第6話「温泉まつりと勇者の再訪!」
■市役所前
――夏の終わり。
蝉の声がまだ粘る空気の中、ひまわり市役所前にはテレビクルーがずらりと並んでいた。
黒いケーブルが無造作に路面を這い、スタッフたちが慌ただしく動き回る。
いつの間にか、この町はただの地方自治体ではなく、異世界観光の玄関口になっていた。
「ひまわり市、異世界転移から三週間!
今や“異界で最も行きたい町”ランキング第1位です!」
レポーターの声と同時に、町長が慣れた笑顔でカメラに向き直る。
横には浴衣姿のリリア。
角を隠すためのヘアバンドがぎこちなく、妙に存在感がある。
「……これ、本当に放送されるの?」
「もちろん! “異世界の魔王の妹、町内会デビュー!”が話題なんですよ!」
「恥ずかしいタイトルね……。」
リリアは頬を赤くしつつも、視線は泳がない。
前話までで、彼女はすでにひまわり市の生活圏に足を踏み入れている。
SNSでは
#ひまわり温泉まつり
がトレンド上位。
露店には――
エルフの射的屋、ドワーフの鍛冶工房体験、魔界フードトラックによる「溶岩焼きステーキ」。
煙と魔力とソースの匂いが入り混じり、祭り会場は完全に文化衝突の坩堝だった。
「まさか、異世界間の合同イベントになるとはな……」
課長――いや勇輝は軽く汗をぬぐいながら、屋台群を眺める。
その顔には喜びと疲労が同居していた。
「観光協定のおかげですよ。魔界の客も王国の客も、ちゃんと消費してる!」
「でも出店料、魔石払いとかルビアとか混ざってて経理地獄ですけどね!」
ひまわり市経済――順調にカオスへ向かっている。
■異世界の勇者
そんな賑わいの中。
温泉街の坂道を、一人の青年が歩いていた。
金髪に青いマント、腰には聖剣。
その姿に、町の人々がざわつく。
「あれ……勇者じゃね?」
「ニュースで見たやつ! 異世界の英雄だ!」
――そう、彼の名は勇者カイル。
かつて魔王ヴァルゼンを討伐した英雄であり、
今は異世界観光庁の“特別親善大使”として各地を巡っている男だ。
■市役所・特設観光ブース
「初めまして。私、勇者カイルと申します。
この“ひまわり市”を直接視察に参りました。」
その瞬間。
リリアの眉がひくりと跳ねる。
「……あなた、父を刺した人よね。」
「ええ、その節は……戦争中でしたので。」
「軽い謝罪ね!!」
場の空気が氷点下へダイブした瞬間、町長が全力で割り込む。
「お二人とも! 今は平和の時代です! 観光協定ですから!」
「……ふん。ならば、彼の度量を見せてもらうわ。」
「望むところです、姫君。」
火花が散るような視線。
屋台の焼きトウモロコシが焦げた。
■対決の時!
その後のイベントステージ――
なぜか勇者とリリアの観光PR対決が始まっていた。
「ひまわり温泉は心身を癒やす極上の湯!
疲労回復・美肌・魔力循環に最適です!」
「ふん、魔王領の“溶岩浴”は魂まで焼き清める。
耐えた者だけが真のリラックスを得られるのよ!」
「死ぬじゃんそれ!!」
観客は大爆笑。
SNSでは #勇者vs魔王妹 がバズり、
なぜか #溶岩浴チャレンジ が派生していた。
※危険なので絶対非推奨。
■戦いの後
夜。
祭りの灯りと花火が空を照らし、夏の終盤がゆっくり息をするような時間。
リリアは屋台通りの端に立ち、灯りの揺らぎをじっと見つめていた。
「……戦ってた頃は、こんな夜が来るなんて思わなかった。」
「争っても、最後に残るのは“暮らし”ですからね。」
町長の声は穏やかだった。
迎合でも勇気付けでもなく、ただ事実としての言葉。
「暮らし、か。魔界には、それがなかったのかもしれない。」
「なら、ここで学んでいけばいい。
この町は、誰でも受け入れる場所ですから。」
沈黙。
そして――ほんの少しの照れ隠し。
「……ほんと、あなたって油断ならないわね。
――人間のくせに、少し魔王みたい。」
「え、褒めてます?」
「たぶん。」
夏の夜には、こんな温度の会話が似合う。
■翌日
ニュース番組では――
「勇者と魔王の妹、手を取り合い観光PR!」
という見出しが踊り、職員室には歓声と悲鳴が混ざり合った。
「ひまわり市、全国放送デビューだぁぁぁ!!」
「でも、これ……魔界でも放送されてるって噂です。」
「えっ……魔王領にもテレビあるの!?」
「魔導波を使った最新のがね。」
世界は広い。
そして、想像の何倍もめんどくさい。
こうして“ひまわり温泉まつり”は、異界交流の新たな一歩を刻んだ。
だが――次なる嵐が、すぐそこまで迫っていた。
次回予告
第7話 「ひまわり市、防衛予算を組む」
急増する観光客と異種族トラブル!
「スライムが下水管詰まらせてるって本当!?」
行政vs魔物――次回、異界経済部に最大級の頭痛が襲う!




