第83話「給食が強すぎる:異界食材で全員ムキムキ」
ひまわり市役所・異世界経済部の朝は、だいたい“紙”から始まる。
回覧、通知、相談、苦情、申請、なぜかお願い文――。
そして今日の紙は、重かった。精神的に。
「主任……教育委員会からです……」
水道課の佐伯課長が、なぜかまた異世界経済部に顔を出していた。
もはやここは“異界対応総合窓口”になりつつある。
「教育委員会? なんで佐伯さんが持ってくるんですか」
「昨日の火の件で、庁内が“困ったら異世界経済部へ”って流れになりまして……」
「最悪の流れだ!」
勇輝が書類を受け取る。
表紙には、でかでかとタイトル。
『学校給食に関する緊急協議依頼』
嫌な予感がした。
そして、その予感は当たる。
「課長ーーっ! 今日の給食、見ました!?」
美月が駆け込んでくる。今日はスマホじゃなく、写真付きのチラシだ。
ひまわり市立ひまわり小学校・給食献立表。
そこに、見慣れない単語が並んでいた。
・竜骨スープ(※“竜骨”は比喩)
・ドワーフ式岩塩パン
・森エルフの薬草サラダ
・魔界プロテインプリン(!?)
「……待て。最後、今なんて?」
「“魔界プロテインプリン”です! 栄養価がすごいらしいです!」
「らしいじゃない! 誰が入れた!」
加奈が、喫茶ひまわりのエプロン姿のまま、のんびり言った。
「昨日、商店街のドワーフさんが“子どもは強く育てるべき”って熱弁してたよ」
「熱弁の方向が筋肉なんだよ!」
そこへ、市長がすっと入ってきた。
今日もやけに落ち着いている。
「聞いたぞ。異界食材の試験導入だな」
「市長、知ってたんですか」
「知ってた。昨日、ドワーフ連合が“貢献”として食材提供すると言ってきた」
「受けたんですか!?」
「受けた」
「判断が早すぎる!」
市長はさらっと言う。
「地域活性化には、食が大事だ」
「食の大事さは否定しません! でも給食は慎重に!!」
美月が元気よく手を挙げた。
「でもでも、給食って“最高の広報”じゃないですか!
子どもたちが“異界の味”に慣れたら、未来は明るいです!」
「未来の前に、今日の午後が心配なんだよ!」
教育委員会からの依頼文には、こう書いてあった。
『児童および教職員の体調変化が複数報告されている。
念のため、市役所として状況確認を求む。』
勇輝は、静かに立ち上がった。
「……行くぞ。学校へ」
ひまわり小学校の給食室前は、妙な熱気に包まれていた。
いつもなら、給食当番の子どもがワイワイしている場所だ。
今日は違う。
先生たちが――なぜか、腕まくりしている。
しかも、腕が太い。
「主任……見てください。先生の腕……昨日より太くないですか?」
美月がひそひそ言う。
「気のせいだ……と言いたいが、気のせいじゃない」
廊下を歩く体育の先生が、片手で机を持ち上げて運んでいた。
それを見た一年生が「うおおお!」と歓声を上げる。
校長室に通されると、校長先生が疲れた顔で迎えた。
「市役所の方ですね……助けてください」
「何が起きてるんですか」
「給食を食べたあとから……皆さん、妙に元気で……」
妙に元気。
それだけなら、いい。
校長は、声をひそめた。
「子どもが、腕相撲を始めるんです」
「……よくある」
「机ごと持ち上げてです」
「よくない!」
そこへ、教頭先生が駆け込んできた。
「校長! 六年生が校庭で“重量挙げ”を……!」
「何の器具で!?」
「鉄棒を抜いて……」
「抜くな!!」
勇輝は額を押さえ、深呼吸した。
こういう時、まず確認するべきは一つ。
「……給食の内容、誰が決めました?」
「栄養教諭です。異界食材の栄養価データをドワーフ連合が提供して……」
「ドワーフのデータ!? 信用していいやつですか!?」
「すごく丁寧なデータでした。単位が“筋力”でしたが……」
「単位が筋力って何だよ!!」
美月が、なぜかワクワクしている。
「でも面白いです! “筋力+3”って書いてある!」
「ゲームじゃねぇ!」
加奈は廊下を覗き込みながら言った。
「子どもが元気なのはいいけど、怪我しそうだね」
「それだ。怪我が出たら終わる。すぐ止める」
勇輝は校長に向き直った。
「給食室、見せてください。あと、提供した人――ドワーフの担当も呼べますか」
「呼べます。たぶん、校庭で腕相撲してます」
「役に立たねぇ呼び出しだ!」
給食室は、香りだけは最高だった。
スープは出汁が効いているし、パンは香ばしい。
薬草サラダも、意外とクセが少ない。
問題は――最後のプリンだった。
銀色のトレーに並ぶ小さなカップ。
黒いラベルに、渋い文字。
『魔界プロテインプリン ~闘争心を育む~』
