
彼女の悲痛な願いは怒りを越え、潤む瞳で家族写真を見つめた後、懇願すべく頭を下げた。
「すまぬ。それは出来ない相談だ」
当たり前だろう。幾ら憎しみを抱き、復讐を望む者がいようとも自らの身内、しかも親の命を差し出す子供などいないだろう。
馬鹿げた望みを伝えた自らを恥じ沙良は下唇を噛んだ。
「すまぬ。貴様の望みはもはや叶わぬ願いなのだ」
「プルルルルッ、プルルルルッ」
二人の会話を遮るように颯の携帯が鳴り響く。電話の主は颯の父からのものだった。
「颯、今どこにいる?
政府から非常事態宣言がだされる」
「えっ!」
「今から一時間後に魔界と繋がる輸送用ゲートから魔族達が押し寄せる。お前は政府関係者シェルターに沙良ちゃんと一緒に避難しろ」
颯は今沙良と共にいる事を伝え、大声で問いただす。
「魔界協定で人間を襲わない筈だろう! どうして魔物が」
「いいか、よく聞くんだ!
魔王は死んだ! 今は協定がどこまで効力を示すかわからない。だから直ぐに、今すぐ逃げろ!!」
電話口から響く慌ただしい状況を耳に残し通話は切られた。普段寡黙で落ち着きのある父の態度の異変に、颯は携帯を握りしめた手に汗を滲ませる程危険を察知していた。
「沙良、魔王は死んだ……、
ここにいては危険だ」
「……」
放心状態の沙良の目に映るガゼルは表情一つ変えない。自らの父である魔王が死んだにも関わらず。
「貴様の望みを叶えられない理由がわかっただろう」
ガゼルは既に知っていたのか、沙良にそう告げると魔術を使い異空間から奇妙な物を取り出した。
「ゴロゴロッ」
黄金に輝きを放つ円形の兜、両手で抱え挙げるには余りにもでかい異様な物体。鋭利に延びた五本の角。二人はベッドから放れ物体を覗き込む。
「ギャーッ!!」
ガゼルが床に転がす様に投げ捨てたのは、魔物の生首。彼の父である魔王の首だった。
「すまぬ。これが貴様が復讐出来ない理由だ」