「闘争心を育むな」
勇輝が冷たく言うと、給食室の奥から、ずんぐりした影が現れた。
ドワーフ連合の料理担当――ゴルド(仮名)が胸を張って歩いてくる。
「おお! 人間の役人か! どうだ、給食は!」
「どうだじゃない。子どもが鉄棒抜いてる」
「素晴らしい成長だ!」
「成長の方向が危険だ!」
ゴルドは眉をひそめた。
「なぜだ。子どもは強くあるべきだろう。
筋肉は裏切らない。筋肉は正義だ」
「筋肉が正義でも、学校の備品は裏切られる!」
美月が、横から口を挟んだ。
「えっと……このプリン、何が入ってるんですか?」
「魔界の“黒豆”だ。あと、竜の乳……ではない。似た成分の魔草抽出液」
「乳じゃないって言ったな? じゃあ何だ」
「……強さだ」
「成分名が抽象的すぎる!」
加奈が静かに言う。
「ねえ、ゴルドさん。
子どもが怪我したら、それは“強くなる”じゃなくて“壊れる”よ」
「……壊れる?」
ゴルドは、少しだけ言葉を止めた。
ドワーフは頑固だが、職人は“損”が嫌いだ。壊れると損だと理解すれば動く。
勇輝はそこに乗った。
「そう。怪我が出たら、異界食材の導入自体が中止になる。
あなたの食材も、二度と給食に出せない」
「それは困る!」
即答だった。わかりやすい。
「じゃあ、調整します。
まず、このプリンは今日で停止。
薬草サラダも量を半分。
スープは問題なさそう。パンは……岩塩が強いから減塩」
栄養教諭が、慌ててメモを取る。
「すみません! 栄養価が魅力的で……」
「魅力的でも、子どもは人体実験じゃないです」
ゴルドはぶつぶつ言いながら、腕を組んだ。
「では、代わりに“筋力+1”の献立に……」
「その単位、禁止!」
そのとき、廊下から歓声が上がった。
「うおおおおお!!」
「勝ったーー!!」
「次は先生ーー!!」
勇輝が顔をしかめる。
「……まだやってるのか」
校庭に出ると、そこはもう“異界体育祭”みたいになっていた。
六年生が輪になり、腕相撲大会。
真ん中で、体育の先生が満面の笑みで受けて立つ。
「よーし来い! 先生は負けないぞ!」
「先生、煽るなぁぁ!!」
美月がスマホを向ける。
「これ絶対バズります! “給食でムキムキ小学生”!」
「投稿するな! それは全国から苦情が来る!」
加奈が一歩前に出て、手をパンパンと叩いた。
「はい、ストップ! みんな、聞いてー!」
子どもは加奈の声に弱い。
喫茶ひまわりで鍛えた“近所のお姉さん”パワーは強い。
ざわつきが止まる。
「腕相撲は楽しいけど、怪我したら給食も異界食材も終わりだよ?」
「えっ」
「終わるの!?」
「終わる!」
子どもたちが一斉に固まる。
そこに勇輝が、行政の声で追撃する。
「今日からルールを作る。
腕相撲は“体育の時間だけ”。
机と鉄棒は持ち上げない。
先生は煽らない」
「えー!」
「煽るの禁止ー!?」
「禁止だ!」
体育の先生が、残念そうに手を下ろした。
「……俺、ちょっと楽しかったんだけど」
「先生、大人が一番危ないんですよ!」
市長がいつの間にか来ていて、腕組みして頷いた。
「よし。これで“給食の力”は観光資源にならないな」
「市長、観光にする気だったんですか」
「少しだけ」
「少しだけで済ませてください!」
ゴルドが、ぽつりと言った。
「……子どもは、壊すべきではない。
ならば、強さは“長く続く”形で与えるべきか」
「そう。それが教育です」
「教育……なるほど。ドワーフにも学びがある」
意外と素直だった。
――ただし、次の一言が余計だった。
「では次回は、“持久力+2”のスープを――」
「単位を変えるな!」
美月が笑いながら、肩をすくめた。
「でも課長、これで“異界食材給食”のルール作り回になりますね!」
「喜ぶな。だが……そうだな」
勇輝は、メモ帳に書き込んだ。
――異界食材の給食導入:
・週1、量調整
・成分表の“人間基準”換算必須
・闘争心を育む食品は禁止
・事故防止ルールを同時整備
役所の仕事は、こうやって積み重なる。
笑えるけど、笑ってる暇もない。
それでも。
校庭で、子どもたちが普通に走り回り始めたのを見て、
勇輝は少しだけ肩の力を抜いた。
「……まあ、元気なのは悪くない」
加奈が笑う。
「でしょ。ほどほどが一番」
美月が元気に言う。
「次は“ほどほどにバズる”広報、やります!」
「それが一番難しいわ!」
次回予告
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寝かしつけは最強、でも空調が死ぬ。
「保育園の寝かしつけ担当がドラゴンになった」開幕!




